Episode 1 祭り
超常の力を有する若者達が日本中から集められた国の研究機関、国立富士宮学園。
ひとつの町をも形成するこの学園に投じられる年間予算はざっと見積もっただけでも軽く二十兆円は下らない。
だがあくまでもこの予算は国会で承認された正規のものではなく、第二次大戦後から継続され行なわれてきた超人類兵器の開発に充てられた裏の予算であった。
この開発に関わる計画の総てを「神童計画」と呼び、此処に集められた若者達こそが神童と呼ばれる能力保持者であった。
現在この国立富士宮学園で盛大な盛り上がりを見せているのが「祭り」である。
正式名称、生徒会役員選考闘技会。
いわば新年度に向け新たな生徒会執行部役員を決める選考試験のようなものである。
学年問わず全校生徒の中から四人一組のチームを登録申請することで、トーナメント形式で闘いが進められるのだった。
この闘いで勝利を手にしたチームこそが、新たな生徒会執行部役員として専任されるのだが、今年の祭りはいつにも増して盛り上がりを見せていただろう。
なぜならば、誰もが狙う生徒会長の席を三年間守り続けてきた絶対的覇者、押井皇仁が行方を晦まし生死不明となっているこの状況の中、副会長であるアリスという女生徒までもが消息を失くしてしまうのだ。
これをチャンスと言わずして何と言おうか。
押井皇仁の下で燻っていた小さな火種達が、追い風によって業火へと変わった瞬間であった。
学園校舎は基本的に四つのエリアに区分けされており、学年毎に割り当てられた校舎は鉄条網によって隔てられていた。
東側に一年校舎、西側に二年校舎、北側が三年校舎であり南側に職員棟と生徒会執行部校舎とが並び建っていた。
中央には共通して利用される噴水と花壇を有する憩いの場があり、それを囲む形で学生寮と屋内運動場、巨大なショッピングモールで見られるようなフードコートに似た造りの食堂があっただろう。
その食堂で、彼らは会議を開いていた。
一年の部、甲斐繁成の呼び掛けによって組まれた即席チーム、そのメンバーである宇童ヒロトと潤布豊満、そしてつい最近まで学年最年少であった巳華流圭佑の四名である。
赤髪短髪のヒロトは納得がいかないとばかりに腕を組み頬を膨らませていた。テーブルの上には生徒会役員選考委員会にこれから提出しようとしている祭りに参加する為の登録申請用紙が広げられていた。
「なんでお前がリーダーな訳よ。あぁん?」
目の前に置かれたパスタを口に運びながら甲斐が答える。「何か文句でも?」、と冷静を装いながら。
「文句があるからこっちは聞いてんだよ! リーダーってのは一番強い奴がなるもんだろ。だったら俺様がリーダーじゃないのかよ!」
傍から聞いていた豊満が口を挟むのだが、それは熱い論争に油を注ぐようなものであった。
「あのなぁ、ヒロトよぉ。リーダーってのは強きゃ良いってもんでもないんだぜ。頭が良くなきゃ出来ねえし、それこそ族の頭張ってた俺の方こそリーダーに相応し……」
「ふざけろよ豊満ぅ。まるで俺が頭悪いみたいじゃねえか」
「違うのか?」
「なんだとこの糞野郎! もう一回言ってみやがれ!」
ホットドッグを口に運ぼうとしている豊満の胸ぐらを掴み殴り掛かろうとするヒロトを見て、歳下の巳華流が慌てて仲裁に入るのだった。
「駄目だってヒロト君。こんなところで暴れたりなんかしたらオバさんに怒られちゃうよ。あの人、怖いしさ、君のお義母さんなんでしょ? 祭りに出ることバレたら、きっと反対されるんじゃないかな……」
ヒロトはそうと聞き腕の力を抜くと席に着くのだった。再び腕を組み登録申請用紙に視線を向ける。
「いいか、みんな京子さんにだけは絶対に秘密だかんな。新のオッサンはどっちかっつうと俺の味方だから告げ口はしないだろうけど、あれもああ見えて教師の端くれだしなぁ……ってかよ、まだチーム名も書いてないじゃん」
ヒロトの義母である京子は此処の学生寮で寮母をしている。ヒロトが此処に転入するきっかけとなった魔神との厄災戦を機に、元の職場であったこの学園に戻ってきたのだ。
そしてその厄災戦に巻き込まれた豊満もまた、ヒロトに先駆けること二ケ月前に転入してきた一人であった。
また巳華流を除く三人のクラス、D組を受持つ担任の教師こそが、ヒロトの叔父であり京子の実の兄、新隣二元一等陸尉なのである。
現在ではヒロトを魔神から解放した功績を買われ三等陸佐に昇格を果たしていた。
そう、此の学園に在籍する職員、町の住人すべてが自衛官で構成されているのだ。
この学園の、目的故に。
甲斐がパスタを呑み込み、胃に水を注いだところでこのように告げるのだった。
「今日みんなを呼んだのはその為さ。祭りへの参加登録申請は明日の正午まで。それまでにチーム名を決めときたくてさ」
「遅えよ。ってかリーダーの欄も変更な」
ヒロトの要求は多数決で却下されるのであった。その理由は、この直後に判明することとなる。
ヒロトが皆にリーダー変更の可否を多数決で決めようと提案したその時、ヒロトの後方から甲斐に声を掛けてきた人物がいた。
図太い声で、どこか人を小馬鹿にしたような口調であった。
「よぉ甲斐、元気そうでなによりだな。いい加減、生温い一年の部で仲良しごっこなんかしてないで、そろそろ本気を出して進級したらどうなんだ? 俺達同期の間じゃいい笑いもんになってるぜ」
一見ガタイの良い格闘家に見える男子学生。短い頭髪は金色に染められており、額から後頭部まで伸びる四本の剃り込みが見る者に威圧感を与えていた。
更に襟元の首からボタンを三つ外した胸元にかけて覗いている入墨が、この男の凶暴性を現していただろう。
三年の部A組、頭敷慈栄。甲斐とは国立富士宮学園編入の日を同じとする元同級生であったが、神童としての能力値向上指数の面で圧倒的差をつけ年度毎に進級を果たしたのが彼であり、当初は同じ一年の部A組であった甲斐はそれとは逆に、向上指数の低下と度重なる昇級試験を無断欠席するなど幾つもの問題行動を指摘され現在では能力者ランク最下層であるD組に甘んじているのであった。
頭敷が甲斐を馬鹿にしているように周りの者は感じただろうが、実際は彼を馬鹿にすることで対抗心を煽りやる気を鼓舞する狙いがあったようである。
だが甲斐はそれを見透かしていた。
「相変わらず優しいなぁ、慈栄君は。そんな茶番劇じゃ僕はのらないよ? で……今日は他に用があって来たんでしょ、此処へ」
「分かってるなら話が早い。少し二人だけで話せるか?」
なんだコイツ、と踊り掛かろうとするヒロトの腕を掴み豊満が制止する。小声で、「祭りの前に乱闘騒ぎはまずい。問題を起こせば参加出来なくなっちまうぞ。それに奴は三年の頭敷だ。関わらない方が身の為だ……」
甲斐は不機嫌そうなヒロトに目をやり「まぁまぁまぁ、先ずは落ち着こうか」、と両方の掌を見せるのだった。そして頭敷に向きなおると改めて口を開くのだった。
「此処で話せばいいよ。それとも、誰かに聞かれちゃまずい内容なのかな?」
「そうだな……お前さえ良ければ此方は構わん」
「じゃあ話そっか」
頭敷は一度視線をヒロト達一年にそれぞれ向けると、溜息をひとつ漏らした後で話し始めるのだった。
「いままで祭りに関心の無かったお前が、今回ばかりは自分のチームを作ろうとしていると噂を耳にしてな。俺の誘いにものらなかったお前が、いったいどんな奴らとつるんでるのかと思って来てみれば……悪いことは言わん。今からでも遅く無い、俺のチームに入れ甲斐」
「やだね。頭敷君が自信家なのは知ってるし、君の率いるチームが四天王の一角を担っていることも知ってる。毎年優勝候補に名を連ねるチームではあるけど、同じA組の押井の奴が難攻不落の壁として毎年立ちはだかっていたからね。その押井が今年は居ない。いや、現執行部はチームとして機能していない。だからだろ、本気でトップを取りに行こうと思ったのは……だから、僕を誘いに来たって訳だ」
「その通りだ。それにお前が抱いている目的の為にも、その方が近道になるんじゃないか? どうだ甲斐、俺のチームに入らないか」
黙って話を聞いていたヒロトの頭はオーバーヒート寸前であった。同じD組の女のような顔をした優男が、学園内で四強と呼ばれるような最強チームから勧誘を受けている。
自分など誰からも見向きもされないのに、この差はいったいなんなのだ、と頭を掻き毟るヒロトであった。
さぁ、神童達同士による能力バトルがいよいよ始まろうとしております。
チーム名が決まり、無事に祭りに参加出来るのか。
四強とは?
他にどのようなチームが名乗りをあげるのか?
次話 「四強」




