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「雇い主に飛び乗って起こすとかいう、ふざけた真似を二度とするんじゃねえ」


あきれ果てているのだろう声を聞くのが、とてもいたたまれない気がしてきている。


「……はい、申し訳ございません」


「兄貴にやっていたらその場で首をはねられていたぞ」


「ごめんなさい」


「お前の家庭環境は一体どんな物なんだ。まさかあれを普通だとか言うのか」


「あれが日常です」


「おい……まともな人間の起こし方も知らないのか」


「あれはまともじゃないんですか」


寝台の上に座った殿下と、床に足を折りたたむ形で座らされて、きつい調子で怒られる僕。

明らかに、やっちゃいけない事をしてしまったようだ。

兄ちゃん達と当たり前のように行っていた起こし方は、どうやら一般的ではなかったらしい。

「普通は声をかける程度だ。特に王族に対しては」


「起きなくても?」


「そこは根気強く声をかけて起こすんだ」


「わかりました、二度目はしません」


「よろしい」


一回目という事で、大目に見てもらえた様子だ。ほっとした僕に殿下が言う。


「さて、さっさと身支度の手伝いをしろ」


「はい!」


殿下は意識の切り替えが上手らしい。それに助かったと思った僕は立ち上がり……容赦なく足がしびれて変な状態でうめく事になり、それを見た殿下が大笑いした。

これを見越されて、あんな足を折りたたむ不思議な姿勢で座らされていたようだ。


「あ……みぎゅう……ぐぎ……」


「ぶわっはっはっはっは!」


僕の体勢はよほどおかしいのか、盛大に笑っていらっしゃる。泣かれるよりはずっといいけれども、自分のみっともなさ極まった状態で大笑いされるのは、ちょっと複雑な気持ちになったのだった。

そこからなんとか立て直して、身支度のお手伝いをした後に


「食事を持ってこい」


といわれ、僕はそこで大慌てで鍋に半分残っていた野菜汁と塩もみ野菜と煎り麦をだして、殿下に


「……これがお前の日常の食べ物なのか」


となんともいえない視線を向けられた物の、殿下は食べ物を粗末にするという考えはない様子で、僕とは大違いの優雅な動きで、僕と同じ物を平らげたのだった。


「お前、料理の勉強もしろ」


出し抜けの命令だ。僕もちょっと、それは必要な技術かもしれないと思っていたところである。自分の自炊能力はそんなに高くないってわかっているので、これから毎日ご飯を自分で調達するなら、もう少し技能は必要だ。

王宮に入ったら、ご飯を作らなくていいって信じていた、昨日までの思い込みは崩壊している。

それに、どうやら王宮の材料は僕の知っている草とかとかなり違うので、ただの野菜汁と塩もみ野菜をご飯とするのはもったいない。

僕はおいしい物が嫌いなわけじゃない。ただ密林とかそういう場所での最善かつ手軽な食べ方が、謎草鍋とかだというだけの話なのだ。

王都を歩いていた時に食べた、あの麦の薄焼きパンみたいな物を、僕はもっと日常的に食べたって罰は当たらないと思う。あれの作り方を覚えなければ。


「はい」


そういう考えもあったので、僕は即答した。


「お前も知っているだろうが、王宮の食事は朝と夜の二回だ」


「少ない……」


朝と夜だけなんて、明らかに足りないと思う。でもそれが王都とかだと普通なのだろうか。

なんか別に食べる時間はないのだろうか。農作業をしている村の人達は、時々休憩だって言ってなんかかじってたのに。

王宮なのだから、そこら辺の福利厚生がしっかりしているのではないのか。どうなんだ。


「お前は見るからにこれから身長が伸びる、食べ盛りだろうが、これは基本だ。合間に腹が減ったら自分でなんとか調達するしかないぞ。お前が食堂に行くかどうかはわからないがな」


「う……」


王宮のご飯事情はなんだか、僕の知っている世界とはかなり違いそうで目が回りそうな気がしてくる。

さらに殿下は駄目押しのように言う。


「お前は、俺の朝の食事も作るのが仕事だからな」


「いきなり基準が高すぎません!?」


僕は昨日の晩餐室での料理を思い出した。なんだかとても素敵な見た目をしたご飯だった。

匂いは、僕の知らない世界の匂いがした。

でもいい匂いがいっぱいした。多分嗅ぎ分けをしたら、匂いの材料の配分とかがわかりそうだけれども。

とにかく素晴らしきご飯だった。あれが日常の人に、朝ご飯を食べさせるというのは、びっくりな位に難問のような気がしてくる。


「側仕えだ、何でもやれ。……大損はさせないんだろう?」


「うぐっ」


引きつったけれども、面接で大見得を切った事を殿下に言われて、僕は反論の余地をなくした。


「少なくともお前は、ろくでもない物を仕込む人間ではなさそうだからな」


「……ろくでもない物って、たとえば砂とかですか」


このあたりはどうしたって砂が食事に混じってしまう風土だ。僕の家ではちっこい虫とかだった。村では砂だった。

そういう、たくさん食べると、お腹を壊す物が混じっているって事かなと思って聞いてみると、殿下はたいした話じゃないという風に言う。


「下剤だのなんだのだ。王宮は魔窟だぞ。お前も多少は警戒心を持った方がいい」


「下剤……殿下便秘なんですか」


「そういう話じゃねえ。そういう嫌がらせをする輩は多いという話だ」


「うわあ……とんでもない世界ですね。……って、ん?」


殿下は昨日の夜は吐いていた。そして彼の言動を考えるに、この人のご飯には日常的にろくでもない物が入っているのかもしれない。

でも下剤が仕込まれていたら、殿下は下から垂れ流していたわけで、下剤以外にも何か、体によくない物が混ざっている可能性があるんだろうか。

でも毒味の都合とか殿下は昨日言っていなかっただろうか。

毒味をしても混ざっているよろしくない物って……なんだろう。

わからないと思いつつ、僕は半日くらいで知る事になった大量の仕事の中身を、いったん整理しないといけないな、と決めたのだった。


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