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アトゥムはこの国の王族の姓である。これを名乗れるのは最初の王様の直系の子孫のみで、お城の中で王族と言えるのはこの姓をもつ人に限られている。

なんだかとんでもなく偉い人の下で働く事になりそうだぞ、となんだかこれからの事がちょっと不安に感じられつつも、僕は知らなかった言い訳を口にした。

何しろ僕の暮らしに、王族の顔も形も名前も一切関係なかったからだ。

王都から一番離れている地方と言っても、過言じゃない僕の学校があった村では、王様の家系図なんて教えられる事はなかったし、今の王族の名前も見た目も、全く情報がなかったわけだ。

ただ、それを聞いた王族の彼はしばし沈黙してから言った。


「王宮に仕える事を希望しているのに、知らなすぎじゃないか」


「えっと、一般学校で高貴な方々の家系図を教えるのは、このあたりでは常識だったのでしょうか」


「……そういえば、教えないな」


少し思い出した顔をした王族のその人に、僕は言う。


「はい! でもご安心ください、これから覚えていきます!」


「お前うるさいな……まあいい。俺の事はそうだな、殿下かネフェルと呼べ」


「はい」


殿下って呼ばせるなら、きっとこの人は国王の弟だろう。

だって該当しそうな身分の人の求人募集があったのは、国王の側仕えと王弟の側仕えだった。この人が国王じゃないなら、残った側仕えの求人は王弟なので、この人は王弟以外にあり得ない。


「そしてお前が気になっているのだろう、仕事の中身は、何でも俺の面倒を見る事だ。俺の仕事の補助から俺の身の回りの事まですべてに渡る」


聞いていて、業務多すぎないだろうか、とちょっと考えてしまった。高貴な方々の面倒を一人でみるのっておかしい気がしたし、仕事の補助と身の回りの事は、分野がちがうのではなかろうか。


「交代の人員はいますか」


「お前だけだ」


「ええっと、仕事多すぎませんか」


「お前、仕事を始める前から根をあげているのか? お前を採用して大損をさせないと、大言壮語を吐いたのはどこのどいつだ」


「僕ですね! わかりました、やれというならやります。最初は間違いなく何もわからない状態なので、間違っていたら殿下、全部指摘してくださいね」


殿下の身の回りの事をする人だけでも、交代の人員がいないっていうのは謎すぎるけれども、もしかしたら、これだけきれいな人だから、皆見とれちゃってまともに仕事にならないのかもしれない。苦肉の策で、僕が皆やる事になった可能性も捨てきれない。

だから、わからない事は皆聞きます、と胸を張って僕は言い切って、また、殿下の目を丸くさせたのだった。


「では……最初は何をしたら良いんでしょう」


「これを全部清書しろ」


「はい」


殿下が言った書類の束を見た後、僕は殿下の仕事机の脇にある、一段格下の見た目をした、学校の机より遙かに立派なそこに、必要そうな道具が一式そろっているのを確認して、椅子に座って、言われたとおりに清書を始めたのだった。

殿下の直筆の文字は、大変にきれいなものだったけれども、ちょっと癖のある書き方だ。

誰かに提出したり保管したりする書類には、読みやすさと癖のなさが必要とされている事が多いって先生が前に言っていたから、僕はとにかく、読みやすさ優先で書き写していく。

言い回しがちょっとわかりにくいところも修正をして、それらを終わらせて顔を上げると、殿下が僕の清書したものを読んでいた。

何か不具合があっただろうか。それなら紙を薄く削って書き直すしかない。

でも。


「お前、そのおしゃべりかつうるさい性格のくせに、やたらに文字だけは整っているな。性格がまるでわからない文字だ」


殿下はそう言って、それからこう言った。


「こんな短時間で、これだけまともなものを仕上げる祐筆は今までいなかった」


ゆうひつって何だろう。


「ゆうひつ」


「主のために文字を書く仕事だ」


「ああ!」


「まったく、二つ鐘が鳴るまでかかると思えば、一つ鐘が鳴る前に終わらせるとはたいしたもんだ」


褒められているらしい。僕はそんな風に褒められた事がないので、ちょっと胸がどきどきした。


「それが終わったら晩餐室までついてこい」


「はい」


ばんさんしつって何だろう。


「殿下、ばんさんしつってどんな部屋ですか」


「夕飯を食う場所だ」


「お夕飯を食べるのに、部屋を移動するんですか」


「王族の成人の直系男児はな」


「では、奥様とかがいらっしゃったらどうするんですか」


「王族の妻および妾は、後宮の自分の部屋で食事をする」


「じゃあどうして、直系男子だけばんさんしつでご飯なんですか?」


「毒味したものを運ぶ都合だろうな」


「毒?」


「直系王族ってのは、色々と命を狙う奴らに付け狙われてんだよ」


ご飯に常に毒が入っている可能性があるというのは、食欲なんてなくなるような気がする。

この人はご飯をちゃんと食べられるんだろうか。

それがとても気になったけれども、とりあえず僕は、殿下に並んで晩餐室を目指したのだった。


「何で隣なんだ」


「先を歩いても道がわからないですし、後ろを歩いたら前から誰か来てぶつかりそうな時に、殿下のかわりにぶつかれないじゃないですか」


「……」


「道はすぐ覚えるんで、そうしたら前を歩いてご案内しますね!」


僕はただ思った事を言ったけれども、殿下はなんとも言えない目をして僕を、じっと見ていたのだった。


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