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乗合獣車は、大変な速度を誇っている。人が歩いて移動したら、夜通し歩いても四日以上かかる距離だって、半日以下の時間で到着してしまう。
そうついに、僕達は王都に着いたのだった。
「ありがとうございました!」
乗せてくれた獣車の御者さんとか、獣さんとかにお礼を皆で言った後、僕達は指定されている場所を目指した。目指すそこは応募者の第一関門と言われている、第一合格発表通知板だ。
応募してきた人のいろんな情報を加味して、応募者をふるい分ける一回目の結果発表だ。
僕はそこで、自分の番号を探して、ずっと探して、友達が
「あった!!」
「なかった!」
「見つからない手伝って!」
とほかの応募者達と同じように大騒ぎする中、自分の番号を探し続けて、そして。
「あ、あった……!!」
王宮使用人募集の、第一合格者のたくさんの番号の中に、自分の番号があったから、とっさに隣にいた友達に飛びついた。
「あった、あった!!」
「俺なかった……やっぱりマナーの授業で、途中でさぼった付けが回ったぜ……」
隣の友達はそういってしょんぼりしていたけど、それからにやっと笑ってこういった。
「ホルスはあんなに時間がなかったのに、村の誰よりも一生懸命勉強したり、マナーを練習したりしてたしな! お前が合格しなかったら村の誰も合格しねえよな!」
「でも……落ち込まない?」
「俺元々受かる可能性考えなかったし。王都にきて、応募して、王都を見て、なんて村に戻ったらすごい思い出だろ! 俺は思い出を作りに来たのさ!」
村で一番のガキ大将だった彼はそう言って、僕の背中をばんばんたたいて、
「王宮使用人になれよ、ホルス!」
そう言って、ほかの落ちた友達と肩を組んで、ぎゃあぎゃあと悔しがりながら去って行った。ここから僕と彼等は完全に別行動。と言うのも応募して合格した人には、第二の試験があって、それが長い手紙の書き取りだ。
王宮使用人は、身分の高い人のために文字を書く場面も多くあるらしいし、下働きとかでも、文字のきれいさを求められがちなのだ。
王宮は最低限の物とともに、文字のきれいさという、努力すればある程度は上に行ける物を、試すのである。
僕はほかの合格者とともに、手紙の書き取りをする試験会場に案内されて、席につき、長い長い手紙を書き写す作業に入ったのだった。
その手紙はとにかく長かった。何枚にも渡って綴られた手紙は、終わりがないのではと思うほど長くて、そして試験の時間は一時間と決まっていた。これ書き写し終わるのかな、と思いつつも無心で書き写し続けた僕は、最後の一枚まで書き終わって、誤字脱字がないかを見直し終わったその時に、試験の終了の鐘が鳴ったので、書き写した手紙を、回収する使用人の人に渡したのだった。きっと彼等は僕達の先輩になるのだろう。こういった試験の場所の手伝いをするのは、信用されているに違いない。
一日目はこれで終わるかって? いいや終わらない。
と言うのも、本日最後の試験は、第一の面接なのだ。
皆ここで、自分の希望する職場を伝えて、自分がいかにその仕事の役に立つか主張する訳だ。体力と気力を消耗する長い書き取りの後に、面接があるのは、応募者のあらを探すためだと兄ちゃん達が言っていた。
何で兄ちゃん達がそんなのにも詳しいのか知らないけれど、もしかしたら兄ちゃん達も水路の管理人になる前に、僕のように王宮使用人に応募した思い出があるのかもしれなかった。面接は一人一人行われるけれども、数人まとめて部屋に入って、面接官に質問されていく。
当然僕も、何人かの人と一緒に中に入って、面接官の女性に、色々と聞かれた。
「ホルス君の希望する職場は?」
「中庭の手入れを担当する部署です!」
「それはなぜ?」
「家で植物を育てていました! 何かのお世話をする仕事が憧れなんです!」
さすがに蜂蜜のおこぼれ目当てです、とは言えない。僕だって言って良い事と悪い事の区別はつく。
「体力は続きそうですか? 植物の世話は大変な体力勝負ですよ」
「それは、一時間川を遡る事より、大変じゃなければ問題ないです!」
僕の答えに、ほかの人がくすくす笑っている。こいつばかじゃね、という感じの笑い方だ。
でも僕にとっては事実で、暑くなると激流を遡るぞ、と兄ちゃん達に泳ぎの競争をしていたから、体力には自信があるのだ。
僕は周りが笑おうが馬鹿にしようが、まっすぐに面接官だけを見て、その後の質問にも色々答えたのだった。
そして僕達は全員退室し、そこで一緒に面接官と受け答えしていた人がこういった。
「お前って馬鹿なんだな。あんな主張で、希望のところに配属されるわけないだろう」
「でも、牛馬の糞を肥料にする中庭の管理だったら、汚れるくさい仕事だし、体力自慢の君みたいな人のほうが、向いているかもしれないわね」
「私達みたいな、良いおうちの人間には考えつかない希望部署だ」
「目指すなら陛下の側仕えでしょうに」
僕以外の、僕と同じ時に面接官と受け答えしていた人達は皆、国王様の側仕えという、大変競争率の高い職場希望らしい。
もしかして、ほとんどの人がそうだったりするんだろうか。
なら、最初から中庭希望の僕は、希望が通りやすかったりするのかな。
そうだといいなと思いつつ、僕は王宮の用意した、応募者用の宿泊所に向かって、部屋など誰もなくて、寝床だけ別々に区切られた、蜂の巣みたいなところで、しっかり出入り口にだけは鍵をかけて、寝床に転がって一日目を終わらせたのだった。
ここから一日間が空くのは、この一日の間に大量の応募者をふるい分ける、話し合いがあったりするからだという。
確かに昨日の今日で、大量の人達を選び抜くのは、どんなにたくさんの人がいても手間がかかる作業だし、適性とかも考えられるだろうし、考慮の時間はどうしたって必要だ。
だから僕は、昨日別れた友達と合流して遊ぼうかと思ったけど、今日の夕方には第二の古いわけが終わって、最終面接までたどり着いた人の発表がある。
きっとそこはすごい混雑だから、今日は体力を温存して、最終面接に備えなくちゃ。
そう思いつつ、僕は応募者の宿泊所から外に出た。
どこをどう見ても、王都はべらぼうに人が多くて、目が回りそうだ。耳もわんわんするくらい、声とか物音が多い。
だから僕は、感覚をちょっと遮断した。こういう変な事もできないと、僕は人間生活を送れないから、それなりに鍛えたんだ。
「うわあ……」
王都で売られている見慣れないものを、これは何、と聞くと
「これは薄焼きパンだよ、あんた見た事ないの?」
「何でできているの?」
「小麦よ」
「うわあ、だったら知らないや、僕の暮らしてた地方では、小麦とか育たないもの」
「それってシリエ地方の方? あっちは小麦じゃなくて大麦とかが育つって言うわよね」
「うん。でも僕は大麦のご飯もあんまりなじみがないんだ」
「あなた貧乏だったのね……」
売っている女の人に、やけに同情されたのだけど、それは王都周辺では小麦がたくさん作られているからだろう。
僕の家がある密林から、学校のある村まではかなり距離があるけど、密林を離れるとあっという間に荒野で、小麦が育つ環境じゃなくなるのだ。
だから村では、大麦を皆育てていた。でも僕は育てていないから、大麦のおかゆとかも、たまに先生が分けてくれる時くらいしか口にした事がないんだ。密林で麦は育たない。
兄ちゃん達の作るご飯は、謎のものが大量に入れられた謎鍋ばっかりだし。
そんな事をいう僕の作るご飯は、中身が草ばっかりの草鍋で、兄ちゃん達に負けてなかったしさ。
そういうわけで、僕は人生で初めての薄焼きパンを口に入れて、……感動した。
何これおいしい。ふわっとして良い匂いがしてもちっとして……王都ってこんなにおいしいものを皆、こんな安価な値段で食べられるの?
買った値段は村の基準でも安い方で、求人雑誌に書かれていた初任給とかと比較しても、毎日三回買ってもお財布が傷まないくらいだ。
すごい……僕はあっという間に薄焼きパンを食べ終わって、その後はのんびり町を散歩した。王都の誰もが生き生きとしていて、上昇志向みたいな空気が流れている。
獣車が忙しく行き交いしていて、一生懸命働くのが感じられた。
僕はそして、合格発表の貼り出しが行われる前に、発表板のところにむかって、ほかの、早く結果が知りたいと思う人と同じように、貼り出しを待って、どんどん人が来る中で、もみくちゃにされながら番号を探して……見つけた。
「あ、あった!!」
最終面接まで僕も進んだ! 僕は他の人の中には、胴上げされている人もいるから、これくらいは恥ずかしくないだろうと飛び跳ねた。
でも、最終面接まで進む人は相当少ないみたいで、僕と一緒に面接を受けていたと思う、見た顔の人が泣いたり膝をついていたりするのを見た。
僕はきっと中庭のお手入れの仕事を希望したから、合格したんだと思う。でもほかの面接した人は、国王の側仕え希望だったから、残念な事になったに違いない。
いよいよ明日が最終面接で、僕の運命がここで決まる。
それでも、たとえ落ちたんだとしても最終面接まで進んだんだって言う思い出話になる。
「後悔しない面接にしなくちゃ」
僕はそう決意して、明日は寝癖を徹底的に直さなくちゃな、と今日は雑にしたから反省して、また応募者の宿泊所に戻ったのだった。