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「で?」
殿下の機嫌が非常に悪い気がして仕方がない。
そんなにもホルス王子がやって来た事で、色々予定が引っかき回されたのだろうか。
確かに予定はかなり引っかき回されたけれども、子供なんて大人の予定をぐちゃぐちゃにする物と相場が決まっているのではないだろうか。
だから、大人は子供のお守りとかを、年上のお姉さんとかお兄さんとかにまかせるのではないだろうか。
少なくとも、僕のお世話になっていた村ではそんな感じだった。
「ホルス。お前は王子殿下の所の侍女になりたいのか」
「まさか。僕のお仕えする相手はネフェル殿下ですよ? なんでいきなり転職する話になってるんですか」
「やけに楽しそうに王子殿下と遊んでいたじゃないか」
「だって、僕あんなに何も考えないで遊ぶの、本当に久しぶりだったんです」
「久しぶりだとあんなに大はしゃぎするのか」
「殿下、僕は学校に通うようになって、日の高いうちにあんなに長い時間、遊べる事って、なかなかなかったんですよ」
「……それで?」
「学校に通うだけで三時間。それも獣に追い回される事を考えて走らなくちゃいけない。学校の時間は半日を使うし、帰るのにまた三時間より多め。それは道が暗くて朝みたいな走り方ができないから。それが終わったらご飯になって、ご飯が終わったら、明かりの燃料がもったいないからすぐにおやすみなさい。そんな日常で、愉快に遊べる日って、本当に小さい頃以外は、あんまり時間がなかったんです。だから、懐かしいし楽しいし」
ネフェル殿下は少し僕の言った中身を考えた様子だった。
そして納得した調子で言う。
「なるほど、久しぶりに悩みのない遊びをしたというわけか」
「そうです! 僕はここにお仕事に来ているわけで、お仕事をしないっていう選択肢は頭にないんですけど、それでも遊ぶのって楽しいでしょう?」
「娯楽はないだのと言っていなかったか」
「そうですよ! 学校に行くようになったら、娯楽といえるような事をする時間は、ほとんどないですからね! 川でお夕飯のための魚を捕るための泳ぎが、娯楽になるかならないかっていう世界でしたよ!!」
僕は断言して、殿下はそうか、とそれだけを言った。理解してくれたご様子だった。
「お前と同程度の人間は、そうそう俺の元には来ない。お前は割と貴重だ。ここでホルス王子の侍女になるのだと言われたら、俺はお前に鍵付きの足枷をはめて、仕事をさせなければならなくなる」
「殿下、やっぱり最近の仕事の量、頭おかしいくらいに増えましたもんね、疲れすぎてません? そうだ、殿下もたまには気晴らしをするお時間を取りましょう。仕事を前倒しして、一日くらい気楽な時間を作りましょう! 僕もそれに全力を尽くしてお手伝いします!」
殿下はぱっと見て、いつも通りに見えるのは事実だ。でもご飯は朝ご飯しかまともに胃に入っていないし、ここのところ殿下が晩餐を吐き出す回数は三回に一回から、毎日にまでなっている。
だまし討ちをしてでも、医者に診てもらうべきではないかと、最近僕は思っているし、晩餐をきちんと食べられないのならば、お昼に何か、食べられるものを支度する臨機応変な事が必要なんじゃないかという気もしている。
僕はそのために、こそこそとお昼ご飯を作る時間のひねり出し方を考えているのだ。
食べなきゃ生きていけない。でも殿下はあまり食べないで生きていて、どんどん体の筋肉が落ちているのが、僕が見てもわかるのだ。
それに加えて、嫌がらせよろしく仕事の量が増加しているので、殿下はそのうち倒れそうで不安である。
「一日くらいは、ずっと昼寝している日とか、好きなものだけを食べる日とかが、あっても殿下は罰が当たらないですよ、こんなにこの王国のために一生懸命なんですから」
僕の言葉に、殿下は僕をじっと見つめて、一言言った。
「お前が言い出したんだからな、お前は全力で手伝えよ」
「はい!」
僕はにっこりと気合いを入れた笑顔で殿下を見上げた。
殿下は僕をじっと見て、かすかに目元を和らげた。
「その馬鹿な顔が、一番落ち着くな」
「それなら僕は、馬鹿な顔をしますよ! でも僕は馬鹿じゃないですからね!」
「はいはい」
殿下と僕は、こうして、国王が肩代わりさせてくる仕事とかを、適切な官僚に投げる作業を始めて、本来なら国の一番偉い人が行う仕事を、国王に戻すと言う作業も始めた。
そういう事をし続けていると、いかに殿下にたくさんの仕事が回されていたのかがわかって、なんで殿下がこの待遇に甘んじていたのか、と思っちゃうくらいだった。
「……じわじわと量が増えていくと、感覚が鈍る」
ぼそっと言った殿下の独り言は正しくて、じわじわと変化していく世界は、本人にとって気付かない間に日常になるのだ。
元々は王弟という立場や権限がなければ捌けない仕事をしていたのに、いつの間にか、国王の仕事が多くなって、今では殿下が実質的な国王と言っていいくらいの、仕事の量になっていたのだ。
殿下の執務室には、本来国王の印璽とかで処理しなければならない物も置かれていて、処理したら国王に戻して、印璽だけを国王が捺していたらしい。
それを聞くととんでもない話で、殿下の頭が抜群によくて、反旗を翻すと思われないように立ち回っている事までわかった。
しかし、僕が殿下を説得した結果、そういった本来、決定をするべき人に、仕事を返していくと、根を上げたのは国王でもネフェル殿下でも、僕でもなかった。
国王付の側仕えとか、官僚とかが、仕事の戻ってきた国王からまた仕事を回されて、本来の仕事を行う余裕がなくなっていったのだ。
そのため、何度も何度も、
「殿下、お手伝いを……」
と言われた物の、殿下は冷静に
「国王が考えて決定しなければならない事を、俺が行っていた事が正しくなかったのだ。今政を、正しい道に戻しているだけだ」
と返して、それが事実すぎるから、官僚も側仕えも、ぐうの音も出ないで、働き続けているのであった。
そうすると、殿下も休憩を取る時間ができて、殿下はその時間で仮眠をとるようになって、顔色とかがかなりましになった。
肌色が濃い事で、顔色の悪さが気付かれにくかっただけで、実際は大変な色だったわけである。
僕は殿下のために、お昼に簡単なご飯を用意して、時間があれば食べてもらうようになった。
そのため、殿下は血の気も戻ってきつつある。
そんな毎日を、しばらく僕は送っていたのであった。




