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「さて、皆さん。皆さんはこの何年もの間、どこでもやっていけるように色々な事を教えたつもりです。これからの皆さんの人生に、幸いがある事を、先生は祈っています! さてそれでは、皆さんが待ちに待っていた春の求人募集の冊子は五冊です。一週間後までに、求人募集に応募したい人は、先生のところに来てください」


なぜ先生のところに行くのか。それは求人募集をしているところまで行くための、移動手段を、先生達が卒業生に最後、一回だけ用意してくれるからである。

ここから王都まではかなり遠いから、移動するだけで求人募集の期限を過ぎてしまう。

だから、先生達は一番最後の贈り物として、行きたい生徒のために、移動手段の乗合獣車を用意してくれるのだ。

こう言う遠くの村では、ありふれた、でも本当に素敵な心遣いでもある。

そして今日は、試験結果を受け取って、求人募集の冊子を先生がもってくるだけの日なので、先生は退室して、わっと皆で、求人募集の冊子に群がった。


「私この地域に行くんだ!」


「俺はここの地域に憧れがあるんだ!」


「やっぱり目指すなら王都だよな!」


「王都の求人ってやっぱりおしゃれしなくちゃいけないのかな」


皆大賑わいで、僕は友達と一緒に、一冊の冊子をめくっていく。

僕はわりと文字を読むのが速いから、手を出さずに友達の速度でページはめくられていく。


「なあホルス、お前もやっぱり、王都の募集だろ」


「そうだね。やっぱり、王都って豪華なのかな」


「あ、なあなあ、これすげえ珍しい募集じゃねえ?」


「ん?」


友達がそう言って、皆の視線がとある募集の枠に向く。


「すっげえ、今年は王宮の使用人募集がかかってるぜ! ここ五年は、こっちまで募集が来たりしなかったのに」


「うちの姉さん、使用人の募集で落ちて、でも大臣のところで下働きしているって、帰ってきた時言ってた」


「王宮の募集で無理でも、王都で働けるかもしれないよな」


「じゃあ、皆で応募しようぜ!」


「賛成!」


どうせなら挑戦するにしても、失敗すら思い出になるところにしよう。皆考えるのは似たような事で、皆でにやにやしながら、僕と五人の男女の友人達は、王都の使用人募集に応募する事を決めたのだった。




「王宮の使用人募集? 珍しいな、この土地の人間まで募集するのは、よっぽど人が足りない時だけだぜ」


「五年前は、側室のお姫様のための求人だったねえ、下働きの中でも、特に下女を探して応募してたっけ」


家に帰って、最終試験の結果が白百合だった事、それから王宮の使用人の募集を受けてみる事を話すと、兄ちゃん達は川でとれた魚を焼きながら、そんな話を言い出した。

なんで兄ちゃん達が、そういう村の人もあんまり詳しくない事情に、詳しいんだろう。

もしかして、誰かと定期的に連絡を取り合っているのかな。

僕は兄ちゃん達から、焼き魚を受け取ってかじりつつ、兄ちゃん達がどっちが大きい魚を食べるかで、言い争っているのを見ていた。


そしていよいよ出発の日で、僕は人生で一番きれいな服を着ている。とりあえず変なシミとほつれと大穴が空いていないという、それだけでももう、僕の特別な一張羅だ。


「じゃあな、ホルス。いってらっしゃい」


「いってらっしゃい、いいかい、必ず寝る時は一人で寝る事。それから部屋に誰も入らないように鍵をかける事。それだけはどんな事があっても徹底してね。仕事先が相部屋になりそうだったら、その仕事は諦める事、それから」


「おいおい、そろそろホルスも耳にたこができるくらい聞いてるから、大丈夫だろ」


「でもさあ」


兄ちゃん達は珍しく、こんな朝早く夜明け前だというのに、起きて僕を見送ってくれている。兄ちゃん達はそして、何度も何度も僕に言い聞かせてきた、お約束を繰り返した。

よくわからないんだけど、兄ちゃん達が強く言い聞かせる事には大体、大きな意味があるから、僕はこの、一人でしか寝ちゃだめっていうお約束も、ちゃんと守ると決めている。


「大丈夫、兄ちゃん達との約束は、必ず守って働くからさ。いってきます! 冬の里帰りの時には、帰ってこられないか仕事先に聞くからね」


「おうおう。でも王宮だと、年始の行事にかり出されて、冬が大忙しって話もあるから、期待しないで待ってるぜ」


「ここがホルスの家なんだから、くじけたりした時にだって、帰ってきて良いんだからね」


「うん、兄ちゃん達、大好きだよ!」


僕はこれからしばらく、兄ちゃん達に会えなくなるかもしれないから、最後は笑顔で手を振って、いつもと同じように密林を後して、いつもより駆け足で、獣車が待っている村まで、急いだのだった。

いつもは、授業をちゃんと聞くために、それなりの急ぎ足でしか移動しなかったけれど、今日は遅刻したらそれだけで台無しだから、全速力で走った。

そうすると、村に着いたら息切れしていて、汗はだらだらと出ていて、見苦しい状態になるけれども、遅刻と言う事にはならなくて、僕と同じように王宮の求人募集に応募した友達が、何人も、獣車に乗っている最中だった。


「ホルス! よかった、間に合ってくれて」


「街道の一つが、大型の魔物に占領されて、回り道をしなくちゃいけないから、出発が早まる事になったんだ」


「じゃ、じゃあ走ってきてよかった」


僕は友達がそう言って教えてくれたから、彼等の後に続いて、見送りの先生に、皆一度抱きしめられているから、同じように抱きしめられて、獣車に乗ったのだった。

獣車は、僕より速く走っている。これで疲れないのかと思うけれど、この獣はこの速度が軽い駆け足程度らしいから、疲れたりしないんだって。

それで走って、どんどん村が遠くなっていく。

僕はそこで、皆が回し読みをし終わって、すっかりくたびれてヨレヨレになった求人の冊子を暇つぶし代わりに、のんびりめくり始めた。

僕や友達が応募した王宮の使用人の求人のほかにも、たくさんの地域の求人が載っている。

王都を目指さない子の中には、ここから一番近い領主様のお膝元の求人に応募した子もいる。そちらは堅実さらしい。その子は、夢は見ないと言っていた。王都はもっと優秀な人が山のように応募するから、自分くらいだとあっという間に落とされちゃうって言っていた。

ちなみにその子は赤薔薇だったから、そういう考えの子もいるんだな、と納得した。

自分の選び取れる中で最高の場所を、と決めたその子は、僕とは違う乗合獣車に乗っていった。

王宮の求人のほかにも、王都での商家での募集とか、大きなお屋敷の募集とか、たくさんの求人がそこには乗せられている。

なんで王宮の求人という、格が上のものもこの冊子に載っているのかと言われたら、春と秋の求人を広く平等に知らせるためだ。それに、遠いところにいるから役に立たないと言うわけではない事は、たくさんの田舎から来て働く人が証明している。

よりよい人材を、平等に集めるため。

そんな名目で、王宮の求人もこの冊子に掲載されるのだ。

僕はそれをずっと読んでいた。王宮の求人は、たくさんの分類があるらしくて、王族の使用人にあたる最上級使用人から、お便所のくみ取りという、最下級の使用人まで幅広く集めているらしい。

その中でも、今年は特にすごい求人があって、国王様と王弟様の側仕えとかの求人も書かれていた。

でもこういう、王様くらいのすごい人達の側仕えは、きっと貴族のお坊ちゃんやお嬢ちゃんが優先的に採用されそうだな。

ああいった人達の側仕えの人達は、ほかの使用人達にもたくさん見られるわけで、下手な身ごなしじゃ良い事なんて一つもない。

僕は何に適性があるだろう。王宮の求人はたくさんの細かい仕事の違いがあるから、それもこの冊子には書かれている。

……

…………

………………これがいい、僕これがいい!

僕はずっとそれを読みふけって、一つの仕事に目が奪われた。

それは、王宮の中庭の手入れの使用人だ。

兄ちゃん達が前に話していたけれども、王宮の中庭は魔法がかかっている場所で、いつでもたくさんの素敵なお花が咲いているんだ。

そしてそこでは、王族のために養蜂が行われていて、その養蜂の手伝いをすると、たまにちいちゃい壺一つ分くらいだけ、蜂蜜を分けてもらえるんだって。

何で兄ちゃん達そんなの知ってるんだろうと思ったけれど、それが事実なら大変素敵なお仕事である。

甘いものは貴重だ。蜂蜜というのは、この国で神聖視されている金色だから、神の与えた特別な甘いもの、というくくりの中にある。とても高価な砂糖より珍重される事も多いもの。

それがちょびっとだけわけてもらえるなんて、すごい贅沢な待遇だ。

僕は元々、兄ちゃん達が村の人と物々交換するための、たくさんの薬草のお世話の手伝いをしていたから、お花のお世話とかは嫌いじゃない。

それにお花はきれいだ。僕はだからお花が好きなので、是非とも中庭の手入れの使用人を目指して、たまに素敵な蜂蜜を分けてもらう夢がみたい。

僕は、必ず面接の時に自分をいかに使える人間か、積極的に売りつけなければと心に決めて、目標が決まったのでその後は、求人雑誌の途中から書いてある、大きな街での住居の決め方とか、生活の注意点とか、田舎の村とは常識が大違いな部分を、じっくり読み進める事にしたのであった。


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