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殿下はあの面倒な事情で、仕方がなくやる事になった僕との添い寝を、なんとなく気に入ってしまったようだった。
僕は歯ぎしりだの寝言だので、相当に殿下の安眠を妨害していそうなのに、殿下は仕事が立て込んで、一般的な仕事の時間を過ぎる事があると、僕に
「おい、ホルス」
そういって、眠る支度を済ませた後に、僕を寝台に引っ張り込むようになった。
僕は自分の寝床があるのだし、何度か殿下に
「僕がいると寝台が狭くて寝にくいんじゃないですか? いくら僕が同年代の男の子よりも小さく感じられるからって言ったって」
これをして殿下がぐっすり眠れるとは思えないと、正直な事を言ったわけだが、殿下は毎回、眠たそうな声で命令してくる。
「俺がこうしたいと言っているんだから、お前に逆らう権利はない。俺はお前をなかなか使えると評価しているんだ」
命令されて、褒められているようなので、僕はならまあ、大問題になる事もなさそうだし、僕も殿下も男だし、何らかの間違いは起きないだろうと勝手に納得している。
納得して、毎回毎回、立派で素敵な寝台だな、と殿下に抱き込まれながら感心して、僕は眠りにつくのだ。
朝は僕の方が遙かに早くて、しかし殿下の腕は時々がっちりと僕を拘束しているので、御用聞きのセムトさんの来る時間に間に合わせるべく、そういった日は殿下の腕と戦う。
幸い僕は、兄ちゃん達に抱き込まれて眠る、なんて事も小さい頃は日常的だったので、こういった状態の時の脱出法法を知っているから、何時間も戦いを続ける日は今のところない。
そして、殿下は僕を抱き込んで眠ると、なんだかよくわからないんだけれども、すっきりとした疲れのとれた顔色をしているから、まあなんだかわからない事で、殿下のお役に立っているみたいだった。
「ホルス」
「はい」
「お前は今年行われる、最も偉大なる神に捧げる式典の中身を知っているか」
「えーっと、聞いた事はありますよ! 偉大なるオツリスの神に、一番足の速い選手が式典用の捧げ物を奉納するって言う事ですよね」
「あれに兄上が、お前も参加させろと言い出してきた」
聞いた僕はびっくりした。目を丸くして、殿下に聞く。
「なんでですか? その式典の選手は、いろんな貴族や王族の選んだ早足さんだって聞いてますけど」
「今までは俺の側仕えも腹心の部下もいなかったからな。そのため俺の分は免除されていたわけだが……お前が長続きしているという事で、今年は俺の分の選手も出すようにとのご命令だ」
殿下が皮肉たっぷりに言う。そう、国王の選んだ選手と、そのほかの王族の選んだ選手と、貴族の選んだ選手と、神官の選んだ選手と、選手はたくさんいるから、それ以上いらなさそうなのに、僕までその競争に巻き込まれてしまっているらしい。
「殿下、そう言うのって、忖度とかあるんですか」
「一応ない、という事にはなっている。だが誰もが神官と兄上の不興を買いたくないからと、遠慮をしているのは間違いないな」
「それって競う意味があるんですか? なさそうだしありがたみもないし、オツリス神も、もっと真面目にやれって言い出しそうな」
「まあな。毎年式典の後は天気が悪くなる。だがお前のような事を考える人間は少数派でな。王の選んだ最も素晴らしい選手が捧げ物をしているという事に、セト神が嫉妬した結果だと考えている」
「殿下はそうじゃないみたいだ」
「当たり前だろう。毎年競争として面白みのない、結果のわかっているものを見せられるのは茶番に等しい」
「ですよねえ」
僕はそう言って、今日も送られてきた恋文の清書を殿下に手渡した。
「これでいかがでしょう。このお嬢さん、結構しぶといですね。毎回お断りのお手紙を出しているのに、これで八回目です、手紙が来るの」
「このご令嬢は神官長を父に持つ、それはそれは由緒の正しいご令嬢でな。そのせいか婚期を逃がしていて、早く自分にふさわしい身分の相手と結婚したいのだ。父親の重圧もあると聞く」
「それでも殿下はうんって言ってあげないんですね」
「まともな愛情も優しさもない結婚なんぞ、ろくな結果にならない。……俺は兄上のあれこれをかなり間近で見たからな、それを知っていて、同情だけでこのご令嬢と結婚はできない」
「国王は大もめした結婚を? そんな噂、僕のいた村にも入ってこなかったですよ」
僕が意外だと思って言うと、殿下は思い出すのも疲れる、という調子の声で言った。
「当たり前だ。あのもめ事は、あまりにも問題がありすぎる、と言う話になっておおっぴらにならなくなった。その後起きている事にも、誰もが目をつぶってな」
「……それを僕には教えてくれないんですか」
「聞いても、お前の育っていない情緒では理解できないだろうからな」
「殿下、時々僕の年齢を、小さくて裸で走り回っている年齢の子供だと思ってません?」
「お前を見ていると、そんな気分にさせられる時もあれば、やたらに年を食ったような雰囲気もあって、面白いな」
「褒めてない! もっと褒めて!」
「はいはい、すごいすごい」
明らかに殿下が僕で遊んでいる。僕の心からの反応を面白がっている。
僕は殿下のおもちゃ枠でもあるのだろうか。
もしかして、だから僕の首は落ちないのだろうか。手元にある使い勝手のいいおもちゃは、お気に入りになっていれば簡単には壊さないだろう。
考えていて、そんな可能性もあるなって思ったんだけれども、僕は膨れてこういった。
「僕は殿下に大損をさせないっていったのを、守ってるだけですよ」
「そうだな。今のところ、大損をしたという気にはならない。たまにお前はやらかすが」
「一つ一つ学習してます! すごいでしょう!」
「そういうところだぞ」
殿下はかすかに笑ってから、僕に言った。
「とにかく、兄上の決定は俺には覆せない。ホルス、お前は今度のオツリス神への式典の時に走れ。……お前は足腰はしっかりしていると、面接の時に自慢していただろう」
「走るのは得意ですよ。長く歩くのも。僕の家は密林で「飽きるほど聞いた。村まで三時間かかるんだろう」
殿下が僕のおしゃべりを封じて、一言言った。
「お前が兄上の選手に対して、忖度をするかどうかはお前の判断に任せる。……安心しろ、いざという時はかばってやる」
「うわあ、さすが殿下! 頼もしい!」
僕が素直にそう言うと、殿下は書類の山の一部を、僕に押しやった。
「とにかく今はこれを清書しろ」
「はい!」




