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七色の大陸  作者: 108
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ep5:冥界の女王と人神

 アロハが厨房で楽しそうに作業をする声が、家中に響き渡る。


「おじいやん、ハンギの時間だよ。もうすぐ完成するから、テーブルに座って待っててね!」


 タウィリはその声に心がほっこりとしたものの、ふとした瞬間、別の場所への渇望を隠せなかった。


「またハンギかのう…。人生の終わりが近づくと、王都のビストロ・トヨウケでの食事を夢見ることが多くなるのじゃ。老いた心の慰めかもしれんがのう。せめて一度だけ、もう一度その夢を叶えたいもんじゃ…」


 アロハは優しく微笑みながら、愛情を込めて言った。


「おじいやん、絶対に死なないでよ! ずっと一緒にいようね。文句はもうおしまい。アロハがアカデミーに遊学したら、ビストロ・トヨウケに行くんだから。それまでの間、ハンギで我慢してて!」


 タウィリは目を輝かせながら言った。


「王都で一番のメシかのう…これは期待せずにはおれんわい。こんな楽しみが待っておるんじゃから、まだまだこの世を去るわけにはいかんのう!」


 その場にいたアオは、二人の間に流れる温かい空気を感じ取り、心が和んでいくのを感じた。


 アロハの無邪気な笑顔とタウィリの優しい眼差しは、彼らの絆を象徴しており、アオにとっても大切な光景だった。


「タウィリさん、ハンギって何ですか?」


 アオは、好奇心旺盛な目でタウィリに尋ねた。


 タウィリは穏やかな笑顔で答えた。


「ハンギっちゅうのはのう、この森で昔から受け継がれてきた伝統料理なんじゃ。地面に穴を掘って、熱した石を敷き詰め、その上で魚や肉、野菜を蒸し焼きにするんじゃ。


 小僧ォには珍しい料理かもしれんが、これがまた格別なんじゃよ!」


 アオは目を丸くし、瞳孔が開き、キラキラと輝いた。


「へぇー、面白そうですね! どんな味がするんだろう?」


 タウィリは、優しい笑顔でアオを見つめ、温かみのある低音で語りかけた。


「それは食べてみてのお楽しみじゃ。さあ、小僧ォ、その傷を見せてみい!」


 父親のような優しさを感じさせるその言葉に、アオは思わず笑みをこぼした。


「こんな掠り傷、唾付けとけばすぐ治っちゃうよ。タウィリさん、心配してくれてありがサンクス!」


 タウィリは、アオの足にできた傷跡をじっと見つめ、深い皺を寄せた。


「これは…魔獣の爪痕じゃ。まさか、貴様ァは魔獣に襲われたというのか?」


 アオは、目を丸くして首を横に振った。


「…覚えてないけど」


 タウィリの目は驚きで大きく開いた。


「記憶がないだと…? 一体、何が起こったんじゃ!?」


 アオは、言葉に詰まった。


 彼は、自分が最後に覚えていることさえ思い出せなかった。


 目を覚ました時、アオは見知らぬビーチで倒れていた。


 そして、自分が誰なのか、なぜここにいるのか、全く分からなかった。


「ワシも詳しいことは分からんがのう、どうやら貴様ァは、時空の歪みに巻き込まれて、このリケリケに流れ着いたようじゃ。その際に、何かしらの衝撃で記憶を失ってしまったのかもしれんのう」


 タウィリは、アオの記憶喪失の原因について推測を述べた。



 アロハは、森で見つけた薬草を手に、アオの傷にそっと塗った。


「これは、おばあやんの秘伝の薬草なの。どんな傷も治しちゃうんだから!」


 アロハは、無邪気な笑顔を見せながら、アオの足を優しく包み込むように手当てをした。


「アロハは、この森の薬草にとても詳しいんだ。小さい頃から、おばあやんに教えてもらったの。それに、歌が好きで、いつも森で歌ってるんだよ。いつか、アオにも私の歌を聴いてほしいな」


 アロハは、楽しそうに自分のことを話してくれた。


 アオは、アロハの優しさと純粋さに触れ、心が安らぐのを感じた。


 タウィリは、アオの傷が驚くほど早く治っていることに気づいていた。


 そして、その傷跡の形と深さに、どこか見覚えがあった。



〈これは…まさか…?〉


 タウィリの脳裏に、かつて戦った魔獣の姿が浮かんだ。


 それは、「アタランギファオ」と呼ばれる、影に潜み、鋭い爪で獲物を襲う獰猛な魔獣だった。


 そして、その魔獣に傷つけられた者は、命を落とすか、深い記憶喪失に陥るという。


〈もし、この傷がアタランギファオによるものだとしたら…〉


 タウィリは、アオにこれ以上不安をかけたくないという思いから、話の話題を変えた。


「ところで、小僧ォはいくつじゃ?」


「えっ、18歳だけど何でそんなことを聞くの?」


 アオは、その不意の質問に驚きつつも答えた。


  しかし、彼の心の奥底では、記憶の底からインクが滲むように, 自身の記憶がかすかに霞がかかっていることを感じ取っていた。


 …静けさが一層深くなり、その一瞬後、予期せぬ瞬間に屋敷全体が激しく揺れ始めた。


 次々とグラスや皿が床に落下し、 耳をつんざくような割れる音が響き渡り、家具が激しく揺れる中、アロハは深い驚きを隠せずにキッチンから飛び出してきた。


 その揺れは、何世紀もの眠りから覚めた巨獣が、再びこの世に姿を現したかのような恐怖を帯びていた。


 顔に青ざめた色が浮かび、手がわずかに震えていたアオは、自分自身に言い聞かせるように囁いた。


「落ち着け。これも過ぎ去るっしょ…」


 タウィリの声は、運命の重大さを告げる鐘のように響き渡った。


「この地震、何かの予兆かもしれんのう…。


 ここ最近、珍しいことが多すぎるわい。貴様ァを見つけた少し前にも、大きな音と揺れがあったんじゃ。それが新しい時代の到来を告げるものなのか、それとも…」


 タウィリの言葉は途中で切れたが、その声には深い意味が込められていた。


「この傷は、忘れられない過去の証…」と、右目の下にある傷をゆっくりと指でなぞった。


「…覚悟しておいた方がええぞ。これから、想像を絶するような戦いが始まるんじゃ!」


 その言葉が何を意味するのか、まだアオは理解できていなかった。


 しかし、タウィリの真剣な表情を見て、ただならぬ事態が迫っていることは誰にでもわかった。


 アオの胸は高鳴った。


 記憶が曖昧でも、この言葉は本能的に理解できた。


 まるで、魂に直接語りかけられているかのように。


「ついにこの時が来たか…」


 タウィリは深い声でつぶやき、アロハとアオの肩を組んだ。


 満月の下、銀色の光が彼らの周りを柔らかく照らしている。


 しかし、その美しい光景とは裏腹に、屋敷の上には不吉な暗雲が集まり、心を寒くする影がゆっくりと形を成していた。


「あの禍々しいアトゥアは、アカアンガにミルクラじゃ!」


 タウィリがそう宣言し、クリスタルステッキを夜空に向けると、漆黒の翼を持つ巨大な獣、冥獣・アカアンガが現れた。


 その背には、冥界の女王・ミルクラが騎乗しており、長い黒髪と鋭い眼光は、圧倒的な美貌を放っていた。


 ミルクラは、冥界の王冠と闇の力を操る魔杖を手に、冷酷な笑みを浮かべていた。


 月明かりに照らされたその姿は、神秘的なアトゥアを放ち、アオとアロハを圧倒する。


 アカアンガが碧落(へきらく)からリケリケの森へとその巨大な翼を広げて降り立った瞬間、森全体が一瞬にして沈黙に包まれた。


 その姿は、恐竜をも凌ぐ威容を持ち、開けた口からは、人を丸ごと飲み込むことができるほどの巨大な牙が覗く。


 その耳とたてがみは、燃え盛るマグマのような暗紅色で、ドス黒い尾は夜空に映える赤い先端を持っていた。


 その全身からは、渦巻く暗黒眼が闇夜に溶け込むように輝き、深い謎を放っていた。


 アカアンガの存在だけで、森は恐怖の渦に巻き込まれた。


「なんだあれ…? 信じられねぇ…」


 アオは息を呑んだ。


 目の前に広がるのは、夜空を裂くように現れた巨大な冥獣と、その背で風を切る美しい女性の姿。


 この異世界の空気を肺いっぱいに吸い込みながら、自分の運命にまだ戸惑いを隠せなかった。


 ミルクラは、タウィリから視線を外し、アオに視線を向けた。


「汝はただの人間ではない…人神(ひとがみ)の力を宿す者…これは運命のいたずらか、それとも…」


 ミルクラの言葉は、深い海の底から響く古の歌のように、謎めいており、彼女の瞳は未知の世界へと誘う扉のように深く、魅力的だった。


 アロハは、ミルクラがアオに興味を持ったことに、激しい感情を揺さぶられた。


 それは単なる嫉妬ではなく、恐怖と、そして…認めたくないながらも、どこか共感に近い複雑な感情だった。


「あんた、一体何者? 私たちに何の用?」


 アロハの声は、張り詰めた糸のように細い。


 ミルクラは、アロハの問いかけを無視し、アオに語り続けた。


「人神よ、ミルクラと共に世界を滅ぼし、新たな時代を創造しよう!」


 彼女の宣言は、星々が新しい歴史の幕を開ける瞬間のように、運命的で壮大な響きを持っていた。


 ミルクラの冷酷な笑みの裏には、破壊と創造のサイクルを操る者の、絶対的な自信と狂気的な美しさがあった。


 アオは、ミルクラの言葉に、言いようのない恐怖と高揚感が同時に押し寄せるのを感じた。


 世界を滅ぼす?


 新たな時代を創造する?


 それは、あまりにも壮大で、自分には到底理解できない領域の話だった。


 しかし、なぜか、ミルクラの言葉は、アオの心の奥底にある何かを呼び覚ますようだった。


「ふざけるな! アロハの友達を巻き込むな!」


 突然、アロハがミルクラに向かって叫んだ。


 その声には、これまで見せたことのない強い意志と怒りが込められていた。


 ミルクラは、初めてアロハに視線を向けた。


 その瞬間、ミルクラの表情が一瞬にして凍りついた。

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