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七色の大陸  作者: 108
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ep3:失われし名 目覚める魂

 西暦2038年、アオは絶望の淵に立っていた。


「……兄ちゃん」

 15歳のあの日、サーフィン中の事故で兄を失ってから、波の音はもう子守唄ではなくなった。胸の奥の空洞は、誰も埋めてくれなかった。


 両親は離婚し、母は再婚。新しい家族もできたけれど――心の奥の冷えは変わらない。


「笑えって? そんな簡単に言うなよ……」


 ただ一つ、光があった。

「アオ、今日も生きててえらいじゃん」

 カイアの笑顔だけが、壊れかけた世界に色を取り戻してくれる。触れるたびに、小さな灯が胸の奥で揺れるのを感じた。


 その日、空を裂くような閃光が身体を貫き、意識は闇に沈む。


「……ここは……?」


 見慣れぬ森の奥――深く、柔らかな木漏れ日が苔や落ち葉を照らす場所だった。

 湿った土の匂い、微かに揺れる葉の音。全てが、アオを現実へと引き戻す。


 手首には、透明な何かが巻き付いている。冷たいのに、どこか優しく抱きしめるような感触だった。


「……ほぅ。気になるか?」

 振り返ると、そこには深い皺と白銀の髪を持つ老人が立っていた。

「ワシの名はタウィリ。――小僧ォ、貴様ァの名は?」


「え……俺の名前は……え?」

 言葉が詰まり、額に冷や汗がにじむ。胸の奥から黒い霧のような不安が広がる。


「ふむ……記憶喪失じゃな。頭を強く打ったのかもしれんのう」

 タウィリの瞳は静かに、しかし確実にアオを見透かしていた。


「記憶喪失!? 俺が!?」

 思わず頭を押さえるアオ。何も思い出せない霧に、全身が震える。


「まぁ慌てることはない。ワシの屋敷で休めば、そのうち思い出も戻るじゃろう」

 タウィリは杖をつき、森の奥へと歩き出す。


 アオは小さく頷き、透明な束縛を握りしめる。

 触れるとほんのり温かく、まるで意思を持つ生き物のように彼を見返してくる。


〈……全てを失った。兄も、家族も、俺自身の生きる意味も。けど……なぜか分かる。前に進めって、心の奥から声がする〉


 拳を固め、アオは深く息を吸った。

「これは……きっと、俺に与えられた新しいチャンスだ。タウィリさんから全部学び、この謎を解き明かす。そして、この透明な束縛の意味を掴む!」



 気づけば辺りは夜。森は深い闇に閉ざされ、虫の音ひとつ響かない。湿った土の匂いと木々の冷たい香りが、アオの胸を締め付ける。


「……静かすぎる」

 アオは不安げに周囲を見回した。足元の枯葉は踏むたびに小さくカサリと鳴るだけで、夜の森は息を潜めているかのようだ。


 その瞬間、ふわりと光が浮かび上がった。赤、青、緑、黄金――まるで宝石のような光の粒が、闇を切り裂き舞う。


「な、なんだこれ……!?」

 目を丸くするアオに、タウィリがにやりと笑う。


「ほっほっ、驚いたか? あれは微精霊じゃ。歓迎されとるようじゃな!」


「か、歓迎って……俺を?」


「そうよ、小僧ォ。お主の心が開かれた証じゃ。滅多に見られるもんじゃないぞ」


 幻想的な光景に、アオは言葉を失った。光の粒を手で触れると、微かに温かく、羽根のように柔らかい感触が指先に伝わる。小さな羽音と共に、耳にかすかな音楽が鳴るようだ。


「俺を……歓迎……?」

 アオの声が震える。


 タウィリは真剣な眼差しで言った。

「この世界はな、目に見えるものがすべてではない。見えぬ命、感じる力……それらもまた大切なんじゃ」


「見えない命……」


「微精霊は、それを教えてくれる存在じゃ。理解できる者だけが、真の冒険者と呼ばれるんじゃよ」


 アオは光を見つめ、拳を握った。

「真の冒険者……俺も、なれるのか……」


 光の粒はまるで彼の心の声に答えるように、ひときわ輝きを増し、空気が柔らかく震える。


 微精霊の道しるべに導かれ、二人は森を抜けた。目の前に広がるのは、荘厳な屋敷。夜闇の中で、淡く呼吸するかのように壁が光を吸い込み、まるで屋敷自体が生きているようだった。


「……でっけぇ……」

 アオは思わず見とれる。


「おい、タウィリさん……これ……生きてるみたいだ」


「ほっほっ、鋭いのう! あれがマラマランガララじゃ」


 アオは口をぽかんと開けたまま、尾から光を放つ幻想的な生物を見上げる。マラマランガララの尾は空気に触れるたび色を変え、淡い音を奏でるようだった。


「こ、こいつらが守護者なのか?」


 タウィリはゆっくり頷いた。

「そうじゃ。光を放つ時はこの地に平和が訪れる証。だが光が弱まる時、それは闇の到来を告げる前触れでもある」


 アオは息を呑む。幻想は美しいが、どこか脆く儚いものに思えた。


「あ、あれ……タウィリさん! あれは何だ!?」

 指差した先に浮かぶ透明な球体。中には無数の光が瞬き、まるで小さな宇宙を閉じ込めたかのようだ。


「こ、これは……!」

 タウィリは杖を握りしめ、目を丸くした。


 球体はゆっくり回転し、静かに脈打つ光を放つ。その光は心臓の鼓動と不思議に重なる。


「ウォフォフォ……! こんな微精霊は初めてじゃ!」


 透明な光が一気に強まり、空気が震えた。

「――聞け、若き旅人たちよ。我は遥か彼方の星より来たりし精霊。汝らの未来を導かんと、この広き宇宙を越えてここに至った」


「み、未来を導く……だと?」

 アオはごくりと唾を飲み込む。


 言葉と共に、光は二人を包み込む。アオは恐怖と期待が混ざる胸を抑えながら、決意を固めた。


 ――次に瞼を開けた時、二人は屋敷の巨大な門の前に立っていた。森は消え、静かにたたずむ壮麗な屋敷だけが存在する。


 タウィリが豪快に笑い声を上げる。

「ほっほっほっ! 見ろ、小僧ォ! あれが我が自慢の孫娘――アロハじゃ!」


 月明かりに照らされた少女の姿は、神秘と温かさを同時に放ち、森の闇に消えた緊張を一気に解きほぐす。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます!


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