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七色の大陸  作者: 108
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ep2:波に乗る魂~異世界リケリケの冒険

 潮の香りが鼻腔をくすぐり、湿った風が肌を撫でる。


 断続的に打ち寄せる波音が耳元を包み込み、アオは自分が海辺にいることを実感した。


 かすかな光が瞼を透かし、彼はゆっくりと意識を取り戻していく。


 海の表面には、太陽と月が共演し、その光が銀色の帯となって水平線まで続く。


 耳元で聞こえるパチパチという音と潮の香り。


 徐々に感覚が研ぎ澄まされ、自分が横たわっていることに気付く。


 その瞬間、乾いた音が耳元で炸裂する。


「……パッ! パチッ!」


 それは頬を刺すような痛みを伴っていた。


 瞼から水滴を振り払うと、顔面タトゥーで彩られた白髪の老人が、低い声で語りかけていた。


 老人の瞳は、深淵を覗き込むような(すす)けた鋼鉄のような灰色で、アオの心を射抜くような鋭さを秘めていた。


 月夜の湖面に映る影のような左目は、底知れない闇を宿しているようにも見えた。


 荒々しい顔は、無数の傷跡で覆われていた。


 刃物で切られたような右目の傷跡は、特に深く、老人の過去を語るもののように見えた。


 アオは、老人の異形に恐怖を感じながらも、その瞳に吸い込まれるように視線を離すことができなかった。


 老人は微笑みながら言った、「そなたのその驚く顔、ワシは大好きじゃ!」


 その声は、老人の口癖と共に、アオの心に深く響き渡った。


「ようやく目覚めたようじゃな、若者よ。この辺りでは見かけぬ風体じゃ。さて、貴様ァは一体何者じゃ?」


 老人の声は、時を超える鈴の音のように、ジャラジャラと風変わりな響きを秘め、どこか懐かしささえ感じさせた。


 その不思議な響きに引き込まれ、思考が一時の静寂に包まれた。


 何が起こったのか、この場所がどこなのか、自分が本当に誰なのか、全てが霧の中に消えてしまったようだった。


 不安と恐怖が心を圧倒し、世界が回転し始める中、パウダーサンドのビーチに寝そべり、指先に微かに触れる砂の粒子だけが、現実の感触をもたらしていた。


 白い顎髭を潮風になびかせながら近づく老人の顔が、アオの心に未知の安堵をもたらした。


 その瞬間、老人の長く立派な顎髭が、アオの鼻先を優しくくすぐった。


 その刺激に、アオの体は反射的に反応した。


「へぇ、へぇ、ヘェクション!!」と、不意にくしゃみが込み上げ、老人の顔にはアオの飛沫が雨の如く降り注いでいた。


 凛とした老人の顎髭が、微かに震えているのを感じた。


「あっ、悪いな、爺さん、ここはいったい何処なん…カイ…ァ…」


 言葉を紡ぐ前に、アオは自らの体が異様に重たく感じ、動けないことに気づく。


 自分の身体とは思えないほどの重圧に覆われ、まるで魂だけがここにあるかのような、奇妙な錯覚に陥った。


「貴様ァは随分と好奇心が強いな。本来ならばワシが訊きたいことも多いのじゃが、まあ良い。小僧が今立っているのは『時の狭間』、俗にリケリケと呼ばれる場所じゃ」


 老人が告げたその言葉に、アオの心は新たな謎を抱え込んだ。


 懐かしさを覚える声と、リケリケの地の名がどう繋がっているのか、さだかでない。


「…リケリケ!?」と、アオは左手を着き、ねじ上げるような格好で立ち上がった。


 プラチナヘアーから砂を払い、動揺を押し隠し、アオは自らの存在を探り、辺りを見渡し始めた。


 ここは一体どこなのか、何が起きているのか、彼の内に混乱が渦巻いていた。


 同時に、言いようのない不安と高揚感がアオの胸を締め付けた。


 未知の世界への恐怖と、新たな冒険への期待が、彼の心を激しく揺さぶる。


 老人は、アオの立ち姿を見つめ、過去の記憶と重ね合わせている。


「ほう、遂に眠りから覚めたか。さて、貴様ァはこの辺りに来るのは初めてじゃろう?」


 質問を投げかける老人の声は、胸元まで伸びた顎髭を指先で丁寧に梳かしながら、まるで新種の生物を見つけた子供のような興奮と疑問を帯びていた。


 老人の瞳は深い灰色で、星空に銀紙を散りばめたようにキラキラと輝き、その光景がアオの心の奥深くに焼き付いていった。


 その瞬間、アオは時間が止まったような錯覚に陥り、老人の眼差しの中には、無数の物語と世界が広がっていることを感じ取った。


「ここは初めて見る景色だ。一体…?」


 不思議と心の奥底から湧き上がる懐かしさと、未知への好奇心が交錯する。


「そうじゃ! ここはワシが若い頃、何度も訪れた場所じゃ!


 この地は時の流れが異なり、幾多の物語が交差する特別な場所なのじゃよ…リケリケとは、この世界の狭間の地。異なる時代や場所から、様々な魂が流れ着く場所。


 そして、そなたのホーミーの声帯は、かつてその地を治めていた偉大なる女王、ユーライザの血脈を彷彿(ほうふつ)とさせる。


 もしかすると、そなたはユーライザの末裔かもしれぬ。


 もしそうならば、このリケリケの地で、そなたに課せられた使命があるやもしれぬ…」


「…リアルですか? ところで、爺さんは何をして過ごしていたんですか?」


 老人は懐かしそうに語る。


「色々とな…考え事をしたり、仲間と語り合ったり、時には一人ぼっちで星を眺めたりもしたんじゃよ」


 アオは感嘆(かんたん)し、疑問をぶつける。


「それは…まるで夢みたいですね。でも、どうしてこんなところに来たんですか?」


 老人は神秘的な表情で語る。


「夕刻に見える光に導かれたんじゃ。それがワシをここに引き寄せたんじゃよ!」


 アオは興味深く尋ねる。


「光ですか? それは何の光なんですか?」


 老人は意味深な笑みを浮かべる。


「それがな…ワシもまだよく分からん。だが、それを探すのもまた一つの冒険というものじゃ!」


 アオは目を輝かせる。


「冒険…それは楽しそうですね!」


 その時、背後から腹の底に響くような、それでいてどこか気の抜けた咆哮(ほうこう)が響き渡った。


「グオオオオオッ…(ゲップ)」


 アオと老人は、驚いて振り返る。


 そこには、禍々しいオーラ…というよりは、朝食を食べ過ぎてお腹が苦しいといった風情の巨大な獣が、欠伸まじりに牙を剥き出しにして…いるような、そうでもないような、微妙な表情で佇んでいた。


「ぬうっ、これは…魔獣か! …にしては、随分と眠そうじゃな」


 老人は杖を構え…かけたが、あまりの気の抜けっぷりに肩透かしを食らったように力を抜いた。


 アオはサーフィンの時のような低い姿勢…を維持するのが馬鹿らしくなり、普通に立ち直った。


 アオは、この未知なる世界での最初の試練…が拍子抜けに終わる予感をひしひしと感じていた。


「ムムッ これは…一体?」


 驚きの声…というよりは、困惑の声が上がった。


 そこには、銀色の羽毛に覆われた小さなキーウィが、ローズクォーツのように優しいピンク色の瞳を輝かせて…獣の背中で仁王立ちしていた。


 いや、よく見ると、獣毛にちょこんと掴まっているだけにも見える。


 いやいや、もしかしたら角にしがみついているのかもしれない。


 いや、やはり獣毛を必死に掴んでいるだけか…?


 とにかく、キーウィは魔獣を…操っているのか、ただ乗っかっているだけなのか、非常に微妙な状況だった。


「ハローニャ! おいは冒険家のトムボーイだニャ! 未知なるものを追い求め、魔法の力…と、このデカブツの獣毛の居心地の良さを満喫しているニャ!」


 キーウィは、虹色の羽根帽子を揺らしながら…というか、風で飛ばされないように必死に押さえながら、どこかドヤ顔で自己紹介をし…獣と共にヨロヨロと去って行った。


 獣は完全に無関心といった様子で、キーウィが乗っていることすら気づいていないかもしれない。


 ……


 しん、と静まり返った。


 風の音だけが、砂浜を渡っていく。


 アオは、今しがたまで目の前にいた巨大な獣と、その背中で騒いでいた小さなキーウィを交互に見ていた場所を、呆然と見つめていた。


 本当に、あれは現実だったのだろうか?


 巨大な獣も、しゃべるキーウィも、今まで見たことも聞いたこともない。


 頭の中が混乱していた。


 老人は、そんなアオの様子には全く気づいていない様子で、空を仰ぎ見ながら、まるで先ほどの出来事などなかったかのように、話し始めた。



「さように、人生そのものが一場の冒険。それを楽しむことこそ、生きるということじゃ!」


 老人の言葉は、どこまでも広がる青空に吸い込まれていくようだった。


 しかし、アオの耳には、老人の言葉はどこか遠くで聞こえる別世界の音のようにしか聞こえなかった。


 アオの意識は、先ほどの獣とキーウィのことで頭がいっぱいだった。


 あの巨大な体躯(たいく)、腹の底に響くような咆哮、そして何よりも、人間のように言葉を話すキーウィ。


 信じられない光景が、アオの脳裏に焼き付いて離れなかった。


 アオは、答えを見つけることができず、ただ無言で老人の深遠なる瞳の奥を見つめ返すのみだった。


 その瞳は、神秘に満ち、悠久(ゆうきゅう)の時を超える(いにしえ)智慧(ちえ)を宿しているかのように、アオの魂の奥底まで見透かす。


 アオの心は、その視線によって、かつてないほどに激しく、そして深く揺さぶられた。


 老人は、時を隔てたような声で再び問いかける。


「重ねて問おう、何故此処におるのか? 貴様ァの御身(おんみ)は、一体何者なのじゃ?」


 記憶の断片が渦巻く混沌の中、アオは自分が何者なのかを探ろうとする。


 しかし、彼の記憶は突然霧に覆われ、自分がいた場所、機窓から見えた景色、そして自身の存在――全てが霧に飲み込まれていく。


〈…これは、何だ!? この霧は一体何なんだ?〉と、アオは心の中で叫んだ。


 未知の不安が彼の第六感を電光石火の速さで刺激し、身体は震えていた。


「……大丈夫か? 日も傾きかけておる。ワシの屋敷へ来なさい。傷の手当てもしてやろう」


 老人は優しい声で語り、アオの肩に温かい手を置いた。


 その瞬間、霧が晴れ、眩い色彩の洪水が視界を包み込む。


 それはまるで、未知への誘いだった。


 思わず声が漏れる。


「もう少しだけここにいていいですか?」


 それはただの質問ではなく、心の奥から湧き上がる切実な願いが込められていた。


 アオの心は、その地の美しさに一瞬で魅了され、心臓は波音に合わせて優しく躍った。


 海の青さ、空の広さ、全てが彼を引き付けて離さなかった。


 そして、波打ち際で弾く白波が何かを伝えようとしているように感じ、そのメッセージを理解しようと耳を澄ませた。


「……日が暮れる前には戻るのだぞ」と、老人の声が答えた。


 見た目の厳つさに反して、頬に優しい微笑みの皺を寄せながら語っていた。


 その声には、同情と理解が含まれていた。


 アオは「ありがサンクス」と感謝の言葉を述べた。


 突然、「バッシャーン!!」という水音が響き、アオは反射的に振り返る。


 夕陽を背に、金色の巨体が力強く宙を舞う。


 老人は「ふぉっふぉふぉ、これはトキメク珍しい。心が躍るわい!」と、嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、アオが見たことのない、爽やかで生き生きとしたものだった。


 黄昏の光に照らされたイルカの跳躍は、すべてを忘れてしまうほどの美しさで、この世界が持つ可能性の象徴のように思えた。


 アオの心は、リケリケの海と共に波打ち、未来への期待に胸を膨らませた。


 しかし、その時「黄昏時じゃ、小僧ォよ、ワシの後を付いて参れ!」と呼び声に現実へと戻され、新たな世界の幕開けを感じたまま、アオは老人の後を追うのだった。



 一方、カイアはアオとは別の場所で目を覚ました。


 見慣れない木々が生い茂る森の中、彼女は一人ぼっちだった。


「アオ…どこ?」


 カイアは不安げに周囲を見回すが、アオの姿はどこにも見当たらない。


 深い森の奥へと続く小道を見つめ、カイアはアオを探すため、一歩を踏み出した。

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