ep13:森を翔る老戦士
アオとアロハ、そしてタウィリは森を進んでいた。
朝の光が白樺の葉に揺れ、まるで生きているみたいに輝いている。アオはポウナムの力を得たばかりで、胸の奥にまだ説明できない熱を抱えていた。
「タウィリさん、そろそろ休んだ方がいいのでは……?」
不安げなアオの声。
「ふぉっふぉっふぉ、小僧ォ! もうへばったのか! タプナはもうすぐじゃ。あと少しの辛抱よ!」
わざと大げさに笑い、タウィリは杖を空へ放り投げる。くるりと回してキャッチ。
〈な、なんだそのポーズ!? マジシャンかよ……! でも、なんか妙にカッコいいんだよな〉
アオの胸に小さな火が灯った。
だが、その空気の中でタウィリの笑みがふっと消えた。
右目の古傷に触れ、低く呟く。
「……ちと寄り道をしたい」
「寄り道? どこに行くんっしょ?」
驚いたアオに、タウィリはわずかに目を伏せる。
「……戦友たちの墓じゃ。ユーライザ戦争で散った者たちの」
その声はいつもの豪快さを失い、重く沈んでいた。
やがて辿り着いた墓地。木漏れ日が差し込み、苔むした石碑が静かに眠っている。
タウィリは膝を折り、深く頭を垂れた。
「皆さん……ワシは忘れんぞ。あの日々も、おぬしらの声も、すべてを……」
その背中は大きく見えたのに、今は痛々しいほど小さく見えた。
彼はひとつの墓の前で立ち止まる。
そこに刻まれた名――タオンガ。甥の名だった。
「……タオンガ。すまん。ワシのせいで……守れんかった」
声がかすれ、頬を一筋の涙が伝う。
「闇の軍勢に囲まれ、絶体絶命じゃった。タオンガは勇敢に戦った。……だが魔獣の爪があやつを貫いた。ワシの腕の中で……笑って逝きおった。『ありがとう、タウィリ』と……ワシに言い残して……」
拳を握りしめ、地面に叩きつける。
「守れなかった! 無力じゃった! あの光景が、今も頭から離れん……!」
――ふと、タウィリの脳裏に甦る。
まだ幼かったタオンガが、自分の背に飛び乗って「おじさんは最強だ!」と笑っていた日。
初めて戦場に立つ前、震える声で「怖いけど、俺は必ずあなたと並んで戦う」と誓った日。
その日々が、血と炎に塗り潰されたあの夜と重なり、胸を締め付ける。
アオは唇を噛みしめた。
〈兄を失ったあの日と……同じだ。俺も、守れなかった……〉
タウィリの苦しみは、まるで自分自身の過去の痛みを写す鏡だった。
アロハは震える手でタウィリの背中に触れる。
「おじいやん……アロハはね、おじいやんが大好きだよ。世界で一番のおじいやんなんだから」
アオも力強く言葉を重ねる。
「タウィリさん、どうか自分を責めないでください! タオンガさんは、きっとあなたを誇りに思っています!」
二人の声に、タウィリの肩が震えた。
閉ざされていた心に、確かに光が差し込む。
「……そうじゃな。ワシは生き残った。ならば償わねばならん。戦争は憎しみを生んだ。だが、犠牲を無駄にせぬために――ワシらは歩むんじゃ。闇を退け、平和を築く。……それこそがタオンガたちへの唯一の贈り物じゃ!」
力強い言葉が森に響いた。
三人は祈りを捧げ、再び歩き出す。
タウィリの瞳にはまだ悲しみが宿っていた。だが、その奥には確かな光が燃えていた。
――その時だった。
風が止み、森の小鳥たちが一斉に鳴きやんだ。
湿った空気がじわりと肌にまとわりつき、木々の影が濃く沈む。
「……嫌な気配がする」
タウィリが立ち止まり、右目の古傷を押さえる。古傷が疼く時、それは死が近い証だった。
アオのオッドアイがかすかに輝き、何かを警告するように疼いた。
「アロハ……後ろに下がれ」
森の奥から、重苦しい悪意がじわりと滲み出す。
空気がねっとりと絡みつき、アオの喉は思わず息を呑む。
「何だ、この気配は……」
タウィリの低い声と同時に、一人の男が影から姿を現した。
深い皺と刻まれた傷、琥珀色に燃える瞳。野獣のような威圧感。
その名は――トゥマタ・ウェンガ。
かつて幾度も死線を交えた因縁の戦士だった。二人の目が交わった瞬間、森の音が消え、時間すら止まったかのように張り詰める。
「……タウィリ」
呼ぶ声には、血と憎しみが混ざっていた。
「トゥマタ……!」
老戦士の手が自然とタイアハを握りしめる。
トゥマタの口元が歪む。
「真実を教えてやろうか。あの日、お前たちの部族が俺の里を焼き、俺の目の前で父も母も血に沈んだんだ。……お前の姿を、俺は忘れていない!」
その声は、憎悪と幼子の悲鳴が混じったような響きだった。
「違う! あれは闇の軍勢から――」
「黙れ!! そして戦争で、お前は俺の妻まで奪った!」
空気が震える。
タウィリの心に、長く封じていた記憶の影が過る。〈……守ったつもりが、結果は……〉
アオは凍りつく。
〈タウィリさんは本当に……? 俺は誰を信じればいいんだ?〉
その瞬間、トゥマタが黒鉄の剣を天に掲げた。
稲光が森を引き裂き、木々が爆ぜる。
「お前を倒し、この憎しみで世界を塗り潰すまでは、俺は死なぬ!!」
対するタウィリの杖も、緑の閃光を放つ。
雷鳴と疾風が絡み合い、二人の老戦士は天へと舞い上がった。
空を裂く衝突。轟音が大地を揺らす。
アロハは息を呑み、アオは拳を握りしめる。
――これはただの戦いではない。
戦争の亡霊同士がぶつかる、避けられぬ運命の衝突だった。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
ぜひ『ブックマーク』を登録して、お読みいただけたら幸いです。
感想、レビューの高評価、いいね! など、あなたのフィードバックが私の励みになります。