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七色の大陸  作者: 108
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ep13:森を翔る老戦士

 アオとアロハ、そしてタウィリは森を進んでいた。


 朝の光が白樺の葉に揺れ、まるで生きているみたいに輝いている。アオはポウナムの力を得たばかりで、胸の奥にまだ説明できない熱を抱えていた。


 「タウィリさん、そろそろ休んだ方がいいのでは……?」


 不安げなアオの声。


 「ふぉっふぉっふぉ、小僧ォ! もうへばったのか! タプナはもうすぐじゃ。あと少しの辛抱よ!」


 わざと大げさに笑い、タウィリは杖を空へ放り投げる。くるりと回してキャッチ。


 〈な、なんだそのポーズ!? マジシャンかよ……! でも、なんか妙にカッコいいんだよな〉


 アオの胸に小さな火が灯った。


 だが、その空気の中でタウィリの笑みがふっと消えた。


 右目の古傷に触れ、低く呟く。


 「……ちと寄り道をしたい」


 「寄り道? どこに行くんっしょ?」


 驚いたアオに、タウィリはわずかに目を伏せる。


 「……戦友たちの墓じゃ。ユーライザ戦争で散った者たちの」


 その声はいつもの豪快さを失い、重く沈んでいた。


 やがて辿り着いた墓地。木漏れ日が差し込み、苔むした石碑が静かに眠っている。


 タウィリは膝を折り、深く頭を垂れた。


 「皆さん……ワシは忘れんぞ。あの日々も、おぬしらの声も、すべてを……」


 その背中は大きく見えたのに、今は痛々しいほど小さく見えた。


 彼はひとつの墓の前で立ち止まる。


 そこに刻まれた名――タオンガ。甥の名だった。


 「……タオンガ。すまん。ワシのせいで……守れんかった」


 声がかすれ、頬を一筋の涙が伝う。


 「闇の軍勢に囲まれ、絶体絶命じゃった。タオンガは勇敢に戦った。……だが魔獣の爪があやつを貫いた。ワシの腕の中で……笑って逝きおった。『ありがとう、タウィリ』と……ワシに言い残して……」


 拳を握りしめ、地面に叩きつける。


 「守れなかった! 無力じゃった! あの光景が、今も頭から離れん……!」


 ――ふと、タウィリの脳裏に甦る。


 まだ幼かったタオンガが、自分の背に飛び乗って「おじさんは最強だ!」と笑っていた日。


 初めて戦場に立つ前、震える声で「怖いけど、俺は必ずあなたと並んで戦う」と誓った日。


 その日々が、血と炎に塗り潰されたあの夜と重なり、胸を締め付ける。


 アオは唇を噛みしめた。


 〈兄を失ったあの日と……同じだ。俺も、守れなかった……〉


 タウィリの苦しみは、まるで自分自身の過去の痛みを写す鏡だった。


 アロハは震える手でタウィリの背中に触れる。


 「おじいやん……アロハはね、おじいやんが大好きだよ。世界で一番のおじいやんなんだから」


 アオも力強く言葉を重ねる。


 「タウィリさん、どうか自分を責めないでください! タオンガさんは、きっとあなたを誇りに思っています!」


 二人の声に、タウィリの肩が震えた。


 閉ざされていた心に、確かに光が差し込む。


 「……そうじゃな。ワシは生き残った。ならば償わねばならん。戦争は憎しみを生んだ。だが、犠牲を無駄にせぬために――ワシらは歩むんじゃ。闇を退け、平和を築く。……それこそがタオンガたちへの唯一の贈り物じゃ!」


 力強い言葉が森に響いた。


 三人は祈りを捧げ、再び歩き出す。


 タウィリの瞳にはまだ悲しみが宿っていた。だが、その奥には確かな光が燃えていた。


 ――その時だった。


 風が止み、森の小鳥たちが一斉に鳴きやんだ。


 湿った空気がじわりと肌にまとわりつき、木々の影が濃く沈む。


 「……嫌な気配がする」


 タウィリが立ち止まり、右目の古傷を押さえる。古傷が疼く時、それは死が近い証だった。


 アオのオッドアイがかすかに輝き、何かを警告するように疼いた。


 「アロハ……後ろに下がれ」


 森の奥から、重苦しい悪意がじわりと滲み出す。


 空気がねっとりと絡みつき、アオの喉は思わず息を呑む。


 「何だ、この気配は……」


 タウィリの低い声と同時に、一人の男が影から姿を現した。


 深い皺と刻まれた傷、琥珀色に燃える瞳。野獣のような威圧感。


 その名は――トゥマタ・ウェンガ。


 かつて幾度も死線を交えた因縁の戦士だった。二人の目が交わった瞬間、森の音が消え、時間すら止まったかのように張り詰める。


 「……タウィリ」


 呼ぶ声には、血と憎しみが混ざっていた。


 「トゥマタ……!」


 老戦士の手が自然とタイアハを握りしめる。


 トゥマタの口元が歪む。


 「真実を教えてやろうか。あの日、お前たちの部族が俺の里を焼き、俺の目の前で父も母も血に沈んだんだ。……お前の姿を、俺は忘れていない!」


 その声は、憎悪と幼子の悲鳴が混じったような響きだった。


 「違う! あれは闇の軍勢から――」


 「黙れ!! そして戦争で、お前は俺の妻まで奪った!」


 空気が震える。


 タウィリの心に、長く封じていた記憶の影が過る。〈……守ったつもりが、結果は……〉


 アオは凍りつく。


 〈タウィリさんは本当に……? 俺は誰を信じればいいんだ?〉


 その瞬間、トゥマタが黒鉄の剣を天に掲げた。


 稲光が森を引き裂き、木々が爆ぜる。


 「お前を倒し、この憎しみで世界を塗り潰すまでは、俺は死なぬ!!」


 対するタウィリの杖も、緑の閃光を放つ。


 雷鳴と疾風が絡み合い、二人の老戦士は天へと舞い上がった。


 空を裂く衝突。轟音が大地を揺らす。


 アロハは息を呑み、アオは拳を握りしめる。


 ――これはただの戦いではない。


 戦争の亡霊同士がぶつかる、避けられぬ運命の衝突だった。

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