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七色の大陸  作者: 108
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ep10:朝日と君の冒険

朝の光が、窓の隙間から静かに滑り込んできた。柔らかな黄金色の光は、カーテンを透かして部屋に拡散し、床に淡い模様を描く。眩しさが目蓋の裏で波のように広がり、アオは思わず顔をしかめた。


「日の光が、こんなに新鮮に眩しいなんて……アロハの起こし方、強烈だな」


 つい小さくつぶやきながら、彼は布団をずらし、体を起こす。隣で、アロハがくすくすと笑いながら肩を弾ませた。枕を軽く投げるようにして、朝の静寂に小さな音を混ぜる。


「アオくんってね、うちのお兄ちゃんに雰囲気が似てるんだよ?」


 アロハの声は、からかい混じりだが、どこか誇らしげで嬉しそうだ。その瞳の輝きは、無邪気さだけでなく、本気の喜びをも含んでいる。アオの胸に、熱がじわじわと上がっていく。心臓は早鐘のように打ち、言葉がどう聞こえるかより、今この瞬間、目の前の存在が自分の心を揺さぶる事実の重さが、ずしりと響いた。


〈あ……呼び捨てにしちゃった。でも彼女は笑ってる〉


 そう思った瞬間、言い訳を作る間もなく、アロハはじっとアオを見つめ、そしてゆっくりとほほえんだ。


「それでいいよ。アロハって呼んでくれたら、私も嬉しいから」


 その軽やかな言葉に、アオは胸の奥がじんわり温まるのを感じる。背筋をすっと伸ばし、思わず得意げに口元を緩ませる。だがその瞬間、手首に巻かれた透明なリストバンドが淡い光を放ち、柔らかい合成音が部屋の空気を切った。


「おはようございます、マスター。今日も頑張りましょう。現在、Wi-Fi未接続です」


 機械的な声に、アロハの目がきらりと瞬く。二人は思わず顔を見合わせ、笑いが零れた。音の正体はすぐに理解できないが、どこか愛らしい感覚を伴って、朝の空気に新たなリズムを生み出す。


「これ、何?」


 アロハが手を伸ばすと、リストバンドはぷにぷにとした弾力で、まるで小さなマシュマロの輪っかのように弾んだ。アオは手渡しながら、つい説明を重ねる。


「マシュマロってね、柔らかくて甘くて、口の中でとろけるんだ。食感も柔らかくて、ふわっとするんだよ。今度、一緒に食べよう」


 アロハの目がキラキラと輝く。無邪気な反応に、アオの心は自然とほっと温かくなる。彼女の笑顔は、太陽の光が水面に反射してきらめく瞬間のように、純粋で鮮やかだ。


 無意識のうちに距離が縮む。アロハの髪から漂う野原の香りに、アオはふわりと吸い寄せられる。息遣いが重なり、手が触れる。指先の震えは止まらず、世界が音を失ったように静まり返った。周囲の景色は霞み、ただ二人だけの時間が流れる。


「アオくん……」


 アロハの声はいつもよりずっと柔らかく、耳に触れるたび胸の奥にじんわり響く。顔が近づき、頬にかかる吐息は春の風のように温かかった。


 視界いっぱいに彼女の唇が映った時、アオは瞳を閉じた。胸に押し寄せる熱と鼓動の波に身を任せ、これまでの道のりが一列に流れる。覚悟にも似た期待が胸を押し開き、――次の瞬間、唇が触れても逃げはしない、そう心に決めた。


 脳裏に、子供の頃の無邪気な笑顔、成長の苦悩、そして冒険の数々がフラッシュバックのように蘇る。それらがアオの心を震わせ、未知のステージへと背中を押す。


〈さあ、これからが本当の冒険だ〉


 アオは心の中でそっと囁く。未知の世界、アロハとの初めての距離感、そして甘く切ない初体験への期待。それらが混ざり合い、胸は高鳴り続ける。


 その瞬間、アオは自然と唇に微笑みを浮かべる。まるで勇者が決戦前に剣を握るように、心は冒険の扉の前で熱く震えていた。二人の呼吸、心臓の音、目に映る光景すべてが、これから始まる新たな物語への序章となった。



「おーい、小僧ォや。ワシらは今から魔獣に会いに行くんじゃから、早う準備せんかい!」


 タウィリの声は雷鳴のような力強さで、部屋中の空気を震わせた。壁に掛かった鎧や武器の影までが、彼の声に揺れるように見えた。声の響きだけでなく、床の板や天井の梁までが振動しているかのようだ。


「今すぐアロハから離れんかい。ワシの忍耐にも限度があるんじゃ。一線を越えたら、貴様ァ、この世界で生きていけんようになるぞ!」


 怒りに満ちたその声は、まるで嵐の海を割る一筋の雷のように鋭く、アオの背筋を凍らせた。タウィリの顔は怒りで青筋が浮かび、眉は険しく、口元は噛み締められていた。


 その瞳は嵐のように荒れ狂う海を思わせ、アオを睨む視線は、矢を放つ弓矢のように刺さる。アオの体は思わず震え、目は大きく見開かれた。


「す、すみません、タウィリさん…俺はただアロハさんと話していただけで、何も悪いことは…」


 アオの声は小さく、しかし心からの謝罪がこもっていた。


 一方でアロハは温かな笑顔を浮かべ、アオを安心させるように手を差し伸べた。


「大丈夫だよ、アオくん。君が何をしたわけでもないこと、わかってるから…」


 その言葉に、アオの碧色と天色の瞳は、言葉にできない感謝と安堵でうるみ、胸が熱くなる。アオは、アロハの優しさに心が救われた気がした。


「アロハ」


 自然と、心からの感謝を込めて彼は彼女の名を呼ぶ。アロハは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「アオくんは、本当に優しいね」


 アロハはそう言ってアオの手をそっと握った。その温もりに触れ、アオはこれまで感じたことのない安らぎを覚えた。


「おじいやんもアオくんにもっと優しくして。アロハたちは皆、同じ目的を持っています!」


 アロハの言葉は場の緊張を和らげ、部屋の空気は一瞬で柔らかくなった。


 タウィリは顎髭を指先で梳かしながら、深い思索にふける。灰色の瞳は、過去の記憶と未来の行く末を同時に見つめているかのようで、その姿は荒々しさと威厳を兼ね備えていた。しかし、時折見せる孫娘への優しい笑みや、ちょっとしたお茶目な仕草が垣間見える。そのギャップが、タウィリのユニークさでもあった。


「そうれはそうと、魔獣に会いに行くって本当に本当!」


 アロハの翠瞳は期待と興奮で輝き、声も自然と高まる。


 タウィリは孫娘を見つめ、柔らかな微笑を浮かべながらも、声は再び鋭く力強い。


「確かにそうじゃな。ワシらはマジュウに会いに行くんじゃ。だから、小僧ォよ、準備をせんかい!」


 その声には運命に立ち向かう決意が込められ、アオの胸に熱が走った。


 うつむき震えるアオを見て、タウィリは雷鳴のような声で叱り飛ばす。


「ほれ、小僧ォよ、顔を上げんか。恐れるでないぞい! このタウィリがついておるんじゃ。一緒におれば、どんな壁だって壊せるわい!」


 荒々しい言葉の奥にあるのは、タウィリなりの深い愛情。アオに自信を持たせ、勇気を与えようとする心遣いだ。


 その背後でアロハは優しく微笑み、アオを励ます。


「大丈夫だよ、アオくん。怖がらないで。アロハがついてるから。何でも話してね。アロハたちはいつでもアオくんの味方だから!」


 春の陽光のように温かい言葉は、アオの心を満たし、タウィリの心にも静かな安心を届けた。


 部屋の中に再び静寂が訪れる。しかし、その静寂は以前とは異なる。緊張と期待が混ざり合い、これから始まる冒険の前触れのように感じられた。


 アオは手首のリストバンドに視線を落とした。


「おはようございます、マスター。今日も一日、良い日にしましょう。ただし、Wi-Fiに接続できない状態です」


 あの声は、このリストバンドから発せられたのかもしれない。アオは慎重に手首を眺め、文字の浮かび上がりを追った。文字はやがて消え、視界に残るのは微かな光だけ。


 その文字が、この世界の言葉ではないことに気づく。アオの目に映るのは、かつての地球で見た文字だった。


リストバンドに刻まれた文字が、淡く光を帯びて浮かび上がった。


「パーソナルアシスタントAI搭載型ウェアラブルデバイス『ナビ』」


 アオは息を呑む。文字そのものは意味が理解できなくとも、どこか懐かしさを感じる不思議な感覚。手首の装置は、まるで2038年の最新マルチスマートデバイスをそのまま持ってきたかのような形状で、触れるたびに冷たくも柔らかい質感が指先に伝わる。


〈なんだ…これは…? でも…どこか知ってる気がする…〉


 アオは首をかしげ、記憶の奥を探ろうとしたが、頭の中は霧のように白く霞んでいた。自分が2038年の地球で生きていたこと、母親が何かを研究していたこと――すべては手元のこのリストバンドに結びつくはずなのに、思い出せない。


 しかし、リストバンドから淡く音声が流れると、アオの心は自然と落ち着いた。


「マスター、覚えていてくれて嬉しいです。私は、マスターのサポートをするためにここにいます。この世界での冒険を、全力でサポートさせていただきます」


 優しく柔らかな声。機械的だが、人の温もりを感じさせる響き。アオは驚き、思わず手首に視線を落としたまま小さく息を吐く。


〈一人じゃない――〉


 知らない世界で、何も覚えていない自分を、そっと包み込む安心感。アオは小さく頷き、リストバンドを軽く握り締めた。


「ナビ…君だったのか」


 声に、自分でも驚くほどの安堵と懐かしさが混じる。記憶は失われても、母親がかつて作ったであろうこのAIが、自分の冒険を助けてくれる――その事実だけで、心の底から温かさが込み上げてくる。


 アオは窓の外に目を向ける。陽光が揺れる木漏れ日を受け、ジーランディアの広大な大地が輝く。手首の小さなデバイスが、彼に「もう一人じゃない」と静かに語りかけるたび、世界は少しずつ優しく感じられた。


 未知の冒険。危険に満ちた未来。だが今、アオは確かに知った――自分には頼れる存在がいるのだと。


 ゆっくりと深呼吸をすると、胸の奥で、これから訪れるであろう奇跡と挑戦への期待が膨らんだ。


〈よし、行こう。ナビと一緒なら、どんな世界でもきっと乗り越えられる〉


 アオの手元で、ナビの小さな光が淡く点滅した。それはまるで、心の中の希望をそっと照らす灯火のようだった。

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