魔族である私の使命は敵である勇者の恋人になることらしいです。
よろしくお願いいたします。
ーー君と出会えて良かった。
ー・ー・ー
花畑の中央で横になり足をブラブラさせながら、目当ての人が来るのを待つ。
「リーファ、今日も師匠には勝てなかったよ」
待ちに待った愛しい声が聞こえてきた。
悔しげな顔をしながら、私に声をかけてくれたのは今年十四歳になるゼロだ。十四歳にしては鍛えているだけあり、身体つきもしっかりしていて大人の体格をしている。
顔立ちも麗しく幼い頃の彼を知っている私ですら、たまにドキッとさせるほどに美形だ。
「まだまだ伸びしろがあるってことだよ!ほら一緒にお弁当食べよう」
ゼロは、幼い頃から剣や魔法の修行を行っており、今日も朝から精を出していたようだった。
私はゼロのために作ったお弁当を目の前に出し、原っぱに座りながらゼロに手招きをした。
「ありがとう。でも悔しいな、まだまだ師匠にも追いつけないし、魔法も全然取得できないし」
「そんなに焦ることないじゃない?ゼロだって充分すごいと思うよ」
「でも、俺は皆んなが憧れるあのブラストみたいな勇者に早くなりたいんだ。村の皆んなもすごく期待してくれてるし」
力強く手を握りしめながら答えたゼロを見てると、心がどうしようもなく苦しくなる。
ーーきっと村の皆んなの期待は、ゼロの想像している期待とは全くの別物であるから…。
「そっか、私も応援してるよゼロ。でも怪我とかには気をつけてね」
極力暗い顔はせずに私はゼロに声をかけた。うんと頷くゼロは美味しそうにお弁当を食べている。
頬いっぱいにご飯を含んでいるゼロを見ていると、先程まで感じていた暗い嫌な気持ちは消え、代わりに少しイタズラしてみたくなった。
「えい!」
「ちょっと!口からご飯出ちゃうよ」
ゼロの大きくなったほっぺを指でつんと押したら怒られてしまった。だって押したくなっちゃったんだから仕方ないじゃない。
「もうやっちゃったダメだよ!」
「え〜、だってゼロがリスみたいに頬張ってるから可愛くてつい…」
「そんなこと言ったってダメだよ!」
「ふふ」
「あ〜笑ったな!リーファはいつも子供扱いする」
拗ねたような顔をしながら、お弁当をかき込むように食べるゼロを見てるとすごく幸せな気持ちになる。こんな日常がこのままずっと続けばいいのに…。
そんな、たわいない話をしつつ、普段通り仲良くご飯を食べた後、魔法の修行に行ったゼロを見送った。
ゼロのことは幼い頃から知っている。最初は姉のように振る舞い、いつしか友人、そして今は恋人のような関係になった。
私自身、ゼロと一緒にいると安心するし幸せな気持ちになる。この気持ちは本物だし何者にも変えられない気持ちだ。
ただ、私には彼に話していない秘密がある。
この秘密だけは絶対に彼には伝えられない…。
ー・ー・ー
私は、魔族としてこの世界に生まれた。幼い頃は悠々自適に暮らしていたと思う。父も母も魔族にしては、温厚な人柄で優しく何不自由なく育ててくれた。
私は、魔法の才能があったらしく父が喜んで沢山の魔法書を買ってくれて、色々な種類の魔法を勉強した。
ありがたいことに友人にも恵まれて、切磋琢磨しながら魔法の練習に明け暮れる毎日だった。
そして私が10歳の頃、忘れもしないあの日がやってきた。
当時、魔族の王様、大魔王ガンダール様が大規模な戦争を人間達へ仕掛けたのだ。私の父はガンダール様の側近の1人であり、この戦争に反対をしていた。
だか、そのことに怒りを示したガンダール様は父を牢獄に幽閉させた。家族である母と私は牢獄に幽閉はされなかったが、全ての財産を没収され途方に明け暮れることになった。
なんとか、日々磨いてきた魔法で食い扶持を繋ぎながら生活をしていた私たち家族であったが、戦争反対派である父やその仲間たちを粛清したこともあり、ついに人間と魔族の戦いが始まってしまった。
これは後から聞いた話なのだけれど、最初は魔族側が優勢だったらしい。人間の生活区域へ攻め上り領土を拡大、仕舞いには、滅ぼした国もあったとのこと。
ところが、人間側に現れた1人の人物によって、今までの情勢が全て覆ることになった。そう、その人物が私の恩人でありゼロの憧れである勇者ブラストさん。
彼は、人間でありながら魔族を凌駕するほどの剣や魔法の使い手だった。しかもそれだけでなく、人間や魔族を平等に考え、優しい人間だった。
その頃の私は、明日を考える余裕もなく一日一日を懸命に生きていた。ただ毎日路頭に彷徨う日々の中、母は父の友人でもあったリンガルという魔族に助けを求めた。
だが、そのリンガルという魔族は非道な男であり母を騙し日々稼いでいだなけなしの財産を奪いとってしまった。母はその時に必死に抵抗をしたが殺されてしまった。
私は涙を流しながら、必死に声を抑え逃げ出し難を逃れた。
そして、悲しみと追われる恐怖に襲われながら、まだ幼かった私は、戦争により焼け野原になっていた廃墟の街に一人で佇んでいた。
世の中に絶望し、死んでしまいたい…、そう思っていた中、たまたま近くで戦闘を行っていたブラストさんが私を見つけてくれた。
「どうした嬢ちゃん。親御さんはどうしたんだい?」
優しく声をかけ、手を差し伸べてくれた姿は今でも覚えている。
「お母さんは死んじゃった…。お父さんも悪いこと言ったからって牢屋に入れられちゃったの」
「そうか…それは寂しかったな。よくここまで一人で生き延びたよ。えらいよ嬢ちゃんは。お腹空いてるだろ、これでも食べなさい」
ブラストさんはとても優しい目をしながら、私の頭を大きな手で撫でてくれた後に、鞄から出してくれた林檎をくれた。
私の頭には魔族の証である角が穿えている。
一目見て、私が魔族だとわかっていたのにブラストさんはそんなこと何も関係ないと言わんばかりにとても優しかった。
ー・ー・ー
それからというもの、身寄りのいなかった私はブラストさんの旅のお供をさせてもらった。
人間に化ける魔法を学び、時には人間として人間の世界へ、時には魔界の方へとどこまでも着いて行った。
旅をしている中で、ブラストさんは『勇者』と呼ばれる存在ということがわかった。
人間たちはブラストさんを英雄のように崇めていて、魔族たちは親の仇のような憎しみの目で見ていた。
旅をして世界の色々なところを見て回っていたある日、今でも忘れることができない言葉を言われた。
「リーファ、君をこれから先の旅に連れて行くとこはできない」
「どうして…!?」
「これから先は今まで以上に過酷な戦いになる。君を守れるかわからない」
「守ってもらわなくたっていい!私、色んな魔法を使えるしそこらの人よりも強いよ!」
私は必死にブラストさんに訴えた。もう大切な人と離れ離れにはなりたくなかったから…。
それでも…。
「リーファ、君は魔法を使って人間として平和な世界で生きていける。今まで本当によく頑張ったな。これからは自分を第一に考えて幸せに暮らしなさい」
「なんでそんなこと言うの…!私はブラストさんと一緒にいることが幸せなの…!」
当時の私は、溢れる涙を止めることができなかった。久しく感じていなかった悲しみと絶望が私を襲っていた。
「俺は、リーファが無事に生きてくれることが一番嬉しいんだ。君を実の娘のように思ってた」
そう話すブラストは、出会った頃と同じように、大きな手を優しく私の頭の上に置いて撫でてくれた。
「ひ…く、ブラ、ス、トさん… 」
「よしよし、泣くな泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」
頭を撫でてくれながら抱きしめてくれた温もりは、今まで忘れたことはない。
ー・ー・ー
ブラストさんと別れしばらく経った後、人間に化けて生活していた私は、風の噂で勇者が大魔王と戦い相打ちになったとの話を耳にした。
その話を聞いた時は、数日ご飯も喉を通らずに放心状態になったのを覚えている。今でも思い出すたびに涙が溢れそうだ。
その後、数十年の月日が経った。私たち魔族の寿命は数千年あると言われており、ブラストさんの居ない数十年の月日はあっという間に過ぎていった。
一緒に過ごしてた日々は、とても長く感じたのに…。
そんなある日、私の目の前に魔族の集団が現れた。
「貴様があの忌々しい勇者ブラストと共に旅をしていたという魔族だな」
「一体何のことかしら。人違いではなくて」
「とぼけるのはよせ。ブラストと一緒にいたお前の魔力は感知している」
「っつ…」
私はすぐさまスピードを上げる補助魔法をかけ、後ろを振り返り駆け出そうとしたが、それよりも早く動いた魔族に取り押さえられてしまった。
「素晴らしい。魔族では珍しい補助魔法を使えるとは、何より素晴らしいのは人間並みの魔力に抑えているその魔力のコントロール」
集団の真ん中にいた大きな角を生やし、真紅のマントを羽織っていた男が手を叩きながら話しかけてきた。
「どうだ、私の娘にならないか、私は優秀な魔族を集めている」
「なんであんたなんかの娘なんかにならないといけないのよ…!」
「断ってもいいのか?お前の父親は前代の魔王ガンダール様により幽閉されているのだろう」
「なんでそれを…!?」
「はっはっはっ、リンガルという名前は知ってるか?今の魔王である余の名だ。魔王たる者、他の魔族のことは把握しているに決まっておる」
「新しい魔王…」
ブラストさんが命をかけて倒したというのにもうすでに新しい魔王は誕生したのね…。
「で、どうする?私の娘になればお前の父親に会わせてやらないこともないぞ?」
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべているリンガルを見ていると、悔しさが溢れてくる。
だけど幼い頃に生き別れたお父さんには会いたい…。
そう思った私はその問いを承諾した。その後は、養子になる契約魔法を行い、苦渋の決断で私はリンガルの娘となった。魔族の王であるリンガルの娘となり、奇しくも私は憧れであった令嬢になったのであった。
ー・ー・ー
「騙したのね!リンガル!」
涙を堪えながら怒りに顔を真っ赤に染めた私は、大声をあげ目の前の人物に詰め寄った。
近くの地面には、腐敗し骨となったものが転がっていた。
「騙してなどいない。私は会わせてやると言ったんだ」
高笑いをしながら、リンガルは横に控えていた一人の人物を招いた。
「私の息子であるリバルトだ。リーファ、貴様は契約により私の娘となった。これからはリバルトと切磋琢磨しながら魔族の栄光を築け」
招かれた赤黒髪の男はリバルトという。見た目は切れ長の目に長髪の美しい髪を靡かせており、誰が見ても美形という顔をしているが、その冷徹な目が私は酷く薄気味悪く感じた。
それからというもの、私は日夜魔法の修行に明け暮れる日々を送った。
時には、敵対魔族を滅ぼしに行かされたり、人間との戦争に駆り出されたこともあった。
ーーその時の人間たちとの争いほど辛い戦いはなかった...。
「また人間たちを自らの手で始末しなかったのか。甘いやつめ」
リバルトは前大魔王であるガンダールを崇高している。そのため、ガンダールを倒したと言われてるブラストさんと一緒に行動していた私を目の敵のように憎んでいた。
会うたびに嫌味の罵声を浴びせてくる。
「私がトドメを刺さなくても、私の部下が始末したでしょ。結果的には何も変わらないわ」
私の心にズキズキと痛みが走るが、それを無視して答える。自分の心の訴えを無視し、私は人形のように与えられた命令をこなしていった。
「リーファ、お前にしか頼めないことがある」
どれくらいの月日が経ったかもわからないほど年月が経った頃、リンガルに代わって新しい魔王に君臨した兄のリバルトが久方ぶりに声をかけてきた。
「なんですか」
感情が載ってない声で答える。
「あの有名な占い師であるユーバが近々ブラストの生まれ変わりが現れると予言した。その生まれ変わりである赤子の育てをしてほしい」
「...なんで私が」
「もうすでに目ぼしい子供は攫っている。癪だがお前は魔法の才能があり若い女魔族だ。お前は子供を育てる村の一員として生活し、もし本当に勇者になったら恋人として懐柔しろ」
とうに失っていた心の感情に久方ぶりの動揺が生まれる。ブラストさんの生まれ変わりがいる。しかもその子を育てて偽の恋人になる。
ブラストさんの生まれ変わりの子を育てられるのは素直に嬉しい。だけどその子をずっとだますことになってしまう。
「山脈に囲まれ深い森の中に村を作る。村のやつらは魔族の精鋭で固め、本当に勇者となるのか育成をしながら育てる。そして勇者だった場合は......殺す」
ー・ー・ー
「のどかだね、ずっとこんな日々が続いたらいいな...」
「どうしたのリーファ、急に」
頭にはてなの文字が出てきそうな顔をしているゼロを見ていると、愛しさから抱きしめたい衝動に駆られる。
その衝動は我慢しつつ、代わりに手を繋ぐ。
「ゼロは幼い頃から剣や魔法の訓練をしてるけど辛いとか思わないの?」
「辛いとかは思わないかな、最近どんどん自分が強くなってくることが実感できるんだよね。なんか身体の使い方がわかってきたっていうか」
ゼロが訓練に苦手意識を持っていたら、なんて一縷の望みを持ちながら投げかけた質問は嬉しそうに答えたゼロを見て逆効果だったと思った。
「すごいね、ゼロ。着々と成長してる」
複雑な気持ちを胸に抱きながら答える私は、自然と顔を下に向けてしまった。そんな私を覗き込むように見たゼロは私の顎に手を重ね上に持ち上げた。
自然と彼と目線が合う。
「大丈夫だよ。俺が皆から認められて村の外に出る時もリーファはずっと一緒だ」
私に安心させるようにそう言うと、そっと唇を重ねた。頬に口づけをされたことはあるが、唇への初めての柔らかい感触に気が遠くなるのを感じた。
はにかむように笑う彼の顔を見て急激に顔が赤くなる。
ゼロはきっと成長して村を出るときに私が置いてけぼりにされることを悲しんでいたように見えたんだと思う。私が顔を下に向けた理由は少し違うけど、彼の取った行動に優しさと男らしさを感じ、恥ずかしさと嬉しさで心が満たされる。
いつか勇者に目覚めてしまったら、そうならないことを切に願いながら私は決意する。
この先、どんな未来が待っていようと君を守るよ。
ブラストさんの生まれ変わりだからじゃない。
ーー君と過ごした日々は、人形のようだった私に生きる灯をくれたから。
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