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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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祭り囃子は夢の中

 どおおおおおおおおおん!

 

 当たり前だが、手榴弾なんて初めて使った。民間で使う機会など皆無だから、アイツが何処から持ってきたのかなんてのは大方想像がつく。可能かどうかなんて考えるな、やろうと思ったら必ずやるのがあの探偵だ。

「…………千夜さん。大丈夫ですか?」

 手榴弾の破壊規模だって曖昧なまま投げつけた。破片が飛んでくると思って彼女を庇ったがその破片すら飛んでこなかった。振り返ると、どうも崩れた床の隙間に手榴弾が入り込み、床下で爆破したようだ。それで床自体は吹き飛ばされたが、俺達は部屋の隅に逃げていたお陰で被害を免れたらしい。肝心の彼女だが、気を失っており返事が出来るような状態にはなかった。ただ脈に変化はないし、そもそも呼吸だってしている。命に別条がないならそれでいい。


 ―――脱出するか。


  古めかしい慣習に囚われた村は得てして近代兵器への耐性がない。こんな木造建築、手榴弾一個で簡単に壊れてしまう。千夜さんを抱え上げて床下に開いた大きな穴に飛び込むと、やはり壁が一部壊れている。結果的に怪我を追わなかったので規模が分からなかったが、穴の大きさから中々どうして素晴らしい破壊力だったのは察せる。


「なんだなんだ!?」

「何が起きたの!?」


 脱出は出来ても爆発音は人を呼ぶ。それが大事な神様の御神体がある場所なら猶更……それに近くに俺の末路を見届ける女性も居たから、気づかれずに行動するというのは難しい話だ。

「どけ!」

「きゃあっ!」

 だがどれだけ早く気づかれようと先に動き出すのは俺だ。神社の後ろから千夜さんを抱えて滑るように下へ降りると、祭事を遠巻きに眺めていた住人と遭遇し反射的に突き飛ばす。


「逃げたぞ!」

「それより『おまつり様』が!」


 選ばれし贄の脱走なんて想定外に誰もが戸惑っている。それが甘いと言っている。たとえ過去に一回も起きなかったのだとしてもこれから起きない保証などないのだからせめて可能性を考慮したマニュアルは用意するべきだった。困惑している今がチャンス。一先ず山の中に逃げ込むしかない。村の全体人数を考えた時に完璧に逃げるのは不可能だから、明衣の方の儀式に男手が割かれている間に身を潜めて……出来ればこの村の入り口まで行きたい。

 問題は土地勘がない事だ。山の中にある村なら当然獣道を進めば誰の目に留まる事もなく入り口まで戻れる。それを可能にするにはまず、千夜さんが目覚めてくれる事が重要だ。だから彼女が目覚めるまで守らないといけない。

 明衣については、今は考えない方がいいだろう。

 アイツは助けに行かなくても勝手に助かる。アイツを殺すのは俺だ、俺以外には絶対殺す事なんて出来ない。心配する事なんて、何も。

「…………」

 追手が集まる前に何とか山に入れた。意識を失った女性一人抱きかかえながら走るのは相当堪えるが、何、これくらいで息切れするようなら助手なんて務まらない。ただ今は、極限状況で決断を差し迫られるような刹那の攻防だった。普段よりも息遣いが下手で、スタミナ管理もなっていない。俺は俺なりに慌てている。

「はぁ…………はぁ」

 故郷で頻繁に森の中に立ち入っては当てもなく走り回っていた時代が懐かしい。あの時は疲れなんて知らなかったのに。

「…………」

 追手の音は近くに聞こえない。耳を澄まして聞こえるのは風が木々の隙間を通り抜ける音と、羽虫の飛ぶ音。それと何処かに居る動物が、草木を掻き分ける音だけ。地面の上に千夜さんを降ろして、まずは一息。

「身体を乗っ取れるもんなら乗っ取ってみやがれよ神様。俺はこの人を奪わせない。アンタなんかに純潔も渡さない。仮面夫婦の時間はもう終わりだ」

 逃げてきた方向に中指を立てる。仮初めの結びつき、その一角を俺は破壊した。毎年捧げられていた生贄を今年だけは納められないばかりか己の像すら壊された気分はどうだ。これで因習も終わり、例年通りで生きてきたこの村は来年以降どうするつもりなのだろう。


 ―――今更俺達を連れ戻したとして、挽回出来るかな。


 要は依り代になる男とその男に貪られる女さえ用意すれば儀式は続行出来る。だがそれをこの村はしないだろう。村という排他的なコミュニティの結束力は外部の犠牲ありきの物だ。村の中での犠牲を良しとしないからこその………千夜さんのように女性だけはこの村で犠牲となっている事を踏まえると、女性だけは用意し直されるかもしれない。だが男性は?

 それに用意されていた女性は元々千夜さんだったので、今更別の人間を用意しようとしてその女性が従うかどうかも疑問だ。千夜さんが犠牲になると思われていたからわざわざ近くで俺達を見届けに集まったのだろうし。

「…………ここで待っていて下さいね。俺は明衣の様子を見に行きます」

 言い方は悪いが、意識を失った人間は足手まといだ。置いていった方が何かと動きやすい。何の目印もないから次に探し出すのは時間がかかりそうだが、そこは問題ない。通ってきた道に目印をつければいい。

 ついでに近くの枝を拾って柔らかい土にメッセージを書き残しておく。『ここからうごくな』。漢字を書く手間を省いて極力単純に。寝転がった姿勢から地面の文字を直ぐに発見するのは難しいと思ったので、これも近くの枝で矢印を作って視線誘導を仕掛けておく。



「……行こう。アイツは、俺が殺さないといけないんだ」





















「な、何なのだ……何なのだお前は!」

「何と言われても、私は探偵だよ。何処にでもいる普通の探偵。ただ謎を暴きたくて仕方ない、後はちょっと髪が白いだけ」

 

「明衣っ!」

 

 もう一つの会場では、既に祭事の代償が支払われていた。多くの男達が心を喪ったように殺し合い、暴れている。明衣の事など眼中になく、ただ近くにある物で殴り、蹴り、殺す。夜帳の当主だけが何故か正気を保っているが、それも正気を保っているだけだ。事態の収拾の為に現れたはいいものの……手遅れだったというところか。

 白無垢姿で佇む明衣の前で尻もちをついている。腹から流れた出血量から、もう長くはない。

「あ、乃絃君っ。怖かった~!」

 明衣はわざわざ声を高くしながら歩きにくそうに俺の方まで歩いてくる。白無垢姿を着させられたのかもしれないが、元々こいつは白髪なので似合うとか似合わないの前に、印象が変わった感じはしない。

「……こっちは代償が早いんだな」

「そっちは何もなかったんだ?」

「千夜さんが乗っ取られたくらいだけど、お前がトンネルで渡してきた手榴弾で像を破壊したら解放されたよ。あの人は……隠してある」

「何故……何故…………お前達は、何故呪われない……!」

「だって私達、外の人間だもん。毎度の儀式でこの村を維持する側が報いを受けるのは当たり前だよね。甘い蜜を吸ってたのは誰? 年々人が居なくなり犠牲を払えなくなる筈の幸福が、外から人を呼び込む裏技で解決されてただけ。でも残念。ずるいことする人間はいつか痛い目見るんだよ」

 明衣は俺の方を向くと、簡潔に一言。

「千夜ちゃんも影響を受けるから、乃絃は早く入り口まで戻って」

「お前はどうする?」

「後始末しないと。部外者でもほら、巻き込まれたら嫌じゃん」

「……分かった」

 踵を返し、来た道を戻る。振り返らずに、今だけは彼女の行動の全てに目を瞑って。仮面夫婦を繋いでいた村は崩壊の一途を辿り、それはもう覆る事がない。あちこちに火の手が上がっているのは気振れた男達が火をつけて回っているからだ。奴らは最後に、己に火をつけてから正気に戻り、助かる為に池に身を投じる。そして二度と浮かび上がってこない。

 

「いやあ! いやあああああああ!」


 生贄に選ばれる事もなく、かといって明衣の凌辱に参加する筈のない女性達だけは狂気に侵されていないが、ここに来るまでに俺に対して攻撃を仕掛けてこなかったように、彼女達にはその余裕がない。子供にも、或いは自分の父親にも。男性である限りは代償を受けて正気を失っている。自分達が生き残るので精一杯なのだ。

「うああああおおあおああああああああ!」

「おっと」

 あちこちから血を流した子供の大群が俺を見つけるや否や飛び掛かってきた。彼らは明衣と遊んでいた子供達だ。しかし例外なく、たとえこの祭事には参加していなかったのだとしても影響を受ける。それがこの村に生まれた事の代償だ。


 ―――生まれた事に罪はないけどな。


 しかし、生まれた場所に罪があった。

 彼らを振り切らないと千夜さんが危ないだろう。命がけの鬼ごっこ、鬼は複数、待ったなし。条件は違うが子供の頃を思い出した。

「…………俺を、捕まえられるかな」

 命のかかるこの状況で謎の高揚を抑えながら俺は燃え盛る家屋の中に逃げ込んだ。普段なら悪手かもしれないが、こうなった人間に限界なんてない。どうせ手遅れな状態なら…………せめて俺も、明衣と同じ罪業を背負ってみようか。

 燃え盛る家屋を走り抜け、俺自身にも火が点かない内に開いた窓に飛び込んで脱出。近くに転がっていた石を窓の方に投げつけると、子供達の顔に直撃。戦闘の子供が止まった事で後ろに居た子供達もまとめて窓の手前で崩れ落ちる。

 同時に、耐えきれなくなった屋根が焼け落ちて家屋に降り注いだ。

「…………」

 どうせ死んだ。俺の手があってもなくても子供達に未来などなかった。それでもあえて、俺が手を下す。死んで当然の探偵の、その助手だ。俺だけがまっさらなまま生きていて明衣を殺せるとは到底思えない。

 だから間接的にでも手を汚そう。自分は幸せになってはいけない存在なんだと思い出す為に。 

 

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