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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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聖域と死して尚

 それからも千夜さんを攻撃する事はなく、穏やかな日々を過ごせたように思う。自分でも驚くほど気性は穏やかで、祭りの日が近づくにつれて一人ずつ夜帳家の誰かが死んでいく怪現象を除けば至って平和だった。


 ―――物騒ではあるけどな。


 それが何らかの怪異の影響か、それとも明衣が殺して回っているかは分からないが、いずれにせよ日増しに村の雰囲気はおかしくなっている。暗い雰囲気になるならまだしも、祭りにより一層気合いを入れるような空気はどうなのだろう。

 村に来て三日目。来た日を初日とするなら数えて四日目。折り返しだ。明衣が傍に居ないだけでこんなに開放された気分になるとは夢にも思わなかった。しかも、千夜さんが同衾してくれると攻撃もしないし、悪い夢もそうそう見ない(見たとしても覚えていない)。生活の不便さを差し引いてもここは天国のようだった。

「彩霧様、最近姿を見せませんね」

「陛太が頻繁に撒かれてる姿を目撃しますよね。これに懲りたらアイツを好きになるなんて寝言はやめて早い所割り切って世話をした方がいいですよ。明衣は隠し事にしか興味がない。地下一万メートルに閉じ込められても振り向いてくれませんよ」

「郷矢様はよく理解していらっしゃいますよね。それも長い付き合いの為せる感覚なのでしょうか」

「その通りです。個人的にはそこまで入れ込んでるならもっと徹底的に粘着して俺に構う暇がないくらい話してもらっても結構ですけどね。俺は俺で、千夜さんと話してる方が遥かに楽しいので」

「まあまあ……千夜にはもったいないお言葉でございます。私も郷矢様と過ごす時間が増えて嬉しゅうございますが……祭りが終われば帰ってしまわれるのですよね。今からそれが、憂鬱でございます」

 この村は閉塞的だ。陛太に連れてこられるまでは存在を認知すらしていなかった。無事に帰るような事があれば俺達は二度と会わない……いや、会えないと言った方が正しいか。毎年陛太に連れてきてもらえば話は別だが、そんな暇はない。明衣から目を離すとどうなるか、一番想像しなくてはいけないのが俺という助手だ。この村の全容を解き明かした日には興味なんてなくなるだろうし、そうなれば会う理由もなくなる。

「今はこの時間を楽しむべきですよ千夜さん。俺も寂しくないと言ったら嘘になりますけど、元々違う世界の人間です。いつかそんな日は来ますよ。仮に、祭りなんかなかったとしてもね」

「……外の世界に私も生まれていたら、郷矢様と親しいお友達になれたでしょうか。そのような自分を想像出来ません。きっと私は、遠くから楽しそうにする貴方を……」

「そう思うなら猶更残り数日を楽しむべきですよ。もしもを語るより、現実はここにあります。俺は貴方と一緒に居る。紛れもない現実の話です。少し外に出ましょう。なんとなく外の空気を吸いたくて」

「お供いたします」

 もしもはない。

 そんな妄想を許されるなら同級生を返してくれたら。俺の故郷を返してくれたら。諸々含めて俺の人生を返してくれたらどんなに良いか。明衣なんて居なくて、只々俺は、あの町の一人としてほそぼそと生きていたら。

 夜風に吹かれたくて外に出た。この村の風は故郷にとても良く似ている。他の場所とは違う秩序が働いていて、それに誰も逆らわない空気。夜は人通りがぱったりなくなって、虫の鳴き声と自分の足音だけが響く静寂。

「……もしもなんて語っても意味はないです。叶えたいなら行動しないといけない。俺が貴方に外の世界について教えたのは単なる娯楽じゃなくて、貴方に外に出たいという意思を芽生えさせたかったからで」

「そ、それは……?」

「陛太が出られるなら決して不可能な話ではない筈。簡単か難しいかの違いがあるだけで。俺も欲を言えば千夜さんとはこれからも会える関係でいたい。損得勘定だけでも、まるで自分が普通の人間だったように過ごせたのは初めてです。でもこの村に居る限り、それは叶わない」

「…………私にはお役目があります。郷矢様と迎える当日まで、その為だけに私はここで生きてきたのです。お役目を終えればその機会もあるでしょうが……」

 夜だからか、千夜さんの表情は薄暗いように見える。そして言いたい事も何となく分かる。平気で人が死ぬような村だ。殺人が容認されているらしい村だ。誰が殺したかは問題ではなく、誰が死んでも問題ない空気が問題なのである。

 お互い口には出さないだけで、祭りが終わって村を出るという事は……どちらかが死んでいる可能性を示している。死ねば会う事は許されない。そして俺達の関係性はそこで終わる。

「……綺麗な月の日には、いつも俺にとって大切な事が起こる」

「はい?」

「それが良い事か悪い事かは分からない。でも俺は、貴方に出会えた事を良い事だと思いたいですね」

「…………私も郷矢様と出会えた事には浅からぬ運命を感じております」

「そこまでは言いませんよ。運命なんてのが本当にあるなら、そいつは随分俺の事が大嫌いだ。殺したい程憎い奴と一緒に居ないといけないなんて、前世でどんな悪い事をしたらそうなるんだか。でも出来れば貴方には生きててほしい。その気持ちは本物です」

「郷矢様……」

 生きててほしいと願った人間には、大抵死なれて困っている。生きててほしいなら関わらないのが一番だ。けれど……それを徹底するには俺という人間性があまりにも邪魔くさい。いっそ感情など無くしてしまえば救えた命が幾つもある筈だ。

 そう、本当は。池の向こうにある小島の中にいるべき男だ。明衣以外の誰にも関わるべきじゃない。今はそれを遠くから眺めている。何が違ったらこんな所に居るのだろう。

「……私が話した内容は覚えていらっしゃいますか? この村におけるお祭りとは、『おまつり様』と『ひじんか様』を引き合わせる場造りであると」

「覚えてますよ。一対の神を祀ってるからこそですよね。それがどうしました?」

「少し移動しましょう。直接見た方が、郷矢様も信じてくれるでしょうから」





















「そもそもどうして一対の神様を引き合わさなければならないか、お分かりですか?」

「宗教観については全く。素人の考えで良かったら神様はやっぱり信仰が必要なので、信仰の証明として定期的に結婚式を開いてるみたいな感じですかね」

「そうですね。実を言えば大昔は祭りなどする必要がなかったそうです。一対の神はとても仲がよろしく、私達はその二神が結ばれた日にある程度の奉納をすれば良かったと聞いています。いえ、知りました」

 千夜さんに連れられてやってきたのは茂みの中だ。何の目印もない森の一部、或いは獣道への入り口。草むらを掻き分けると穴が開いており、着物が汚れる事も厭わず彼女はその中へと飛び込んでしまった。人が垂直に落下する奈落はそれほど続かず、足音から階段が続いている事が分かる。

「ある時、狂ってしまったのです。神の力を得ようと画策した者がおり、その者が自身の身体を『おまつり様』に捧げた時から」

 階段を下りきると、暗闇の中から千夜さんはランタンを見つけ出して火をつけた。そこにあったのは大量に積み上げられた数多くの白骨死体。道はまだ続いているが、彼女は俺にこれを見せたかったようだ。

「生きた女の身体を知った『おまつり様』はおかしくなられてしまいました。それからです。『おまつり様』への依り代となる男性と、その情愛を一心に受ける相手方を求めるようになったのは」

「…………もしかしてその相手方ってのは」

「はい。私でございます。そうして荒ぶる神の情愛を一身に受けた私は壊れるまで愛され、やがてこのように遺棄されます。そして貴方様は役目を終えた身体として……死んでしまわれるでしょう」

「明衣は?」

「正しく逆でございます。彩霧様に『ひじんか様』を下ろし、村中の男方の寵愛を受けるのでございます。それはこの身に神通力を宿すに等しく、それに耐えられなかった者達が心を喪いあの島に幽閉されるのでございます」

 仮面夫婦が、これからも表面上はラブラブである為に男女を介入させて関係を継続させているという訳か。しかし納得が行く。犠牲になるのが他人である俺達と千夜さんだけなら、多少の無礼をした所で村から出ていけとはならない。

 祭りとは文字通り、楽しめる側の者にとっては酒池肉林の宴に等しいという事だ。

「前回の祭りの日、先代を務めたお姉さまが私に教えて下さったのです。しかし知った所で何も出来ず、今日まで怪しまれぬよう努めてきました。郷矢様、その言葉に偽りがないのなら、どうか千夜を連れ出してくださいませんか!? 祭りが成立しなくなれば、この村は報いを受けるでしょう。しかし私は、私を神への供物としか見ないこの場所よりも、私を必要としてくださる郷矢様に報いたいのでございます!」

「…………俺は死神です。前も言った様に、出来れば人を好きになりたくない。それがどんな感情でも、誰かを気に掛けたらあの探偵に殺されるかもしれない。貴方はそれを聞いた筈だ。それでも、俺の傍に居たいなんて言うんですか?」

「そうであるなら……きっと、郷矢様は私の死に涙を流してくださいますよね?」

 千夜さんは俺の両手を覆うように掴むと、或いは乞うように下からこちらを見上げてくる。













「話は全て聞かせてもらったああああああああああああ! やー!」

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