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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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十万億土の夢の先

 少なくとも、物心ついた時にはこの体は呪われていた。


『死にたくない』


 初めて自覚した感情は、よりにもよって恐怖に支配されていた。誰にも言わない、俺だけの秘密。知られたが最後、俺の心はそいつに囚われてしまうだろう。


『死にたくない』


 生きる意味なんかより、自分が死ななくてはいけない理由を探していた。死にたくなかった。それが俺の人生の始まりで、それが全てだった。人間関係の全てがそこに終始する。喜怒哀楽はそれが大前提。自分が普通の人間と違うと自覚したのはそう遅い時期ではない。どんな田舎にあったとしても、子供の頃は希望に満ち溢れている物だ。何をしても楽しい、何をしても喜べる。そういう年頃の中、俺だけが死を引きずっていた。

 幾ら見た目が子供でも、幾ら心が子供でも、価値観の違いは致命的なすれ違いを引き起こす。それは子供だからこそ悪意がなく、子供故に残酷で、一切の容赦がない。大人のような気遣いをする人間はそこには一人もおらず、その事に気づくまでに随分時間がかかった。


 ああ、俺は、なんて悪い子供だろう。


 身の程を弁えるのが遅すぎた。俺を。俺と遊んでくれた子は。誰だったっけ。表向き排斥されるよりもずっと辛い事だった。心の距離だけが離れている。決して縮まる事はないのに離れられない。誰かに離れられる事が怖いんじゃない。離れたくても離れられない事が一番怖いんだ。


『俺を…………一人にしてくれ』



『俺を……置いていかないでくれ』










「………………はい。千夜はいつまでも郷矢様の傍に降りますよ」

「…………ん、ん?」

 夢の中に直接響くような声に反応し意識は否応なく目覚めさせられる。酷い悪夢を見たのは間違いないが、いつもと違うのは同衾者の首を絞めていないという事だ。『妹』にはいつも苦労をかけているのに、千夜さん相手にはどういう訳か身体が反応しない。相変わらず手を繋いだまま、彼女は俺をまっすぐ見て、息のかかるような近距離で見つめている。

「…………………俺、何もしてないか?」

「ええ。気持ちよさそうに……は、嘘でございますね。うなされていたようですが、特には何も」

「…………本当に?」

「郷矢様は私の恩人でございますよ。嘘を吐く道理はございません。悪夢をご覧になられたのでしたら、どうぞ今度は私を枕にしてみては如何でしょう」

「……どういう事ですか、それは。原理がちょっと」

「郷矢様を幼子のように扱うのは失礼に当たりますが、これでも昔は夜の暗闇に恐怖する弟妹を抱きしめて眠っていた事もあるのですよ。私に抱きしめられるとてんで悪夢を見なくなるとか!」

「……………」

 顔を赤らめながらも、千夜さんは自信満々と言った様子に鼻息荒く肩で息をしている。まるで根拠のない提案をされても困る。俺は五歳や六歳の子供じゃない。とても改善するとは思えないし、改善したとしたらなんで『妹』に限っては暴力に応じてしまうのかが分からなくなる。

「…………い、いいですよ」

「是非! 是非に!」

「いや、いいですって」

「郷矢様。私にお役目を下さいませ。必ずやご期待に沿ってみせましょう!」

「…………」

 これは、引き下がりそうもない。相手が明衣だったらもっと本気で拒否していたところだが、ここは二人きりの宿で、時間帯的にも来訪者は現れそうにない。首を絞めなかったのなら……もう一度試す価値はある。

 

 ―――何で首を絞めるかが分かれば、遥にも迷惑かけずに済むしな。


 抵抗を止めて千夜さんを抱きしめると、誤解を招きそうな嬌声をあげて途端に大人しくなった。

「……あの、提案したのはそっちなんですから変な声出さないでください」

「あ、これは失敬を…………だ、大丈夫です。私に他意はございません。ふ、不埒な意図などはなく、ただあまりにも魘されていた様子が解せなくて……」

「解せない?」

 そう言われたのは初めてだ。遥からは一言もそんな言葉を聞かなかった。尤もNGを秘匿せずに頼れる数少ない人物である為、一々話すような状況にはなかったというのもある。家に帰ったら彼女にも聞いてみよう。

「その、眠っている時の郷矢様と起きている時の郷矢様が別人なような……そんな気がするのでございます。いえ、その、悪意はなくて。なんとなく……そんな気がして」

「…………気に留めておきます」

 千夜さんを抱きしめてもう一度目を瞑る。目が覚めた直後は眠れないなんて、俺に限らず多くの人間にある事だが、一度気が緩んだせいか俺の身体は例外規定に引っかかっているように思う。またすぐ眠くなってきた。

「……一応言うんですけど。俺から攻撃されたらすぐに逃げて下さいね…………」

「はい。お任せくださいませ」

 意識して眠ろうと思う時はいつも一緒だ。まず目を瞑る。それから頭を空っぽに出来ればいいが、出来ない時は色々な事を考える。目を瞑ったまま全ての考えを整理して一日を終わらせようと考える。人間、やはり恐怖を取り除きたかったら一日中起きていた方がいいからだ。そうして目を瞑っている内に段々と意識が溶けて、考えもまとまらなくなって、ぼんやりしてきて―――



 今度は、明衣が居た。



『ちっ。またお前かよ……ああ成程な。原理が分かったな。お前が出てくるか出てこないかだ。お前が出てくると俺はお前を殺したくなる。だから現実に居る奴も攻撃する』

「………………」

『なんだよ。いつも妙な事言う癖に今回は何も言わないのか? 夢ってのは勝手なもんだな、お? 現実のお前とは似ても似つかないのに、あまに似てるような振る舞いをして死ぬほど殺したくなる』

「……私の事、嫌い?」

『聞くまでもないような事だな。現実のお前だって分かってるだろ。お前が俺のトラウマ的な何かを形にした存在なら猶更だ。俺は、世界で一番お前の事が嫌いだ。お前を殺したい。お前を殺す事が俺の全てだ。それで……二人きりの場所で死ねたら、俺のNGでお前も死ぬ』

「…………じゃあ、二人そろって地獄行き?」

『堕ちてもいい。お前の面倒は最後まで見ないといけない。それが俺に与えられた役目だ。逆にお前としか地獄に行きたくない。永遠に一緒に居てやるよ』

「………………嬉しいけど、そうはならないかな」

 何?

 俺の中に居る存在が、俺の事を否定する?

 それとも本当に、何故か心の中に巣食う明衣本人? あいつは俺のタルパ的な……いや、ない。クラスの誰もが認知しているし、ここに来たのだってその明衣が原因だ。形而上の人物とは思えない。

『乃絃君。一つだけアドバイスしてあげるね。くれぐれも私に気を許しちゃ駄目だよ。そうしたらきっと、もうそんな泣きそうな顔なんてしなくていいんだから』

「………………そうかよ」

 この空間には何もない。何も聞こえない。明衣と俺だけが訳もなく立っている。いつもの夢かと思ったら結局変な夢だ。この村に居るとどうも調子が狂う。あんな夢を見たいとは一言も言いたくないが、それでも普段と違う事が起きたならそれまでの状況を確認すべしと探偵のアイツならそう言うだろう。腐っても助手なら教えくらい思い出せる。

『どうせならもっと有益な情報を教えてくれよ。この村で異変が起きるのはいつ頃か、とかさ』

「異変を楽しみにしてるんだ?」

『なきゃお前が暴れるだけだ。この村の奴らの頭のおかしさを信用して是非ともトラブルを持ち込んでほしいな』









「心配しないでも、もうすぐだよ。余興は直にお終い、舞台の幕が上がる。貴方はちゃんと自分の役を全うしないとね」

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