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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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部外者疎外者お手の物

「穴を掘っちゃ駄目なんて決まりは陛太からも聞いてませんし、誰からも聞いてませんが?」

「千夜! お前は教えなかったのか!」

「わ、私は…………そのような規則を知らず。それに郷矢様の願いに出来るだけお応えするのが世話役の務めでございますから……」

「―――まあいい。伝えられずにいたのはこちらの落ち度だ。以降、穴は掘るな」

「因みにそれは何でですか?」

 張り詰めた空気、物理的事象としては何もないが、肌にひりつくとはこういう空気の事を言うのだろう。野次馬になっていた親族も固唾を呑んで行方を見守っている。当主の喋っている間に割って入る度胸や、俺を嘲るような素振りは見せられないのだろうか。

「決まりだからだ」

「その決まりの理由を聞いてるんです。世の中ならぬ事はならぬ物でまかり通りませんよ。教育にもよろしくない。ちゃんと理由を教えて納得させなきゃ実感なんて湧かないんです」

「郷矢乃絃。客人だからと言って好き勝手出来ると思うな。祭事の始まるまで座敷牢に閉じ込めても良いのだぞ」

「じゃあ同じ言葉を返しますよ。投手だからって好き勝手出来ると思うな。夜帳家は従っても俺は無関係です。祭事の始まるまでに全員殺してもいいんですよ」

「貴様…………」

「郷矢様!」

「俺がこんな奇行に訴えたのはね、当主様。この千夜さんがそこらで様子を見てる奴等に虐められてるからですよ。何が規則だ、これじゃ俺が世話されるどころの話じゃない。こいつらは彼女の仕事を邪魔してます。それは罰しないんですか?」

 言い訳は通じない。直前の騒動を収めたのは他ならぬ当主だ。その威厳のある顔が醜悪に歪み、一族の人間を睨みつけている。

「俺が助けに入ったし、当主様が場を収めましたね。でも千夜さんは自分がまた一人になった時に狙われる事を案じています。世話役って俺の事ですか? お客人に娘を世話させると?」

「では千夜を世話役から―――」

「外したら今度こそお終いだ。俺は祭事の主役で、こんなぞんざいな態度を取っても貴方達は丁重に扱わないといけない。ええ、俺だってこんな態度取りたくない。でも世の中、舐められたら終わりなんです。それは外の世界でも、この村でも同じですよ」

 千夜さんは優しすぎるあまり、舐められている。何をやっても反撃されないと思われているからこんな事になる。それは俺がどれだけ言い聞かせたって性根は変わらないだろう。愛すべき善性だ、文句はない。

 明衣のせいで俺が守られてしまっているように、俺もこの人を守らないといけない。己が運命が冥府魔道に堕ちる事を確信しているならば―――悪人なりのやり方がある。

「当主様。二つに一つです。神様の力か何かで絶対に手出しをさせないようにするか、千夜さんに手を出して俺の気分を害する人を殺して良い権利をくれるか」

「………………これを、くれてやる」

 そう言って当主が袴から取り出したのは小刀だった。所謂匕首で、人間を殺すには十分すぎる刃物である。

「殺す時は必ずそれを使え。その刃で以て、罰を執行したものとする」

「有難うございます。あ、因みに言っておくと、千夜さんはよくやってますよ。この人に不満はないので、引き続きお願いしますね」

「分かっている。千夜。随分愛されている様だな。当日までその寵愛を享受するのだぞ」

「あ、愛されているなんて…………郷矢様とはそのような関係では」

 表現なんてどうでもいい。これで当主様のお墨付きがついた。匕首を見せびらかすように屋敷の外へ出ると、取り囲んでいた野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。また部屋に戻って、話し合った方がいい。千夜さんは勝手に話を勧められてパニックに陥っている。

「大丈夫ですか?」

「ご、郷矢様は私をあ、あ、愛していらっしゃる……のですか?」

「大袈裟ですよ。まだ会って数日じゃないですか。まあ座って。思ってた流れとは少し違うけど目的は達成したんですから」

 畳の上にどかっと胡坐をかいて座る。この暮らしもちょっとは慣れてきたつもりだ。机を挟んで対面に千夜さんが座るも、緊張で手と肩が固まったまま震えている。顔も、熟したトマトみたいに真っ赤だ。

「当主様が話の分かる人で良かったですよ。これで殺す口実を得た。もう千夜さんは手を出されません」

「こ、殺されるのですか? 私の……家族を」

「殺すとか殺さないの前に、もう手なんか出さないでしょ、全員。千夜さんが虐められてたのはやり返してくる事もなければリスクが生まれるような立場でもなかったからです。今は手を出せば合法的に殺されるリスクが生まれた……頭ぱっぱらぱーになって関わらないようにさせる作戦は失敗しましたけど、結果的に同じ事なら何でもいいです」

「…………本当に申し訳ございません。何から何まで郷矢様にお助けいただいて…………これほど自分を恥ずかしく思った事は……! 千夜は……情けなく思います」

「まあまあ。愛されてるとか勝手に言われたのも都合がいいんですよ。だから否定しなかった。元々夜帳の人が沢山いるところでややこしいから名前で呼びましたけど、今から他人行儀にするとこの辺りが不安要素になるんで、以降は千夜さんとそのまま呼ばせてもらいますね」

「は、はい! きょ、距離が縮まったように見えてとてもよろしゅうございます……ね?」

「そうそう。当日まで仲良く行きましょう」

 

 千夜さんの信頼はこれで完全に得られただろうし、彼女が離れないようにする動機も生まれた。


 これでNGに怯える事なく、村中を歩き回れる。何より明衣が居なくなった事に対する時間稼ぎも完璧だ。監視要員と思わしき夜帳一家は殆どこちらの騒動に釘付けだった。何か収穫はあるだろうか。彼女が歩いて描いた地図を脳内に思い起こし、地下とやらの入り口を確認する。様子を見に行くのは違うだろう。何か嗅ぎまわってる事は出来れば気づいてほしくない。俺のはフカシに近いが明衣は本当に皆殺しにするし、その躊躇すらないのだから。

「やる事があんまないな…………疲れたし、たまには昼寝でもしますかね。こんな機会は滅多になさそうだし」

「お昼寝でございますか? 私は何をすれば……」

「寝るまで話し相手になってくださいよ。こういう気楽な時間、久しぶりなんでね」

 昼寝で心が安らいだ瞬間なんて本当にない。明衣は存在がストレスだ。家で寝るのを除けば、それ以外の場所で意識を落とすなど自殺行為も甚だしい。寝ている間はNGが機能しない? そんな救済措置は多分ない。試したくもならない。基本的にはどんな状況でも破ったら死ぬと捉えていた方が安全だ。

 今は、本当に特殊な状況なのである。明衣は謎の調査に赴き、俺は明衣以外の人に同伴してもらう口実を得た。布団に寝転がると、千夜さんは布団の中で手を繋ごうとした。

「な、何ですか?」

「人肌の温もりは眠りを深くすると言われております。陛太然り、一族の男の子がまだまだ幼かった頃、こうしてよく寝かしつけておりました。その時はもっと、抱きしめていたのですが……ご、郷矢様にそれをやる訳には」

「…………成程。じゃあ」

 こちらから手を繋ぐ。

「ひゃいっ!?」

「昨日は外の世界について話しましたよね。俺からすればつまらない日常なんで自分から話すのはどうも苦手で、何か聞きたい事はありますか?」

 明衣を抜きにした日常は凄く退屈だ。本当は話のタネにもならない。そうさせているのは偏に千夜さんの無垢な反応であり、こんなつまらない話でも目を輝かせて興味津々と言った様子で頷いてくれるのが楽しいからだ。百聞は一見に如かずとも言うし、もし外に連れ出す日が来たらどんなに驚いてくれるのだろうと。密かに楽しみにしている。そんな日が来るかは置いといて。

「この村の外の事は、一通り聞かせていただきました。凄く、自由な所なのですね。陛太がここに帰りたがらない理由も頷けます」

「あれは……別の理由がありそうですけどね?」

「ですので今度は……ご、郷矢様の事を、お、おお聞かせ願えませんか?」

 頬の上気が再び強くなってきて、高熱でも出したような勢いに迫る。上目遣いに目を潤ませられると、質問内容はともかく、切実に見えた。

「俺の事?」

「好きな食べ物とか……ご趣味とか…………す、す、す、すす、好きな……じょせぃの………………とく…………」

「好きな女性の特徴、タイプですか? まあ確かに好みと合ってなかったらさっきまでのやり取りはなんだったんだってなりますもんね。でもこの話はそもそも誰も聞いてないから、寄せに行く必要はないと思いますよ」

「そ、そう言う事では、なく! ほ、ほんの興味でございます。郷矢様は……少々、いえかなり変わっておられますが、肝の据わった御方で……た、頼りになる男性でございますから」

「ははは、正直ですね。確かに俺は変わってると思います。変人じゃないとあの女の助手はやれないとも言いますけどね。好きなタイプを真面目に答えてほしいのかもしれませんけど、俺が好きになった人ってなんだかあの死神探偵に殺されそうなんで、出来るだけ人を好きになりたくないんですよね。そういうのを全部抜きにするなら…………優しくて包容力のある人かな」

「…………それ、は?」

「ここだけの話ですけど、明衣のせいで俺の気は碌に休まらない。一方でアイツの傍には俺しか許されてないし、そこから逃げたら制御不能の怪物が生まれるのも分かってるんですけどね。でも俺も人間ですから。地獄行きの決まった外道でも、たまには誰かに甘えたくなるんです。ま、それだけ」

 だから好きな食べ物という奴も、そんな人がいるならその人の手料理が一番好きになる。特に理由はない、そういう欲求―――いや、願望があっただけだ。NGの前では届かぬ願い、叶わぬ思い。気にする必要はない。

「わ、私は…………郷矢様のお眼鏡にかないますか?」

「うーん。どうでしょうね。仮にかなったとしても、村の外には出られないんじゃないんですか? 遠距離恋愛は嫌ですよ。好きな人を守りたいって人間なんで…………ここに永住も嫌だし。ああ雰囲気は好きなんですけどね。明衣は嫌がるかなって」

「…………彩霧様、第一なのですね」

「俺が居なきゃ何をするか分からない…………ので……ふぁぁ…………外の世界……じゃ……俺も、アイツにいてもらわない……と…………下らない……血みどろの……共依存みたい……で…………嫌なんですけど………………ねえ」

 そこからはあまり記憶がない。何か話したような話していないような。張り詰めていた心が緩むと、反動が一気に来てしまうようだ。




 自分でも気づかない内に、深い眠りに落ちていた。

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