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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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誰も彼には触らないで

 ―――郷矢様は、不思議な人でした。

 当主様が私を世話役に抜擢したのは何か意味があっての事だと思われますが、外来のお客様に対して礼儀作法など仕込まれなかった私を選ぶなんて……口には出さぬまでも、正気を疑ってしまいました。ですが郷矢様は存外心の広い人で無礼なお願いにも度々耳を傾けて下さる、およそ陛太と同い年には見えぬ精神の円熟さを持ち合わせていました。

 しかし、気のせいならいいのですが、郷矢様は常に心が何処か遠くへ行っていらっしゃるようで……受け答えに不自由はなくとも、私にはそう思えてなりませぬ。心を取り戻す時は、同じ賓客である彩霧様について話す時だけ。それでは彼女を好いているのかと思えば、とてもそうは思えないような表情をして、私には良く分かりません。陛太は彩霧様の事が好きなようで、屋敷に戻ると家族達にその事を噂されていました。


 白い髪の若者なんて不吉だ。

 あの女は人間じゃない。神だ。


 そのように不安を煽る人も居て、当然ここで生活する彩霧様の耳にも届いていらっしゃる筈ですが、特に反撃はない様子。ひょっとすると外界では白髪など珍しくもないのかもしれません。私達が知らないだけで。よくよく思えば陛太は珍しがってもないし。

「お姉様。お食事の用意をしていただけませんか? 郷矢様がお腹を空かせてお待ちしているのです」

「はぁ? おしょくじぃ? お前、いつから私に命令出来る程偉くなったの? 自分で作りなさいよ。ここは空けといてあげるから」

 屋敷の厨房は女性の当番制で、この規則を覆すような事は誰であってもいけないとされているのに、お姉様は私にお願いされるのが嫌みたい。私だって本当はしたくないけど、規則だから。心の中の説得も空しくお姉様は私に肩を当てながら何処かへと行ってしまった。こうなったら私が担当をしなければ……? でも、そうしたら郷矢様の元へ帰る時間が。

「お~千代子じゃねえか。今日の当番はお前だっけか?」

「お、叔父様……今日はお姉様が。しかし何処かへ行ってしまわれまして」

「ほう。じゃあ今からお前だな」

「そ、そんな!」

「文句言ってんじゃねえ。飯、俺の所にもよろしくな。分かったか?」

「お断りします。私は当主様から仰せつかったお役目に従い、郷矢様のお世話を―――へぎゃ!」

 どん、と冷蔵庫に向かって突き飛ばされ、背中を強く打った。対面した時から分かっていましたが、叔父様はかなり酔っているみたい。

 首に傷だらけの手がかかって、ぎゅうと強く絞めにかかる。

「俺に逆らうんじゃねえ。祭事の主役だからって許される事じゃねえぞ、女が男に逆らうなんてな。分かったらさっさと飯、後、酒! ちゃんと出来たらお前にもご褒美をくれてやるよ」

「く、は、はなし……て」

「うお、その顔……いいな」

 着物の上から叔父様の掌が撫でるように胸元を弄る。こんな所で、なんて。違う。嫌だ。触られたくない。

「おい、もう飯とかいいから部屋に来い。すぐ終わらせてやるから」

「…………ぃ…………」

 絞める力が更に強くなる。意識が遠くなって、感覚はどんどん鈍くなる。郷矢様の元に帰りたい。お姉さま、まさかこれが分かっていて私に……………?



「ざく」



「うっ……」

 パッと首を絞めていた力から解放される。同時に叔父様の身体がのしかかってきたので反射的に脇へ避ける。叔父様の身体で隠れて見えなかったけど、彩霧様が立っていらっしゃいました。手は先程まで何かを握っていたような形で止まっていて、叔父様の背中に包丁が突き刺さっている事から、握っていたのは正に。

「あ、彩霧様……?」

「あ、これオフレコ。私が包丁で人を刺したなんて乃絃君には言っちゃ駄目だよ。言ってもいいのは私が殺したって部分まで。約束は守れる?」

「は、はい! あ、あの。ですが料理が……」

「料理は私の部屋の奴を取っていいよ。手をつけてないから」

 彩霧様は軽々叔父様の身体を担ぐと、人の気配がしない方へと歩いていく。一度私の方を振り返り、何も言わず、それからまた。


 ―――その左目には、結膜も角膜も瞳もない。


 ただただ黒く、湮滅するように塗り潰されていました。





















「郷矢様、お待たせいたしました。お、お湯加減の方は!」

「部屋の中で話してるならもう見るからに風呂は上がってますよね。大丈夫、待ってませんよ。乱入者が居たもんでね」

 あれは予期せぬ来訪だった。ゆっくり風呂に浸かりたいがNGを破りたくもなかった(夜帳さんにNGを知られたくもなかった)のでどうしたものかと悩んでいたら、仕切りを飛び越えて陛太が入ってきたのだ。屋敷の風呂に入れと言ったら、『明衣と混浴したかったのに何処かへ行ってしまった』との事。ここまで聞いても理由にはならないが、話の主語はその後の『お前と話したかった』部分にある。

「明衣の事について色々聞いてきたんですよ。俺が一番詳しいからって、振り向いてほしいんでしょうね

「……陛太は彩霧様のどのような所をお好きに?」

「顔、胸。後は身長とか? ああ、いい加減に答えてるんじゃなくて本当にね。アイツの事を一番知ってるのは俺で、俺以外は碌に知らないんです。だから俺に聞いてきた……俺がアイツを好きじゃないのは知ってる癖に。どうして話したがらせるのか」

 しかし陛太が来てくれたお陰でNGを気にしなくてよくなったのは事実。質問攻めにあって鬱陶しかったがお陰でゆっくりする事が出来た。感謝しないといけない。食事の味は実に淡白で、米はかなり固く、味噌汁はダシが薄い。ただ油で炒めた山菜と、何らかの根っこに肉を巻き付けて焼いた料理は意外にもしていてかなり美味しい。最後に来る苦味がクセになる。山菜の方は少し繊維を感じたが、ご愛嬌だ。

「今度会うような事があれば陛太にはきつく言っておきます。申し訳ございません、郷矢様」

「まあまあ。まだ一週間もあるじゃないですか。そう構えずに。ただ、出来れば今度から食事は一緒に取りに行きたいですね。変な意味はないんですよ。ただ、まあその。一応俺もお世話されてますって様子を見せた方が夜帳さんも精神的に楽だと思って」

「……千夜をここまで気遣って下さるのは郷矢様だけですね。あ、いえ。何でもありません……一週間、改めて宜しくお願いしますっ」

「それはこっちの発言ですけどね。お互い、何事もないのを祈りましょう」

 恐るべき事だが、食事の時間が終わるまでお互いに話すような事が何もなかった。明衣なら色々と話しかけてくるだろうが、夜帳さんは俺を尊重してか、それともリラックスしていたのか、互いに一言も発さぬまま食事を終えた。

 このあまりに静寂の満ちた空間よりも求めていた幸せはない。食事が救われている。自分でもあからさまなくらい気を張っていたが、そろそろ緩める時だ。永遠に続けるなんて人間じゃない。気疲れを起こす前に休む。

「…………そういえば歯磨きはどうするんですか?」

「歯ブラシ、ございますよ」

「あるんだ……いや、別に一生外に出れない訳じゃないし、そりゃあるか。本家の方には普通のお風呂もあるんですもんね。それは非常に良かった。俺はてっきり塩で磨いたり木の枝を使うのかと」

「…………やりますか?」

「やりません」

 敷布団は二人分ある。密着して寝るのがNGを守ろうとするなら一番だが、そんな事を見ず知らずの他人に強いるつもりはない。俺のNGは『他人との物理的距離が一定以上離れる』で、その距離の限界は知らされていない。とはいえ同じ部屋に居るだけなら抵触する事はない。じゃないと『妹』が居ない間に抵触するし。

「学校を休んだ甲斐はまあ、あったかな。ああ、そうだ。寝るまでの間にまた少し外の事を話しましょうか。俺が眠たくなるまで」

「は、はい! 是非お聞かせください!」

 明衣のせいで感覚が麻痺しているのは俺も同じだ。ベクトルが違うというだけ。



 こういう、夜帳さんのような無邪気さこそ、可愛いというのだろう。


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