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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4rd Deduct 千夜一明の可惜夜

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邪なる探偵は戯れを忘れるべからず

 長いトンネルを抜けると、風光明媚な山々が俺達を迎え入れた。季節は夏、だがここまで瑞々しく色を付けた山々は見た事がない。どんな山奥かと想像したが、思ったよりは楽しめそうだ。俺が悪かったと思う。起こってしまった状況に文句を言っている場合じゃない。楽しむべきだ。クラスメイトの故郷に遊びに行くだけで、それは決して悲観すべき状況じゃない。淫祀邪教がなんだ。存在が忌まわしい明衣とかいう奴に比べたら何の事はない。

 山道を登ったので高度はあると思ったが想像以上に高い場所まで上っていたようだ。一際大きな屋敷を守るように、無数の茅葺屋根の家が田んぼを避けて並んでいる。建築様式に文句をつけたくないが、幾らなんでも古すぎないか。

「絵にかいた古民家すぎるな。まあでもこんな山奥にあるなら簡単に家は建て替えられないか。暮らしてる連中も毎日大変だな。一々山中を降りなきゃいけないなんて」

「いや、自給自足で大抵何とかしてるぞ。神様のお陰で毎年の季節が豊穣って奴だな! 獣も山菜もどうにかなる! 外に出る人は本当に一握りで、俺みたいに学校に行きたい奴くらいなもんだ」

「それは表向きで、外から人を連れていきたいだけなんじゃないの?」

「うーん流石は彩霧さん! 名探偵! 完璧美少女!」

「うーん。私が完璧なのは分かってるからもっとほかの言葉で褒めてほしいかな。はい助手っ」

「かんぺきすぎる」

「わーい!」

 明衣は俺の傍から少し離れると、両手を耳に当てて集中する。俺が耳を澄ませても木の葉を散らして木々が揺れる音と風の吹き抜ける音くらいしか聞こえないが、雨の中でも足音が聞こえるような超聴力ならどうだろう。何が聞こえる。

「………………うーん…………うん。じゃあえっと……間野君。案内をよろしくね!」

「お、おう! 任されよう!」

「…………」

 振り返って先導を再開する間野陛太。その隙に明衣の傍へさりげなく並び、ひっそりと対話を試みた。


「何も聞こえなかったのか?」

「外に出てる人は三十人。こっちに気づいた人は四人。近寄ってる人が二人って所。なんだか歓迎されてるみたい」


 視力込みでもそういう物は見えない。人が居るのは分かるが数えられる程大きくもないし、個別の動きも捉えられない。明衣だからこそ出来る判別方法だが、単純に人間離れした技能なので探偵なんぞより人間びっくりショーか雑技団で飯でも食った方が良いんじゃないかと思う。誰に出来るんだこんな事。

「そういえば夜の内に出るの禁止とか言ってたから日帰りですまないよな。どれくらい俺達は滞在すればいいんだ?」

「儀戯っつう、まあ儀式なんだけど。それが終わるまで丸々一週間かかるってのはさっきも話したけど、彩霧さんとお前にはフルで居てほしいな」

「気分は修学旅行っ。盛り上がってきたね。旅のしおりは持った? お泊りの準備は?」

「ねえよ」

「学校の方はまあ、彩霧さんが関わったら大丈夫だよな? 大丈夫じゃなくてももうここまで来たら居てもらうんだけどな」

「もう今更だからそういうのは気にしないでくれ。明衣の気まぐれでまともな学生生活はいつも破壊される。一週間くらい学校を休んでた方がみんな平和に過ごせるってもんだ」

「ねえ間野君。多分だけどここの村で一番偉い人ってあの大きな家に住んでる人だよね。私、先に行ってるね。多分だけど、間野君って立場があんまり高くないでしょ。事情があって私達を呼んだとしても、それで立場が強くなるなんてなさそう。じゃ、乃絃も後で来てねっ」

「あ、ちょっと彩霧さん! 待ってくれよ! 先に行くのはいいけど、この村じゃ俺の苗字は夜帳だからそう言ってくれ! ていうか俺も行く! 待ってーーーーーーー!」

「…………は!? ちょっと待てお前ら! 俺を置いてくなよ!」

 明衣の気まぐれはその名が示す通り突拍子もない。一人で何処かへ幾分にはもう村の中だから勝手にすればいいと思ったが、案内役の間野陛太まで着いていくのは話が違う。あまりにも唐突な死の予感に体が追い付かず、反応が遅れてしまった。具体的な距離は分からないが、とにかく距離を離されたらNGを破る事になってしまう。

「俺だけちんたら歩いて入村したら目立つだろうが! 待てっつってんだろ妖怪勝手女!」

 初動が遅れると明衣に追いつくのは非常に厳しい。間野陛太も山の中で育ったせいか分からないが存外に運動神経が良く、距離は縮まっていると思うが非常にシビアな距離感だ。少しでも疲れた時点で俺の死亡が確定しそうな気配がする。足を止められない。

 これくらいの短距離を走るくらいは何でもないと思ったがふと全身を横から殴りつけるような寒気がして足が止まる。それが俺の最期の様子だったら最悪だが、そんな事にはならない。寒気の先に視線をやると、真っ白い着物を着た女性が木々の合間にひっそりと隠れた墓に向かって花を生けていた。その後ろ姿しか見えていないが、明衣とは対照的な鮮やかな黒髪が目を引いてしまう。足を止めた理由とは無関係だが、彼女の存在のお陰で後を追う必要はなくなったようだ。ここで彼女の移動に合わせて動けばNGは守られ―――


「ああっ……!」


 用事を済ませて少女が歩き出そうとした途端、履いていた下駄の鼻緒がぶちっと切れてしまったようだ。歩き出そうとした正にその瞬間の出来事であり、姿勢が少し崩れて危うく転びそうになってしまう。

「…………! …………」

 言葉にこそ出さないが、少女は見るからに狼狽えており、切れて転がった下駄を見ておろおろと視線を泳がして事態の解決を図ろうとしている。特に何か行動をしている訳じゃない。気持ちは分かる。どうにかしたいのは山々だけどどうにかする方法を知らないと言った様子だ。今日日下駄を履く機会なんてめっきりないが、対処の方法は知っている。

 最初も言ったように間野陛太の村に関してはもう諦めた。明衣から好きなだけ迷惑を受ければいいと思うが、それとは無関係な困りごとなら助けてやるのが一応正義を謳ってる探偵の、その助手の役目ではないだろうか。どのみち明衣も間野陛太も遠くへ行ってしまって、彼女が居ないと俺はNGを守れない。

 それとない足取りで少女に近づくと、付近の雑草を踏んだ所で存在を気づかれる。水晶のように綺麗な瞳がじっと俺を見つめていた。

「え、あの…………?」

「鼻緒が切れたんですよね。墓参り……か何かの最中に。少し貸していただけませんか?」

「は、はい…………」

 殆ど学校から直で向かっただけあって、鞄には一通りの文房具が揃っている。授業で使う事は滅多にないが、いつ何が起きてもいいようにと明衣がしつこいから持っているのだ、特にハサミは何かと入用だからとの事で。

 頭で思い出そうとしてもすっかり忘れているが、身体が直し方を覚えている。血を拭くのにやたらと使うハンカチを少し切って、捩って―――

「そこの墓は一体どなたのお墓なんでしょうか」

「こちらは『ひじんか様』のお恵みのお返しとなってございます。魚や獣のような生物は時として人から隠れてしまいますが、ひじんか様のお導きにより私達はいつ如何なる季節も無事に生きてゆけるのです。墓の下には動物達の亡骸が眠っております」

「―――成程。はい、終わりました。下手くそですけど、多少歩く分には問題ないと思います」

 少女は下駄の中に足を入れて、確認のように指を動かす。それから俺を見上げると恭しく頭を下げた。

「本当にありがとうございます。見ず知らずの私を助けていただいて―――千夜は嬉しゅうございます!」

「千夜さんというんですね。俺は郷矢乃絃って言います。さっきも言った通り夜帳陛太君の招待を受けてこの村に来ました。何やら祭事があるとかで」

「祭事―――そうでいらしたのですね。私は夜帳千夜子(よばりちよこ)と申します。もしくは非時千夜(ときじくのちよ)とお呼びくださいませ」

「名前が二つあるんですか?」

「いえ、陛太の言う祭事に私は大役を仰せつかっております。その事情故でございますね。しかし陛太が見当たらないご様子で……」

「先に行ったんです。申し訳ないんですけど、案内がてら一緒に来てくれませんか? 村は目と鼻の先ですけど、困ってて」



 NGに。























「待て待てー。がおー食べちゃうぞー」

「うわあああああ! 逃げろー!」

「彩霧さん、そろそろ遊ぶのをやめた方が良いって! こらお前ら、この人は大切な客人なんだからお前たちの暇潰しに―――」

「挨拶って言っても、門前払いされたじゃん。それならお呼びがかかるまで遊んでるよ、池でなんか釣れる? え、魚釣れる? よし、全員しゅっぱーつっ」

 そういえばアイツはやたらと子供に好かれたっけ。

 村に降りると、唾棄すべき探偵の黄色い声と、それに追従する無邪気な子供の声が混ざっている。ああ、こんな遠目からでも、死神のような白い髪が良く見える。

「あ、あの方は……?」

「ごめんなさい連れです。あの様子だと関わったら面倒なので一旦無視しましょう。引き続き案内をよろしくお願いします」

「は、はあ」



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