表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
3rd Deduct オニナキの夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/98

生かさず殺さず選ばさず

「よお、鏡を壊したけど俺を呪ってみるか?」

 破片を拾って睨みつける。鏡の中には白い服を着た女性が立っており、ずぶ濡れの髪の隙間から恨めしい目でこちらを見ているようだが、こんな感情に満ちた瞳に恐れをなすような人間じゃない。

「おい郷矢君よお―――」

「鬼姫さんは下がってて。出来れば外を見張っててください。俺は―――」

 鏡面反射、上下左右が捻転し、束の間意識がくらりと落ちる。それはほんの一瞬。瞬きや眩暈にも似た刹那。その一瞬で鬼姫さん達は姿を消し、代わりとして目の前に泣き崩れる女性が現れた。


 ―――白い服の、女。


 関わるのは良くなさそうだ。

 振り返ると、階段を下りた先からも同じ泣き声が聞こえる。状況は一々説明するまでもない、喧嘩を売って、無事怪異は怒ってくれた訳だ。自分が死ぬかどうかなんて今は考えるべきじゃない。それよりも真千子だ。心霊スポットでの被害者の多くは行方不明になるとされているが、ここはそんな行方不明空間の真っ只中であり、そこに招き入れられた以上は俺にヘイトが向いていると考えたい。

 今のうちに、探そう。


 ―――かがみしめしと組んでるとなると、警戒したいのは目だな。


 目。見る事。何かを見る、向ける。階段を下りた先もそうだが、近くに鏡だけでなく窓やコップなど、反射するような物の近くで女はすすり泣いている。あんな埃塗れだったフローリングも多少反射する程度にはピカピカで、これも要注意だ。怪異の事なんて詳しくないが、これは単なる推理として―――ある程度は推測出来る。この手の超常現象を相手取る時は連想ゲームが大切だ。鏡と組んでいるから、見る事に注意を置く。当然である。

 例えば反射越しにあの女性を見てはいけないとか、見ようと思ったら気づかれるとか、そういう状況に陥ったらどうする。対処法なんて知らないから詰むだけだ。最悪それでもいいが、それは真千子を見つけてから。

 家を出ると、しんとした真夜中の街並みが俺を迎え入れてくれる。人の気配はないが、そこかしこに電気がついている。まるで窓を強調するように、強く、白く。

「…………真千子! ここに居るんだろ! 俺だ! 郷矢乃絃だ! そこらで泣いてるアホじゃないから声をあげてくれ。とりあえず目を瞑りながらでいい。俺が迎えに行くから!」




「せ、先輩! 助けてくださあああああい! うわあああああああん!」




 声に反応できるくらいには近いか、もしくは視界に頼らないやり取りとして声だけは許容されているのか。風すら行き交うのをやめて眠りについた昏き町に耳を傾け、声のする方向を大雑把に捉えて歩いていく。どう引っかかるかは分からないが、近距離を見る時は焦点を合わせないように。こんなのはNGと何ら変わらない。

 条件を満たしたら即死、満たさなかったら何も起こらない。それを誰も教えてくれないから勝手に察するしかない。

 NGは自分の物に限っては条件をなんとなく察する事が出来るくらいで、詳細な事は何も分からない。ほら、怪異だかお化けだか幽霊だか心霊だか良く分からないが、そいつらを相手にするのと何が違う。

「真千子! どうしてこんなところに来た!? 助けてってのはなんだったんだっ?」

「あ、あ、はい。わ、私が洗面所に行ったら、鏡の中の私が出てこようとしてきたんですううううう! わた、わた、うわああああああん」

 事情の分かりやすさはこの際問わない。今は位置を特定する為にもとにかく声を出し続けてほしい。ここまで町全体が静かだと明衣程ではないが正確に位置を把握出来る筈だ。目の前の信号が赤になったのも構わず交差点のド真ん中を突っ切って近づいていく。

「わ、私急いで部屋に逃げたんです! 叫んだのに誰も来なくて! ま、窓を叩く音がしたら振り返ったらああああ! い、岩垣先輩に顔を掴まれてえええええええ!」

「何もないか? いや、何も取られてたりしてないか?」

「ううううううううう…………」

 見覚えのある制服を着ているが、この女性は違う。声に反応しないのは偽物だ。俺を騙そうとしている。おちょくるような真似をする女性は性分上蹴りの一つでも入れたくなるが、まともに通用するとも思わないのでぐっと我慢する。

「何も取られてないかっ?」

「ううう…………た、多分! 分からないです! 鏡とかあれば……」

「馬鹿! 反射する物を見るな!」

「え、あ―――」

「真千子お!」

 カーブミラーにしろ水たまりにしろ自動販売機にしろ、ここには反射出来る物体が多すぎる。殆ど何処を見ても条件に当てはまるこの状況で頼れるのは己の耳と……強制死亡条件(NG)。人っ子一人居ないこの状況でNGが発動しない理由として考えられるのは二つ。『かがみしめし』に隠れていたこの怪異が人物判定を受けているか、真千子が近くにいるからだ。視界に対する徹底的な制限度合いからして後者の可能性が高い。なら、目なんて最初から見えてない方がいい。焦点をずらした目を半分、もう片方は閉ざしておくくらいでもいいだろう。殆どぼやけて見えないが、それでも最後に聞こえた声の位置は割り出せる。




「先輩! たすけてえええええええええええええ!」




「真千子!」

 焦点を戻して左側面を見遣ると、公衆電話ボックスのガラスに半分以上体を吸い込まれる後輩の姿。ガラスに吸い込まれても内側に行くだけだろうなんて思うな。透明な素材だから分かるが、吸い込まれた身体はボックスの内側ではなく反射した向こう側の景色に移動している。多分戻る手段はない。

 同時に俺もガラスの反射越しに彼女を引きずり込もうとする女の顔を見たが、そこには何もなかった。ぐずぐずに溶けた醜い顔と、それより遥かに鮮やかな瞳。


 私の……………顔が…………ないの…………かお………顔…………


 後輩の手を掴んだ瞬間、反射景色の中から明衣の顔をした存在が割り込むように俺の手首を掴んでくる。二人分の、それも人ならざる力には俺も為す術がない。徐々に、確かに、真千子と共に引きずり込まれていく。

「―――――は、ははは! あっはっはっは! 随分可愛らしい姿になって表れたな。動揺でも誘おうってんだろうが……俺は! そんな可愛い奴と知り合いになった覚えはねえな!」

 コンクリートの上で踏ん張るも、水たまりに足がかかる。今度はそこから遥の姿をした怪異が俺の左足を引っ張るようだ。四肢を引きちぎられる勢い、まるで綱引きは拮抗していない。

「やだ! やだあああ! 先輩助けて! 死にたくない! おうち帰りたいよお!」

「………………泣きたいのは俺の方だ真千子! お前を……こんな手段でしか助けられない自分が恥ずかしい。出来るなら一人で助けたかったさ、だけど駄目だ。俺には誰一人救えない。安心しろ! プライドなんてこの際どうでもいい。お前が死ななかったらそれでいいんだ!」

両肘まで引きずり込まれる。そこからはもう、勝負は決したに等しい。反射景色から現れた無数の手が俺の身体を蝕むように次々と現れて引きずり込んでいく。

「殺したいか! 俺を! いいぜ殺してみろよ! 俺を殺せるもんなら是非やって見せろよ! お前らみたいな存在には一生かかっても無理だ! この世の中にはたった一人だけ、俺が死ぬのを容認しないクソ野郎がいやがるから!」

 



「そうだろ――――――――明衣」
















「はいはーい、その通りでーすっ。パチーン!」

 何処からともなく現れた明衣は俺の背中を通り過ぎると別のガラスから反射景色の中に手を入れて、ハサミで白い服の女の髪を切り落とした。

「貴方のNGは髪を切る事! 駄目だよお化けさん、私を相手にしないで助手を狙うなんて卑怯じゃないの。脚本として面白くないじゃん! 狙うならわーたーしっ。助手の人生はさ……誰にも渡さないよ」

 直後、あらゆる手が引っ込み、反動で真千子も勢いよくガラスの中から引っ張り出される。恐怖のあまり俺の顔に上ろうとする後輩を抱きとめてガラスの中を見ると、女が両手で顔を鷲掴みにしていた。

 次の瞬間、剥落。


 顔! 顔がああああ! わたシのかかかかカ顔おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「駄目じゃないの、かがみしめしをしに来た人の顔を剥がすなんてひどい事は! まして私の助手だよ。何してんの。ほんと」

 





 うヤああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあ!


 


 


















 認める。

 俺は、明衣に生かされている。明衣に守られて生きている。こいつがいなかったら俺はもっとずっと前に死んでいる。そんな事は分かっている。選ぶ権利はなく、望む願いは得られず、誇るべき生き方もない。

 そんな自分が嫌いだ。コイツに守られないとまともに生活出来ない自分が大っ嫌いだ。NGを破らないでいられるのはコイツが傍に居るからだ。死のうとは思わないが死なせてくれるとも思っていない。

 郷矢乃絃の人生は、彩霧明衣に依存する事でしか成立していない。助けたいと思う事すらコイツなくしては無駄な努力で、助ける為の無茶ぶりすらコイツがセーフゾーンになってしまう。どんな事をしても、いつも背中にはコイツが居る。ニヤニヤヘラヘラして全てを一瞬で終わらせる。


 それがどんなに苦しいか分からないだろう。分からなくていい。分かってもらう必要はない。


 どんな時も明衣に助けられないといけない自分が、殺したくなるほど惨めなだけだ。

「もう、駄目だよ助手。探偵様を置いといて一人で無茶するのはっ」

「………………………」

「へ ん じ」

「……ああ。また、助けられたな。ありがとう」

 顔なんて見たくない。

「それで良しっ! さ、こんな所からは帰ろっか。真千子ちゃんも家に帰りたいって言ってるし」

 声なんて聴きたくない。

「どうやってここまで来た。お前には手がかりなんてなかっただろ」

 明衣の手が顎に触れる。クイと持ち上げられて、彼女は妬ましそうに口元を緩ませた。目を嗤わせながら。






「私と来る前に、誰かと『かがみしめし』の場所に来た事あるでしょ! そういうの、良くないからね。貴方は私の助手なんだからっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ