デッド・エンド・ショータイム
雨は、今日も降っているようだ。
「助手、探偵のBGMをかけといてね」
「近所迷惑すぎるのでダメだ。学校着いてからな」
探偵と言えば容疑者を全員集めて推理ショーを披露する事らしい。今に限った話ではないが、事件が起きた時はこいつが最も緊張感のかけらもない最悪なトリックスターだ。事件をダシにして遊んでいる。
傘を差しながら歩いていると、事件の終わりを予感していく。これでも長い付き合いだ。不本意ながらこんな関係で居ると、そろそろ終わるかどうかも分かってくる。俺には真相がさっぱりだし、別に真相なんてどうでもいい。ただ真千子が守れたらそれでいいし、もっと言えば明衣が大人しくしてくれていたらそれで充分だ。こいつの持ち込む悲劇を他に飛び火させちゃいけない。
―――
明衣は。死ぬべきだ。
こんな奴は人間社会に置いておくべきじゃない。みんなそう思っていても手を出せない。今はそれがもどかしい。ずっと。棘のように刺さっている。
「雨が降る夜には、何だか無性にセンチメンタルになるよ。そういえば昔は乃絃君、雨が嫌いだったよね」
「雨が降ったら……遊べなかったからな。子供の頃は遊ぶ事ばかり考えてた。地面がぬかるむ雨が嫌いなのは当然だ」
「貴方は一人が嫌いだったよね」
「嫌い…………そうだな。一人は、辛い。寂しかったよ。お前もそれで俺を笑うか? 泣き虫の弱虫だとか、うざい奴だとか」
「笑わないよっ。一人は楽しくないもんね。この世界に一人ぼっちの人間しか居なかったら怪異なんて生まれてない。悲劇もない。そんなのってつまらないでしょ。人は自由であるべきだよ乃絃君。どんな人間も縛られるべきじゃない。幸せに生きる権利があると思わない?」
NGの存在する世界でそんな事を言うなと。
誰だって望んで縛られたい訳じゃない。俺も含めて条件を破ったら即死するなんて概念に縛られたい人間は居ないだろう。幸せに生きる権利とやらはNG次第で幾らでも剥奪される。まずこれが何なのか。明衣でなくともまずこれが知りたいし、口に出さないだけで彼女がNGを暴くのもそれが理由だ。
その為の致し方ない犠牲とやらは存在しないが、価値観がおかしい人間には何を言っても通じない。
「さて、到着したね!」
「到着してしまったか」
「助手、悪いけど校門閉めといてくれる? 私達も覚悟を決めて向き合おう。その為に必要なのは事実上の密室だから」
「何言ってるのか分からないけど、勝手に閉めていいのかこれ」
「鍵ピッキングよりはマシでしょ?」
一応、悪い事という認識はあったようで安心した。校門を閉めると、明衣は塀を飛び越えて外側に回る。後をついていこうとすると、内側から付いてきてほしいと言われていくのをやめた。言われた通りBGMをかけながら、ついていく。
「いい感じ! さて、事件の整理をしようか。きっかけは相談箱に投函されていた一枚の手紙から始まった……バスケ部に不審者が現れているという話。そいつはトレンチコートを着た怪人で、いつも体育館の外周に現れます。中から見た時に入るのに、外に出て確認しようとすると消えてしまうそんな不審者の調査を頼まれましたとさ」
「そうだな。最初俺達が調べた時は何もなかった。だけど夜に調べ直したら変化があったっていう流れになる」
「そうだね。それで……うん、到着した」
フェンス越しに、俺と明衣が向かい合う。間には当然あの祠っぽい何かがあるものの、別に俺に対して怪異が干渉してきたりはしない。それが当然という雰囲気だが―――妙な事がある。また、あの足跡が現れているのだ。フェンスから窓に続くあの。
「……? 今日も来たにしては、随分そのままな足跡だな。前回をなぞってるみたいだ」
「うん、助手のお察しの通り、前回そのままだよ。雨が降った日に出るなんて話は聞いてないけど、雨の日にお化けが出やすいのも確かだからね。この世には反射する物が多すぎるからね。合わせ鏡は簡単に作れちゃうよ」
「……お化けが足跡を保存してるとでも?」
「犯人を捜してるって言ったでしょ? それで水性ペンもほら……やっぱり落ちてる!」
「…………で、これをどうする?」
「どうするって、わざわざ怪異が手がかりを保存してくれてるんだから私達で犯行を再現してあげよう。分かり切った事だけど、トレンチコートの怪異は多分こっちに敵意なんかないよ。あるのは……その変な墓っぽいのを倒した愚かな人だけ!」
明衣はフェンスを飛び越えると、祠っぽい物を軽く蹴ってから窓に近づいた。
「多分こんな感じで入ってきたと思うんだよね。で、水性ペンを取って、窓に近づいた……」
ここで、疑問。
水性ペンを持って近づいたという事は中に用事があるか、もしくは窓に何か書いたという事だ。しかしこれは水性ペンで、ガラスのような術らかな物体に書いても乾かなかったらすぐに落ちてしまう。まして雨の中で乾きにくいなら猶更、ここにメッセージを書いても消えてしまうだろう。雨に当たらなければいいが、雨の角度次第では存分に晒される位置にある。今回の飴は正に該当する振り方だ。
「何を書いた?」
「多分、夕方から夜になりそうなくらいの時間帯だったのかな。私が思うに、中にいた人物への指示か、単に開けてほしいって意思を伝えたかっただけだと思う。窓が開かないと雨は中に入らないもんね」
「いや、窓は事実上の嵌め殺しだぞ。前も見ただろ、砂が詰まってた。動くようにしてるなら取り除かないと」
「これは引き違いの窓だよ助手。ほら見て、反対側の窓がスライドする方向に砂なんか溜まってないでしょ?」
見ると、雨水は溜まっているが動かす事には何の問題もなさそうに思える。犯行の再現というなら今度は俺が体育館側に回って開ける番なのだろうか。
―――NGは、大丈夫じゃないだろうな。
ここから明衣が動かないとして、体育館の外周と昇降口には随分な距離がある。条件を満たすか満たさないかは微妙な所。
「……明衣。再現だけならお前も一緒に来るべきだ。窓が開くなら改めて窓から外に出ればいいだけだからな」
「? どうしてそんな無駄な事を? 靴の履き替えを無視してない? 幾ら私でも学校を意味もなく汚すのはちょっと気が引けるな」
「―――外に出るのも入るのも同じだろ。外から中に入った奴も結局外には出ないといけないんだ。体育館にどんな痕跡が残るかどうかもついでに調べられるぞ」
俺のNGがバレているのかいないのか、それは分からないが、分からないからこそバレていないという前提で動かないと話にならない。これはいつも悩みの種だ。俺までこいつの言いなりになってしまったらもう誰も止められなくなる。
いつもそれっぽい理由を作るのもそろそろ疲れてきた。自分でも無理があるなんて分かっているが正直にNGの事なんて話せるか。
「成程ねっ。うん、わかった。一緒に行こっか」
なぜか納得してくれたので二人で体育館の中に移動した。
やはりというかこちら側からは砂が詰まって開けなさそうに見える。怪異が状況を保存しているというのはどうやら本当で、同じ位置が濡れていた。反対側の窓に指を押し付けて力いっぱい引くと、想定以上にあっさりと窓が開いてしまう。
「ここから入って……濡れてるだけなのは靴を脱いだって事でいいのかな」
「土も踏んでるから靴のままだと汚れるよな。で、濡れた奴が直立してたら大体このくらいの濡れ方になるだろ。雨が入っただけって可能性は今潰れた。見ろ、雨が入り込んでると道みたいになる」
「じゃあ開けてほしくて中の人物に水性ペンで開けるよう頼んだ。袖の用具置き場なんてそれこそ用がないと来ないから、こっそり入るにはうってつけの場所だよね。あんまり人が来ないって時点でさ」
「すると次は入りたかった理由だけど……」
明衣は俺の顔を見て、珍しそうに首を捻った。
「おや、助手も珍しく理由が分かってそうだね?」
「…………女子バスケ部、不審者、真千子のストーカー。要素を取り出していけば関連性がありそうなのはバスケ部の近くで見つかった盗撮写真だ。あの時も確か、トレンチコートの奴が現れたみたいな話があった時だった。無関係とは思えないな」
「まあそっちは怪異がどうってより誰かが写真をわざと落としたんだと思うよ。そう、キーになるのは恐らく盗撮。女子更衣室にカメラでも置きたかったんじゃないかなー――?」
明衣が窓の外を見遣って、微笑む。雨が差し込むのが嫌で閉めていたが、ガラス一枚を隔ててトレンチコートの怪人が俺達を見つめている。帽子を深く被っていてマフラーで首を完全に隠したそいつは、やはり顔が見えないどころか。
そもそも実体がないように思えた。
「大丈夫。私達に真実を明らかにしてほしいだけだから。間違えたら分からないけど、私は名探偵! ぜえったいに、外さないもんね?」




