華麗なる推理の犯行声明衣
「お邪魔しまーす!」
ただその一言が、今まで安全地帯だった場所に戦慄が走る。両親には予め連絡をしていて、干渉しないように伝えた。NGにダイレクトに触れる可能性のある遥にも部屋で何かしていろと伝えて受け入れる準備は万全。俺以外に明衣と関わる事は許さない。
「うん。久しぶりに来た気がする。乃絃の家って感じ」
「階段で転ぶなよ」
「エスコートしてよ♪」
「そんな格式高い場所でもないんだけどな」
「ドレスでも着てほしかった?」
「やめろ」
だが家で勝手に怪我されると滞在されそうだし、用事が済んだら大人しくお帰りいただくためにも素直に手を引っ張って階段を上がる。明衣の手はあまりに滑らかで柔らかくて、気を抜いたらすぐに離れていってしまいそう。こいつの首輪はきちんと俺が握っていないといけない。花弁が風に乗るように、蝶が何処かへ飛びだつように、自由を許せばどんな被害が出るか分からない。
「昔見た時よりもさっぱりしてるね。ベッドも広いや」
「前からずっと子供部屋な奴なんて居ないだろ」
「それもそっか……匂いは変わらないね。貴方の匂いが充満してる」
「なあ、気持ち悪い事言ってる自覚あるか? お前は客観的に見れば美人だけど、それでも限度があるぞ犯罪者」
「? 臭いなんて一番盲点になりがちな事だよ。視覚、聴覚、そして嗅覚。目で見るのを躱して音を殺しても、臭いまでケアしてる人はすくない。もしかすると私達に謎を解かれたくなくて誰か入り込んでるかもしれないからね。防犯の一環だよっ」
「…………あのな。口でどんな言い訳しようがもうその絵面が犯罪的だって分かれ。俺がお前の身体に飛びついて匂い嗅ぎだしたらもうそれは気持ち悪いだろ。同じことだ」
「やってみよ!」
有無を言わさずベッドに取り押さえられると、全体重が身体に乗って胸の谷間が顔にのしかかる。呼吸を全くしなければ匂いなんて関係ないのだが、明衣はその辺りを良く分かっているせいで重力による胸の垂れ下がりを軽く顔にかけるような位置取りをキープしている。
「どう? 私の匂い覚えた?」
「死ね。誰が覚えるか」
「覚えないと長く続くよ?」
明衣がにやにやと悪戯っぽく笑っていて無性に殴りたい気持ちが湧き上がってくる。だがそれは無意味だ。こう見えて彼女は武力制圧に対する耐性を持ち合わせている。俺が本気でやれば勿論勝てると思うが、一度も取り逃がさずノックアウトする方法はない。
「覚えた。覚えたから離れろ。カメラを見るんだろ。俺を脅したくて仕方ないからこの家に来たんじゃない」
「本当に覚えたの? 私、まだ下着外してないよ」
「おい」
「結構真面目にさ、私の匂いは覚えておくべきだと思うよっ。雨が降ったら匂いが流れて分からなくなっちゃう。もし離れ離れになった時、せめて生存確認くらいは出来るようになっておかないとね」
「それが出来るのはお前だけだ。普通の人間はそこまで何も鋭くない…………待て。臭い? お前は耳が良い筈じゃ」
「余程色んなニオイが混じってないなら判別できるよ。ふふ、これも探偵術の賜物だね! 耳が良いのはその通りで、この部屋くらいの間取りだったら貴方の心拍も聞こえる!」
「噓発見器……って事か?」
決して笑いごとじゃない。
嘘がバレるなら俺がこれまで隠してきた全ては無意味だったと証明されてしまう。ややこしく考える必要はなくて、単に俺のNGは筒抜けだったというだけだが。
明衣はきょとんと首を傾げると、不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「それ、人間をバカにしてる。心拍程度で嘘が分かるなら苦労はしないよ。嘘っていうのはもっと複雑で、だけど単純で……疑うだけなら直感だけで十分だけど、暴くには時間が必要な高度な技術なんだから!」
「だけど嘘を吐くと嘘の維持にリソースを使っちゃって全部破綻すると思うぞ」
「そうだね。私がNGを見破れるのも同じ理由。だけどNGは隠さない訳にはいかないでしょ。ここがまた、NGの興味深い所だよね!」
本題に入る流れではなかったが、無理やりパソコンを持ってきてカメラから移した映像を再生する。明衣は慌てて机の前に駆け寄ってくると、正座のまま滑ってパソコンの目の前でぺたん座りになた。
「…………気になる所があったら止めるぞ」
「うん。いいよ」
しかし思い返すとそういえば明衣に伝えていない事が多々あったなと思い出した。鬼姫さんとの協力関係をどうしても悟られたくなかったから徹底的に情報を制限した結果……というのは、組む話が生まれてからついた道理だ。あの時は伝えるべきかどうか迷っていただけ。
「ストップ!」
カチッ。
止めたのは、地窓から明衣を映した場所。体育館の入り口に足が見える。当時は真千子だと思ったが……
「これ…………」
「真千子だと俺は思ったな」
「ちょっと、言ってよそういう事は。私も同じ意見だけど、でも実際は遭遇しなかったよね。やっぱり呪われてるのかな、あの子」
「やっぱり? するとかがみしめしってのに呪われてるのか。俺達は成功しなかったけど、アイツは成功しなかったと」
「いや、あれは心霊現象ではあるけどそんなタチの悪い性質はないと思うよ。だって知りたい事を教えてくれるだけじゃん。魔法の鏡と一緒だよ。世界で一番美しい人はだあれ? それは勿論―――?」
「耳を傾けても言わないぞ。ショーじゃないんだから」
「ノリが悪いね助手。ともかく粘着するような性質ならもっと有名になってると思わない? そういう怪異の粘着の最終形が、出会って対処を誤ったら死ぬに行きつくんだと思うし」
怪異の常識なんて分からないが、運が良ければ出会える占い師と町に頻没するストーカーと考えたら後者の方が話題になるか。危険性的に、どう考えても。
―――じゃあ誰に呪われてるんだ?
呪うような奴と出会った覚えはない。今まではその正体こそ『かがみしめし』だと思っていた。岩垣先輩も生き埋めにされた状況で嘘を吐く胆力はないだろうから心霊スポットに行ったのも本当で、この場所に行きついたのだから来たのはここ。
だけど『かがみしめし』は違う。
呪われてるのは確実だ。偽物の真千子がこちらに指を向けてくる怪現象を確かに目撃した。
じゃあ誰に呪われている?
それに真千子の方も外に岩垣先輩が居るみたいな話をしていて、鬼姫さんが塩を撒いたら黒くなっていた。呪われているのは俺の情報からも間違いないけど……正体が見えてこない。
「多分この即席のお墓みたいなのが、キーワードだと思うよ」
「確かにあれは変だな。でも映像には何もなかったし、俺も何ともなかった。大体この墓だか祠だか分かんない物体だけどな、怪異が居るなら怪談が生まれそうじゃないか。自殺した人が立ってるとか、鎧武者が居るみたいな。そんな話は聞いたことがないぞ。あったらトレンチコートの怪人なんかより先にそいつが出てくるだろうし」
「そこだよ。正に問題は。ねえ、あの時私達って恵まれてたと思うんだ。私は見つけられなかったけど、怪異はヒントをくれたんじゃないかな。見つからなかった筈の足音が見つかったり、気にするには十分な置き物があったり、水性ペンが落ちてたり、雨が降ってたり!」
「…………?」
「分からない? 怪異も犯人を捜してるんだよ。それはきっと私達のいう犯人じゃなくて……多分、あの足跡の持ち主だよ。ほらもう一回映像を見て。足跡はこの墓みたいな場所から生えてるけど、この後ろって私が調べてたフェンスでしょ?」
「…………」
怪異の件も含めると、俺は単純にここから怪異が―――トレンチコートの怪人が生まれて歩いて行ったとばかり思ったが。フェンスから飛び降りて着地したのがこの場所だった、という事か?
「うんうん、助手も気づいたみたいだね。それじゃあ現地に行ってみよっか。私も色々繋がってきたよ。大雑把な真相は分かってるけど、こういう繋ぐ過程が一番楽しいよね!」




