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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
3rd Deduct オニナキの夜

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夜警なお世話

 これまでの話をまとめるなら実害はあまりない。得体のしれない痕が身体に残るとか毎晩金縛りに遭うとか物がなくなるとか。だから傍から見れば不安に思いすぎだと言ってもいいのだが、真千子の精神的な余裕は日に日になくなってきている。ストーカーなる存在に縁はないが、用もないのに明衣に付き纏われるようなものだと思うと心中は察するに余りある。

 こんな状態で練習になるとは思わないので、顧問には事前に断りを入れてからキャットウォークの方へと移動した。単なる休憩だからここ以外の何処かへ連れていこうとは思わない。俺がこの部活に関わっているのも調査の為だ。何か不純な目的があると言われたらそれこそ不本意である。

「落ち着いたか?」

「はい、すみません……先輩、有難うございます。私、昨日誰にも言えなくて。家族にも全然……岩垣先輩とのトラブルも、面白がってたっていうか」

「痴話喧嘩って思われたんだろうな。悩んでても学校には行けてたんだ、そんな深刻じゃないって捉える奴が居ても不思議じゃない。学校に行けるか行けないか、会社に行けるか行けないかでメンタルを判断する人はそれなりに居る。行けるなら大丈夫だってな。家に居たくないんだろ。塞ぎこんでても事態は解決しないし、学校に居た方が友達と喋れるもんな」

 こくこくと頷きだけを見せるのは泣いていると喉が締め付けられて上手く声を出せないからだろう。昔は俺も泣き虫だったから気持ちは分かる。上手く声が出せなくて、それすら無性に悲しくなってまた泣いてしまう。本来は説明すらさせるべきじゃない。話そうとするだけで感情の蓋が外れてしまうのだ。泣き止ませるのが不得意だと自覚しているのにそんな真似をするような奴が居たら、そいつは泣き顔を見たいか単純にバカかどちらかだ。

「…………大丈夫だ。学校に来てくれるなら、俺と明衣がお前を守る。アイツはゴミだが依頼人をぶち殺すような真似はしない。探偵の真似事をさせてくれる奴は大事に扱う筈だ」

「ぐす、ぐす…………」

「……………」

 こういう時の対処を、明衣から教わるべきだろうか。癪に障る方法でも、困るなら頼るのも仕方ない。泣き虫だった過去はあるが、だからって慰める方法を知っている訳ではないのである。なんとなく……心のどこかにあるぼんやりとした記憶では俺も抱きしめられていた気がするので同じ事をしている。合っているかは分からない。

 バスケ部の部員達もメンバーの事が心配なのかこちらに視線を向ける者も居る。練習中にも拘らず内緒話をする程度には気になっている様子。これは、進展については全体に報告するべきだろうか。ストーキングは別の話題として、このバスケ部に謎の不審者が現れる事が本題だ。それとこれが繋がっているかもしれないというだけで。

「……そろそろ事情を聴いてもいいか?」

「…………は、はい。その、岩垣先輩から電話がかかってこなくなりました。何か、してくれたんですか?」

「聞きたいのか?」

「え。はい。それは勿論―――え?」

 怪訝な顔をする後輩に、なんと言ってやればいいものか。だが明衣の危険性を教える為にも嘘は吐くまい。窓越しに明衣の調査をそれとなく見ながら、俺は読唇術を使われないように手で口元を隠しながら呟いた。

「明衣に重要参考人として生き埋めにされてる。だからお前には物理的に関与出来ない」

「――――――えっ」

「ピンと来ないか? 地面の下に監禁されてるって言えばいいか? だから、その件は大丈夫だ。物理的にどうにもならないからな」

 元気を出せ、とは言えない。侵入思考にもならないような異常な行動をアイツは平然と行うし、そんな考えが微塵も過らない常人は真千子のようにサーっと血の気を引かせる。明衣の方を見遣るような素振りは手で制した。

 そういう、津波を見るような怖いもの見たさは気づかれるから。

「き、聞かなかった事にしますっ!」

「賢明だな。電話がかかってこなくなった所から話を続けようか。平和な日々を過ごせているようには見えないぞ」

「…………窓を叩かれるようになったんです。最初は特に気にしてなかったんですけど、夜、寝ようとするとずっと叩かれて―――私、外を見たんです! そうしたら岩垣先輩がじっとこっち見て、指さしてて…………私を」



「……なるほどな」



「岩垣先輩は本当に生き埋めにされてるんですか!? だったら、私の所に来た先輩は一体誰なんですか!? さっき先輩の話を聞いて、私わかんなくなりました! 確認したいです!」

「……要望は分かった。明衣に聞いてみよう」

 また外を見ると、明衣がこちらに向かって手招きをしている。ニコニコ笑って、子供でも招くみたいに掌を下に動かして。向こうに進展があったか。真千子から手を離すと、立ち上がって、すぐ行く旨のサインを送る。

「そろそろ部活に戻った方がいい。嫌なことは打ち込んで忘れろ。俺は向こうに行くけど……またコートの男が現れたらその時は全員で叫ぶんだぞ。分かったな」

「は、はい。みんなにも言っておきます」

「よし」

 行儀が悪いと分かった上で、手すりから直接飛び降りて体育館を後にする。あの参り方からして、そう猶予は長くない。発狂されたら、実質的には俺達の敗北だ。気の狂った人間は怪異や不審者など無関係に何でもする。それを止める方法は隔離病棟にでも送るくらいしかないだろう。日入にしてもそうだが、俺は誰にもそんな目には遭ってほしくない。調査を急がないと。

昇降口から体育館の外側まで回り込む。明衣は水分補給の只中であり、近くの自販機から買ったであろう天然水を呷っていた。

「いやー、暑いと調査も少し休まないといけなくて困るよねー。貴方も飲んだ方がいいと思うよ? 熱中症で倒れたりしたらやだもんね」

「何がみつか…………ああ」

 わざわざ説明を貰うまでもなかった。明衣はワイヤーカッターやらペンチやらで網を幾らか切り取った状態で何やら色々調べており、頂点付近に指紋と、血液反応が見えている。無断で敷地にダメージを与えているのはどうかと思うが、こいつに良識を問うのは今更だ。

「飲む?」

「お前のは飲まない。これは……指紋だよな。人為的な反応だ。血液反応があるって事はここを無理やり突破しようとした奴が居るって事か。しかも丁度体育館が目の前にある。それじゃあトレンチコートの怪人は人間か?」

「私もそう思ったけど、衣服の繊維は検出出来なかったんだよね。トレンチコートだよね。そんなに厚い生地を着てここを通ったなら繊維くらいとれるような気もするけどな」

「雨のせいで流れたとか」

「可能性としてはあり得るけどね。泥臭い捜査をするなら生徒全員の指紋を採れば解決するけど、探偵って感じはしないよね。指紋と血液の位置からして、この指紋は左手側かな。結構指は細くて……この方向だと順手で有刺鉄線に触れて怪我をしたんだと思う。そう考えるとここにつく指は親指かなあ」

「細くて体育館……手っ取り早く体育館使ってる生徒を全員分調べるか? もしかしたら犯人が居るかもしれない」

「やってもいいけど、無駄に終わる可能性が高いと思うな。だって目撃された後は何処に逃げるの? 体育館利用者なら尚の事、意識しなくても相互監視状態になってるだろうから抜け出すのも大変だよ。トレンチコートも保管しておく場所がないんじゃない? ここが過疎部活だったりしたら、色々あるだろうけど」

「そうか…………ああ、思い出した。明衣。お前が参考人として監禁してる岩垣先輩が昨夜真千子の家に来て、窓から彼女を見てたそうだ。一応聞くんだが、生き埋め状態から自力で抜け出せる可能性は?」

「ビーチで砂に埋められるのだって、上に沢山積まれたら動けないでしょ? 私が使ってるのはあんな柔らかい砂じゃなくて土だよ。それも昨日は雨が降った。自力で抜けるなんて不可能だと思うけどな」

「心配らしい。確認したいんだと。だから悪いけど、お前の家に真千子を連れて行ってくれないか。それで確認してやってくれ」

「ん? あ、埋めてるのは私の家じゃないよ。だから乃絃君も安心してきてくれていいからね。こんな関係なのに、家に行くのは良くない事だって思うんだから、貴方は本当に紳士だね!」

 違う。こいつの家に行くのが単純に嫌だから行きたくないだけだ。

「さて、今日の調査はこれくらいでおしまいかな。後は部活が終わるのを待ってようか」

 お疲れさまーと、ひらひら手を振りながら去っていく明衣の背中に声を掛ける。

「お前が切断したこれについてはどうするんだ?」

「え、別に何もしなくていいでしょ? あってもなくても同じじゃん」

 わざわざ指を向けてそれとなく咎めたものの、やはりコイツは気にも留めない。気になろうと俺の手では直せないのがむず痒いか。切り開かれた金網を潜り抜けて体育館の方に近寄った。地窓との位置関係からして、大体この辺りにトレンチコートの怪人が出ると思うが…………








「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」









 換気の為の窓から引きちぎったような醜い叫び声が聞こえてくる。地窓から顔を出すと、部員の一人が俺に気づいて目の前で伏せた。

「ご、郷矢先輩! 怪人です! またいました! そっちに逃げました!」

「はあ!? そっちって、どっち!」

「右! あ、いや、先輩から見て左側!」

「はあ!?」

 その方向に逃げると、昇降口からも姿が丸見えになるが。一先ず言われた通りにその方向へと向かってみるが、叫び声と俺の接近にタイムラグはなかった。そこに居たなら、俺の目にも映っていた筈だ。まさか見失ったとでも?

 ますます怪異の仕業と思えてならない状況がそろう一方で、足元を観察していると興味深い物体を発見した。




「…………………………これは」




 ……全く勘弁してほしい。


 街中に放火した俺が言えた義理ではないが、これはどう考えても犯罪だ。とても褒められたものじゃない。幸い一枚しかないようなので、回収してジップロックの中に閉じ込めた。顧問の先生に話すべきか悩んだが、あの隠蔽体質を見るに相談しても部を混乱させるからと黙殺されるのがオチだ。それに俺も、活動を邪魔するつもりはない。イケない事をしている自覚はあるが、やっぱりそれも今更だ。明衣の傍で助手なんてやっておいて、善人ぶるなんて滑稽である。


 しかしどうしてこんな場所に、女子バスケ部の更衣室隠し撮り写真が落ちているのだろう。雨にも濡れていない、土にも汚れていない。直近、誰かが意図して落としたとしか思えないが。

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