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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
3rd Deduct オニナキの夜

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不信者、不審者、腐心者

「……」

「わーお」

 ステージ袖の用具置き場。部活で使う様々な道具が整頓されて置かれているその場所に、痕跡はあった。普段誰も使う事がないから開けられる事もなく事実上の嵌め殺しになっている窓の足元。かなりの面積が濡れている。そう、丁度人がここから入り込んだらこれくらいは雨も入り込む。時間が経過して幾らか乾いている様だが、この窓の存在に誰も気づかなかったという事は当然誰も床を拭こうとはしていない。生乾きの臭いもそうだが他と比較すると床の色が明確に濃くなっており、侵入の痕が窺える。

「凄い! 凄いよ助手、痕跡だ! これでまた一歩推理が進んじゃったねっ!」

「こんなのに気づかないなんてあるか?」

「みんな前を向いて生きてるんだよ。足元の変化なんて気付きっこないよ。気にも留めないどうでもいいものを道端の石ころみたいな言い方するでしょ。床が多少濡れてたって、しかも貴方の言う通り騒ぎになる前から居たんだとしたら―――痕跡も当たり前にあった筈だから、猶更怪しめないよ」

「傍から見たらどうして怪しまないのか不思議に思うって奴か……悪かったな。下ばかり見る人生で」

 窓に近寄って周辺を観察してみる。鍵はついているが用事がないなら基本的には閉まっているし、ここを誰も気に留めないならその状況は変化しない。引き違い窓の下枠を指でなぞってみると砂が溜まっており、そういう意味で言ったつもりはなかったが本当に嵌め殺しのようになっていた(俺の方は誰も使わないから開けられないという意味で言いたかった)。随分堆積していて、完全に除去しようとしたら細長い棒で固まった砂を弾くか、いっそ高圧洗浄機で全部洗い流すか。どちらにせよ手間はかかりそうだ。

しかしその手間をかけない事には窓は開けられそうもない。砂が食い込んで、スライドはスライドと言える程滑らかではないのだ。

「……ちょっと待て、何で床が濡れてるんだ? 雨が降ったのはついさっきの事だ。初めて調査に乗り出した時には雨なんて降ってなかった。まさかと思うが、俺達が帰った後に現れたのか?」

「それなら連絡があってもいい筈だよ。それに、スライド部分に詰まった砂は最近動かしてない証拠だよ。鍵も閉まってる事まで考慮すると中に協力者がいる可能性も低いね。うーん……矛盾してる、かな。人が入るには状況が整っていないのに、誰かが侵入した痕跡はある」

「お化け、怪異。呼び方はなんでもいいけど、またそっちの類か? 詳しくないんだ、そういう奴だった場合は一から調べないと行けなくて面倒なんだが……」

 しかし、否定出来る材料がない。雨はさっき降った。人が直近で使用した形跡はない。なのに雨が室内に入った痕が残っている。勿論、夏だから雨が多くてという想定も出来るが、昨日降っていたとしても流石に乾くし、この仮定はそもそも無意味だ。窓が開いた形跡がないという事実を覆せていないから。

「…………少し外を回ってみるか。お前も中の調査を引き続き頼む。俺は体育館の外周を撮影してきて、まあ何もなかったら戻ってくるよ」

「気を付けてね。何が来るか分からないからっ」

「害があるって話は聞いた事ないし、大丈夫だと思うけどな……一応お前も携帯から撮影しとけよ。これは偏見だが、その手の怪異は映像に映りやすいからな」

「うんうん。先入観を持つのは大切だよね。人の内面を理解するのにも、強い先入観を元に仮説を立てて真偽を判別していく事が重要だから。あれ、そう考えると怪異と人間って実は近いのかな? そう言えば怪異って多くは人の噂から―――」

「関係ない所で勝手に盛り上がんな雨女。お前が始めた相談箱ならせめて依頼に集中しろ」

 昇降口を経由して外に出る。豪雨にあらゆる音がかき消され、目を閉じれば瀑布に打たれているようだ。こんな時間に学校へ向かう用事のある人間は居ない。傘に次々のしかかる重みは水滴よりも気怠さに近い。誰がこんな調査を進んでやりたがる。

 カメラ越しにも件の存在の姿はなく、雨が降る前に調べた通り痕跡もない。傘から外れた雨が身体を打って段々寒くなって来たので早く切り上げたくなってきたが、そんな手緩い真似はしたくない。草むらにしゃがみこんでハンディカムを近づけてみる。

「………………あった」

 映像とは別に写真も撮っておく。足の大きさからして男性だろう。詳しく計測は出来ないが、俺より少し大きいくらいか。俺が警察なら下足痕から靴の種類を特定したい所だが、生憎そこまでの知識も科学道具もない。ただ見覚えがある様な形はしている……靴なんて多すぎて、気のせいかもしれないが。

 足跡は俺達が違和感を覚えた窓まで続いており、そこでハッキリと途切れている。何にせよ直接乗り込んだなら中には泥が残っていてもおかしくないが、残っていなかった。

 普段、バスケ部がそいつを目撃する窓から中を覗き込むと、明衣と目が合った。ニコニコ微笑みながら俺に手を振っている。『見えるよ!』とでも言っているのだろう。汚らわしい。だが調査は真面目にやっているようだ。携帯をぐるぐる回して気になる場所を撮影していた。

「他に何か……あったらいいけどな」

 足跡を逆にたどれば侵入ルートも分かるだろうか。踏み折られた草を見つけてはどんどんと体育館から離れていく。


 そうして見つかったのは、何でもない木の根元に積み上がった石と木。


 俺にはそれが、簡易的な墓か祠に見える。

 足跡は明確にここから生えてきて、あの窓から中へと入っていった。じゃあここから犯人はやって来たかと言われるとそれもまだ断言出来ない。すぐそこにフェンスがあるから、どうにか有刺鉄線を乗り越えてここに着地すれば同じようには出来る。有刺鉄線をどう超えるかについては一旦考えない。

「……お。これは…………」

 水性ペンが落ちている。きちんと蓋は閉じているから雨の中に捨てられていてもまだ使える筈だ。だがどうしてこんな所に……?


 ―――これを俺達は、最初に調べた時見つけられなかったのか?


 あの時は足跡なんて見つからなかった。やはり俺達が帰った後、それも雨が降り始めた時にやってきたのか。それ以上は何も得られなかったので地窓を叩いて中の明衣を呼び寄せる。フェンスをすり抜けて華奢な手がクレセント錠を回して開錠。窓が開く。

「助手、その顔を見るに成果があったようだね」

「あるにはあったが、どういう事か分からなくなってきた。そっちは何か……無いと思うが、変化はあったか?」

 明衣の眉が下がると、つまらなそうに口が尖って喋りが遅くなった。

「それがー何もないんだよね。女の子一人になったんだから襲ってくれても良かったんだけど、名探偵に恐れをなしたかな。あ、でも考察材料は見つけたよ! 体育館の何ポイントか、何故か濡れてるんだよね。幅は大体人が直立してるくらいかな。ここで見つけたのはそれくらいで……ここじゃないなら、さっき知らない誰かが校舎に入って来たよっ」

「はっ、え、は? お前、この雨で聞き分けられるのか? 俺は何なら、この雨で大声で話さないと自分の発言が伝わってるかも不安なんだが」

「特定個人は分からないけど、乃絃君の足音は分かるよ♪ 何千、何万と聞いてきたもんねっ。いつどこで何をしてても、それだけは見分けられる自信がある! これも長年私の助手を務めてくれたからこそ出来る信頼関係の為せる業だよ!」

「きっしょ死ねよお前。下手なストーカーよりゾッとする発言しやがって。じゃあまさかお前、家の中の俺の動きも分かるのか?」

「うん」

「気持ち悪すぎるから今すぐそれを止めろ。終いには両足を切り落としたくなる……とにかく一度戻るからお前はそこを動くなよ! いいな、動くなよ! 興味本位で行ってみよーなんて言って、俺が戻ってくる頃にはここが空っぽだったりしたらはったおすぞ!」

「え、それって私を守ってくれるって事? 助手が頼もしくて私も安心して推理が出来るよ」

「ちげえわ勝手に動くなって言ってんだよ、助手だって言ってくれんなら猶更、今は行動を合わせるべきだろうが!」

 当然それも嘘であり。





 招かれざる侵入者が明衣に殺されるのを防ぐ為である。

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