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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
3rd Deduct オニナキの夜

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思考誘導の死相

 俺の事はしこたま殴ってくれたくせに、たった一発でダウンしたまま、大人しく言う事に従うなんて情けない……とは言わないが、こう言いたい。さっきまでの威勢はどうしたのかと。お陰で連れ回しやすくて助かっているが、反撃を想定していないなら攻撃しなければ良かったものを。

 俺がろくでなしと分かっているなら猶更だ。

「知っていると思うが……あ、思いますけど。明衣は俺以上のろくでなし。というか人でなし。アイツを人間とか言い出したら人類を代表して何者かに抗議されるってくらいのイカレ頭なんで、さっきみたいな態度はやめておいた方がいいですよ」

「…………」

「人が死ぬ事を何とも思ってない奴だから、どうなっても俺は知りません。出来れば賢明な判断をお願いします。岩垣……せんぱい?」

「も。もういい。普通に喋れよ…………敬語とか、要らねえから」

「あ、そう? そりゃ気を遣わせたみたいで申し訳ない。改めて誤解は解いておくけど、俺は真千子の恋人なんかじゃない。最初は女子バスケ部の付近に現れる不審者の調査。そこから延長して彼女のストーカー被害について調査してる所だ。それで、お前が疑われてる。実際どうなんだ? 家の前に居たけど」

「お、俺はストーカーじゃねえよ! そりゃ、そういう事もしたけど、今回は別の用事があったんだ!」

「別の用事?」

「最近、真千子に後ろをつけられてる気がしてんだ。それが怖いってんじゃねえぞ。ただいつでもどこでも、何の気なしにカーブミラーとか窓の反射とかからアイツを見つけるから気分悪くてよ……い、意味が分からねえ。俺から話しかけようとするときは素っ気ない態度なのに、俺から離れてると近づいてくるんだ! それが分からなくて……」

「…………」

 

 ―――どういう事だ?


 どちらも嘘を吐いているようには見えない。見えないが、自分で調査をするような気質の子には見えなかった。だから明衣の相談箱なんてトラップボックスにうっかり手紙を入れてしまうのだし。

「おまたーせっ」

 明衣が軽くステップを踏みながら俺に手を差し伸べる。

「shall we dance?」

「一人でやってろ!」

 手を掴んで、思い切り左側にぶん投げる。明衣はぎょっとした表情のままくるりと一回転して、ダンスでも踊ったみたいに右足をスタっと着地させた。

「付き合ってくれてありがとっ」

「馬鹿はいいから用件をな。隣に居るこの人が岩垣……せんぱいだ。せんぱいだから丁重に扱うんだぞ」

「おい、だからいいって……!」

「へえ、そっかそっか。助手、怪我は大丈夫?」

「単なる鼻血だ、問題ない。お前が来るまでに止まったよ。止まらなかったらちょっと病院に行ってたかもな」

「貴方がうちの大切な助手を傷つけたんだ?」

 明衣の視線は岩垣に。もう暴れる気配なんてないのに蛇より恐ろしい奴に睨まれてしまって可哀想に。デカパイだなんだと、軽口を聞こうという気力もないか。ここでこいつを殴ったり、胸を触ったりスカートに手を入れたりなど―――言葉通りの軽薄軽率な行動を取れたら俺は少し驚いていた所だ。命知らずな奴まで守る道理はない、と。

「で、彼はどんな人なの?」

「女子バスケ部の一人と交際関係にあってな。俺も少し話を聞いたけど、ちょっとした誤解があって手が付けられなかった。またぶん殴られないとも限らないし名探偵様に任せたい」

「おっけー。任せて! ふふふ、助手に名探偵の凄さって奴を見せてやりますよ!」

「やけに張り切るな。今日通話か? それとも現場?」

「現場! 待っててね、きっと情報を引き出して見せるからッ」

 ぐっと両手を握って縮こまるように腕を降ろす。今にもボタンの飛びそうなブラウスがぶるんと大きく揺れたが、岩垣先輩がそれに目をくれている事はない。そろそろ立ち直ってくれるた方が……明衣から早く解放されると思うけれど。

「それじゃ、またね。岩垣先輩は私と一緒に来てね?」

「う、ああ……ああ…………」

「…………」

 証人を見送る趣味はない。身を翻して玄関の扉を開くと、いつも通り『妹』の遥が立っていた。夜に少し喧嘩をしてしまったけれど、それと俺のNGについては全く関係がない。彼女が俺を殺したければ……好きにすればいいと思う。

「話、聞こえてたか?」

「聞こえてたけど概要は知らない」

「そうか。悪いけど今回も協力してくれ。ちょっと……嫌な予感がする事件なんだ」

「…………」

 手を洗いながら鏡越しに話しかけているつもりだ。遥はじっとこちらを見たまま動かない。腕を組んで、無言を貫いている。

「遥?」

「つーん」

「は?」

「つーん」

 

 顔色一つ変えずにそんな事を言われても。


 聞いた事のない擬音をわざわざ口に出して言ってくるという事は……いや、どういう事だ。聞く耳を持ちたくないという意思の表れなら……昨夜の口論をまだ引きずっているのか。あれは確かに俺が悪いかもしれない。かもしれないけど、彼女だって本当は分かっている筈だ。俺が、生きていてはいけないって。

「悪かった。謝るよ。お前の前で死ぬなんてもう言わない。言わないから機嫌を直してくれ」

「兄の馬鹿」

「馬鹿で悪かったって。妹の気持ちなんかちっとも分からない兄貴だよ俺は。罵りたいなら好きなだけ言ってくれ。お前の協力が必要なんだ」

「………………」

 遥は小さく溜息を吐くと、洗面所の前までやってきて、蛇口を止めた。

「もう手は洗わなくていいから」

「…………治らないもんだな」

「おしおき」

 華奢な指が、俺の額を強く打った。デコピンだ。罰と言われる程苦しくはないが、これで手打ちにしてくれるようだ。一足早く二階に上る『妹』の後を追って自室に戻ると、彼女は早速ホワイトボードを用意していた。

「そんな人物相関図を用意する程関係者を当たってないんだけどな」

「じゃあ、どんな話」

「女子バスケ部の近く―――だから体育館付近に現れる不審者の調査だ。トレンチコートを着ているのが特徴で顔は見られていない。明衣と一緒に痕跡を辿ったが侵入ルートすら不明だった。体育館の横には窓があるんだが、そこから顔が丁度見えないってなると結構身長が高い事が予想される。しゃがんでみる前に逃げられるんだろうな。特に実害はない……と思うんだが、その内バスケ部の一人がストーカーに悩まされている。同一犯かどうかは不明だが無関係って事はないだろう」

 遥は髪を掻き分けて隠れていた右目で窓の外を見遣る。

「時間帯は」

「バスケ部の方は部活中だから夕方から夜なんだろうな。ストーカーもその子が下校するんだからそのくらい……だと思う。校内でつけ回されてるかどうかは聞いてないが、流石にそれなら目撃者がいるはずだ。学年が違うだけで結構行動範囲は変わるからな。一年を不自然につける三年生の話なんて直ぐに聞けそうだし、その子もストーカーについて断言してないからな」

「被害はその人だけなの」

「俺にわざわざ守って欲しいなんて言うくらいだから現状はそいつだけだ。気になる事でもあったか?」

 遥は自身の胸を持ち上げると、その場で軽くゆさゆさと揺らしてみせる。

「好きなタイプの女子が狙われてるだけって可能性」

「例えば胸が大きな女性とか、って訳か。それなら明衣でもつけ回してろよって思うけど―――女子バスケ部にそんな共通点はないと思うな。ざっと見た感じはみんな髪は短いし、身長も別に……いや、男の俺があれこれ考えても無駄だな。ちょっとバスケ部の写真を見てくれ。確か好成績を収めたとかでネットにメンバーの画像が上がってた気がする」

「見てみる」

 遥は携帯で素早く検索すると、直ぐに画像は見つかってくれた。覗き込むと、たまたま今日は休んでいたメンバーだろうか。それ以外は見覚えのある顔ばかりだ。ついさっき見かけた。

「…………これで合ってる。顧問の先生までぴったりだ」

「……いる」

「ん?」

 『妹』が指をさしたのは、体育館のステージ台。その両脇に纏められたカーテンの隙間だ。画像が荒くて見えにくいが、そこには確かにトレンチコートを着た何者かの足元が見える。


 流石の俺も、背筋が凍る。


「おい、マジか。これ三か月以上前の話だったと思うぞ」

「嫌な予感当たったね。凄い」

「…………当たって欲しくはなかったよ。こんな勘ばかり鋭くなっちまって明衣のNGは分からないままで」

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