善良の残滓
うちの高校は男女でバスケ部が分かれており、不審者に困るような部活は当然女子の方だと言う偏見……否、案の定だ。男子の方は血の気が多いというか、困る困らないの前に手を出そうとする奴が居る。手柄を挙げて女子にモテようという不純な動機はもとより、単にムカつくという奴も居る。単に自分の居場所を荒らされて良い気持ちがしないのは、人の持つ知能以前の話だ。
「さて、先生? 話を聞かせてくれる?」
「は?」
「…………はぁ。すみません、こいつは流れを省きがちなので。実は―――」
顧問の先生の反応から明らかに公認の依頼でない事は分かった。というかこいつに依頼するなんてどう考えても状況が悪化する可能性も込みで、それでもどうしようもないから頼んだと言っているに等しい。先生を通したら許可なんて出ない。明衣の凶行は記憶に新しくて、俺の邪推になるが新任教師には毎度説明されているのではないだろうか。
諸々考慮すると、どうして子供に人気なのか分からない。
「確かに不審者がいるという相談は受けていました。でもそんな、名探偵の協力を受ける程じゃ」
「学校で先生は生徒を守るのも仕事でしょ? 自分達で解決出来ない事は他人に頼る。それは当たり前の事。先生がそういう態度だから誰かが私を頼ったんじゃないの? 頼れる大人が頼れなかったら、他の人を頼る。常識的だねっ」
「……こいつの意見に乗るのは癪だけど、言ってる事は正しいですよ先生。不審者がただ不審なままで居てくれる保障はないんです。困ってるのは女子バスケ部でしょ? だったらその内覗きとか盗撮とか、或いは手を出してくる可能性を考えるべきです。山内先生は女性でしょう。どうしてまた、そんな消極的なんですか?」
「…………」
「当ててみましょうか。度重なるクソ探偵の問題行動を咎められないもんだから学校に苦情が入ってるんでしょう? でも警察が止められない。だけどそんな事情を組んでくれる苦情もない。今度は部活で何か起きて悪目立ちしたら自分がどうなるか……って考えてるんじゃないんですか?
「そんな事は……」
「警察が何故か解決してくれないような状態を公表すれば責任は被せられないかもしれませんが、向こうにもメンツがありますからね。もしかしたら口止めされてるのか……されてなくても明衣を一時的に捕まえて、すぐ釈放ですよ。何の解決にもならないって言われてげんなりしてますか?」
元凶がどうにもできないのに責任ばかりが押し付けられる現状はさぞ苦しいだろう。俺には手に取るように理解出来る。山内先生は見透かされた事がお気に召さなかったか癇癪気味に『違う!』と言ったが、それが部活中の生徒の目を引いた。
「あ、明衣先輩!」
「明衣先輩だー!」
「部活って、生徒が主体だし、私はもう行くね。助手君、後は任せたよ」
「……任せたって言われてもな。先生、案は良かったですよ。名探偵呼びして好印象を獲得して気持ちよく帰ってもらおうみたいな魂胆は嫌いじゃないです。でも後ろめたい事があるなら有効じゃなかった……さっさと犯人が見つかれば何も起きませんよ。なんで、邪魔しないで下さいね。死んでも俺は守れない、今の先生の立ち位置はちょっと、悪すぎる」
詠奈にとって先生は敵ではないが。一度は嘘をついて隠そうとした、共犯者のような認識になっている可能性が高い。だから何か起きてしまった時に明衣の標的になったとしても仕方のない事だ。俺には止められない。先にNGを明かしてくれればそれを破らせないように出来ると前々から言っている通りが、それが出来れば苦労しないのだ。どうして俺に教えてアイツには教えないという構図が成り立つ。俺が悪用しない保証もない。探偵の助手だし。
膝から崩れ落ちる先生に怪我のない事を見届けてから前方の明衣に合流。メインで話す二人の後ろで本当に大丈夫かと不安そうに見つめる部員の姿。やっぱり人望というよりは最終手段のような扱われ方か。
「目撃するのは、練習中の窓越しとかなんです。部活が終わって着替える頃には探そうと思っても居なくなってる事が多くて」
「不審者の特徴は? それだけ目撃してるなら顔も分かる?」
「練習を中断する程ではないんです。最初は何人か行かせたんですけど絶対逃げられるから。でも特徴的にはその…………服が、茶色のトレンチコートを着てるんです。顔は見えなくて……これは学校の窓が悪いんですけど」
「トレンチコート……確かにちょっと季節外れかもね。顔が見えないって事は身長高めかな。うん、大丈夫! 名探偵が来たからにはもう大丈夫! 助手、外に行こう! 部活がいつも通り行われてないと警戒されちゃうからさ」
「…………不審者がもし襲ってくるような事があったなら俺が守るから、君達二人は明衣に出来るだけ目をつけられない様に振舞ってくれ。先輩から聞いてると思うけど」
「あれが郷矢先輩……」
「ね、遠目で見ただけだったけど私の言いたい事分かったでしょ!? あの―――」
トレンチコートの怪人と呼ぶべきかどうか。どちらかと言えば暑いこの季節にそんな重たい服を着る理由があるとすればかなり異常な寒がりか、NG絡みかだ。禁忌は人間様の社会生活に配慮なんてしてくれない。それなら季節外れも納得だ。
体育館の外周を明衣と一緒にぐるりと回る。観察するべきは足元だ。色々と見るべき個所はあるが最初に見るべきはどのルートから不審者が侵入しているのかだ。学校の周りは鉄柵があり、特に昔、不審者が多かったとか何とかで雑草の生い茂る裏側の柵には有刺鉄線も用意されている。これを飛び越えたとは考えにくい。漫画の人物じゃあるまいし。
雑草も踏み荒らされた跡がない。度々同じルートから侵入しているならその草は潰れている。こっちから来たという線は考えられないか。
「助手。ちょっと来て」
「ルートが絞れたか?」
「足跡がないの。それなりの頻度で来てたなら残ってそうなのにね。昨日雨が降ってたら確認しやすかったんだけど」
「残念だけど明日だな。でも……こんな所に用事のある人間なんて居ないんだ。残ってそうなものだけど、本当にそれっぽい物もないのか……」
二重チェックのつもりで俺も確認したが、足跡は見当たらない。俺達の様に一々足跡を消している? 足跡を追うなんて一般的な追跡の手段じゃない。明衣に追われる事も加味していたのか?
「ちょっと……妙な不審者だな。お前に追いかけられるのを見越してたみたいだ。だけど草を踏まないってのは無理だから最短距離で行き来してる訳じゃなさそうだな。他の部活に目撃情報があったりするかも」
「上の階のバレー部に聞いてみて。上から見てる方が見通しも良いから分かるかも」
「お前は……ここをまだ調べるんだな。すぐ戻るよ」
一筋縄ではいかない事が確定した。迂闊なままでいてくれたらよかったのに、明衣の闘争心に火をつけなければ良いのだが。明衣の捜査が気になって身が入らないのか休憩を取っている部員達の横を通り過ぎようとすると、急に声を掛けられた。
「あ、あの。不審者ってどんな感じですか?」
「まだ何とも言えない。調べてる最中だ。ただ今日はもう来ないと思うぞ。少し調べた限り警戒心が強いからな。部活中に来る事はない筈だ」
「そ、そうですか…………あ、あの。明衣先輩と郷矢さんって恋人って訳じゃないんですよね」
「助手ってだけだ。そんな仲良さそうに見えたか?」
男と女の友情は成立するとは言わない。俺が抱いているのは友情ではなく憎悪だし、これを友情というのは幾らなんでも歪んでいる。しかしここに所属する同級生はきちんと俺について説明しておいてくれないか。一々間違われると殺意が湧いて仕方がない。
「何でそんな事聞くんだ?」
「ご、郷矢さんさえ良かったら不審者がその……帰り道に出る可能性あるから。一緒に帰って欲しいんです……けど」
…………。
「それは…………妙な話だな?」




