泥梨に落ちろ
「馬鹿な…………」
「ほらほら、やっぱり名探偵を必要としているんだよね! ふふふ、ほれ見た事かー乃絃。心配しなくて大丈夫って言ったでしょ? 圧力があってもそれでも私を頼らざるを得ないような町なんだよ! やっぱり私が頑張らないと……!」
明衣は沢山の悩みが投稿された事に喜んで、今にもその場で弾け飛びそうな勢いだ。あんなに念押ししたのに誰が入れた? 考えられるのは明衣の邪悪さを知らない哀れで愚かな下級生達だが、そんな彼らも上級生―――俺からすれば同級生の奴らに危険性を教え込まれている筈だ。こいつは告白をしに来た奴を平然と殺すような無機質さもあるし、町中に火が放たれてもそんな事は気にせず不正を咎める徹底ぶりもある。幾ら絡みがなくても行動力のとてつもないヤバイ人物だと分からないものだろうか。少し想像力があれば分かりそうなものだが、同じ人間だからと言って当然同じ発想が出来ると思わない方がいい。
ここにはその最たる例である明衣が居る。少しズレた返答をしてくるのが意図的か本当にそう受け取っているのかはさておき、同じ人間だからと言って話が通じるなんて甘えだ。それは分かっているのに、やっぱり納得いかない。こんなヤバい奴に活力を与えるなんて意味不明も甚だしい。誰がそんな事をした。
自作自演の可能性は皆無(俺も明衣も授業を受けていたし、謎の探偵矜持に関しては信じても構わない)。中には十通以上もの相談がある為、外れ値とも呼ぶべき頭のおかしい人間がたまたま一人居た訳でもなさそうだ。
確認したが同一人物ではない。いや、同一人物であったなら悪戯という線で流せたのに!
「何でだよ……暗殺依頼だろこんなの」
「へ?」
こいつの推理には必ず死人が出てしまう。とにかくまともに解決した試しがなくて、解決しても大抵碌な結末にはならない。そんな状態を本人が認識している筈なのに推理に対する姿勢は前向きだ。確信犯という言葉は現状二つの使い方をされているがこいつがどっちに該当するかは俺にも分からない。
こんなに一緒に居るのに、何にも分からない。
分かる事があるとすれば髪が白髪な事と両親が居ない事。いや、居なくなった事か。それ以外は特に知らないし、明衣も他人の事は調べたがるのに自分語りはしようとしない。そして俺は嫌いな奴を知りたがるような特異な趣味を持ち合わせていないのでやっぱり深堀はしない。
「ふんふん……名前を書かなかったのは匿名性の確保による自己防衛って所かな。部活で妙な事が起きてるから助けて欲しい……吹奏楽部か。そっちは?」
「テニス部でどんな対策を取っても盗難騒ぎが起きてるから何とかしろみたいな感じだ。内容がふわっとしてるのは直接話を聞きに来いって所かな。まあでもこれくらいだったら……いいか。一番簡単に解決出来そうなのはバスケ部の不審者を捕まえて欲しいって奴かな。不審者は警察に引き渡すとして、直ぐに解決出来るだろう。まあお前に任せるよ」
「乃絃はバスケ部に行きたいんだ? じゃあそっちから行こう! その為の放課後だもんね!」
放課後になれば動きやすいからと箱の確認はその時間に行われた。しかしこれだけ些細なお願いを入れられると最早相談というよりも便利屋みたいな扱いだが、死人が出るより余程マシ。強いて命の心配をする必要があるのは不審者か。
そうと決まれば明衣は早い。バスケ部の使う体育館まで脇目も振らずに一直線。この状態になれば一先ず他の奴らは大丈夫だ。余程興味を逸らすような話題を持っていないと無視してくれる。そんな奴は現れるな。
―――日入の奴、大丈夫かな。
俺の放火の協力者及び目撃者である彼女は、仮に大したネタを持っていなくとも何か起こしてしまう可能性がある。それに、一応生存者という扱いで間違いはないので引き続き明衣の関心を買う可能性もゼロじゃない。
妙な気を起こさないで欲しいから様子を見に行きたいが、NGの関係上俺も明衣の傍を離れるのは大きなリスクを伴う。心配は口だけで終わらせないと。
「そうだ乃絃。相談が来たのは嬉しいんだけどこの手の問題って前からあったのかな?」
「昨日今日で発生する問題じゃないだろ。今まで相談先がなかっただけだ。あっても俺達に見える範囲じゃなかった。俺達は帰宅部だからな、顧問の先生に相談していたと言われたって見えないだろ」
「そっか。頼るのは大人って相場が決まってるもんね。私達は頼れなかったけど!」
「…………私達? お前がいつ大人を頼ろうとしたんだよ」
「ふふふ。見える範囲になかったんじゃない? 乃絃は助手だもん仕方ないよ~」
「うっざ。死ね」
「クスクス。殺したいならいつでも殺してくれていいからね?」
一般的にこういう対応は本気にしていないか冗談で返していると思われるが、コイツの場合はどっちか全く分からない。物事をハッキリさせる事が好きな奴がどうしてここまで曖昧なのかは永遠の謎だ。事件よりも己の精神を見直してほしい。きっと迷宮入りしているからこんな歪な性格になるんだ。
「乃絃はさ、複雑な事情抜きで考えて欲しいけどどんな部活に入りたかった?」
「何だよ突然。潜入捜査的な事をさせたいのか?」
「そういうのは必要があれば私がやるから助手はそのままでいいよっ。そういう変な事考えないで、もしも私達が探偵をやらなかったらって話だから。気楽に考えて?」
「…………」
探偵をやらなかったら。つまりクラスメイトが皆殺しにされずに引っ越しもしなかったらだろうか。NGは記憶や自我と言ったものが認識出来るようになった頃から既にあったのでこいつは無関係。
「出来ればやる人が多い部活がいいな。人の少ない部活は寂しくて入りたくない。賑やかなのが好きなんだ。だからまあメジャーな部活に入るんじゃないか?」
「野球部って事?」
「人数が多いからメジャーって訳でもないだろ。恥ずかしながら……二年くらい前までろくにルールも知らなかったんだ。だから野球だけは入ってない。メジャーな活動なんて学校次第だろうからあんまりこれってのは言えないな。この学校で言うなら陸上部か?」
「こだわりがないんだね」
「元々スポーツをやってた訳じゃないんだぞ。そんな入れ込むような部活なんてない。俺は俗な人間だ。多分好きな女の子がその部活に入ったら入るタイプ。自分で言うといやらしいな」
「ふーん。じゃあもしもの乃絃が部活に入りたいって言い出したら好きな子が出来たって認識でいいんだ」
「俺はそんな事しない。どんな理由があろうとお前の助手をやめる訳にはいかねえよ」
言葉の裏の真意なんて一々語る必要もあるまい。
実際の所は、想像出来ないのが本音だ。
今ぶちまけた言葉は全てNGを危惧した発言である。本音を言うなら想像出来ない。クラスメイトが殺されなかった未来なんて、俺が助手をやらなかった世界なんて、架空でも存在しているのだろうか。探偵の助手にもならず、引っ越さず、幸せに生きているビジョンがまるで見えてこない。口から全て出任せだ。
想像力の欠如と蔑むならそれも構わない。誰に何を言われても想像出来ない物にどう思いを馳せればいい。理由は分かっている。そんな『もしも』が存在したら、きっと狂ってしまうからだ。
明衣の背中を見つめて舌を打ち鳴らす。幸せな俺なんて要らない。そんな奴が居たら、今の俺は……存在する価値がない。鼻唄を歌い、ステップを踏むクソ女がいない世界? そんな世界があったら、じゃあ『これ』は?
「明衣。お前はどうなんだ? お前は何をしてた? 探偵をやらなかったら」
「ん~……想像もつかないなー。だって私、今が幸せだもん。これ以上を追及するなんて欲張りだよね」
「何が幸せだよ誤魔化しやがって。曖昧すぎるんだよお前は。幸せって何だ? それとなくまとめて煙に巻いたつもりか?」
「具体性が欲しいの? じゃあ貴方にとっての幸せは何? 具体的に答えて欲しいなっ」
「俺にとっての幸せは目の前の誰かさんを地獄に引きずり落とす事だよ。それ以外に道はない」
明衣は体育館の手前でくるりとターンを決めて、ニコッと微笑んだ。
「かなうといいね、そのおねがい」




