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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
3rd Deduct オニナキの夜

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タイクツに漂白された日常

「あーあ、つまらないなー。事件が起きてくれなきゃ名探偵の出番がないじゃん」

「いい事だろ。事件を望む名探偵なんていない」

「かの世界的に有名な探偵は乗り気だったと思うけど」

「揚げ足を取るな。そんな奴は頭がおかしかっただけだ。現代において平穏を望まないのは異常者だ。トラブルだけならやんちゃで済むが、お前の求める刺激は人死にが出る。それが駄目なんだよ」

 昼休みにどうしてこんな奴の髪を梳かしてやらなきゃいけないのか甚だ疑問になるが、俺以外の奴に頼まれるともうそれだけでそいつが死ぬリスクを背負う事になる。ほんの親切もしくは下心。理由は何でもいいがそんな下らない理由で死なれるのは寝覚めが悪い。毎日見る悪夢のせいで元々よくもないけど。

「平和の素晴らしさは一々説かれなくても分かってますよー。たださ、私だって混沌の世の中を期待している訳じゃないよ、勿論その方が楽しいけど! でも平和をいつまでも有難がる事が出来る程、人間は人間が出来てるかな? 平和で居る為には死人が出ろとは言わないけど、問題は必要だよね?」

「じゃあてめえが起こしてみるか? お? それなら合法的に逮捕出来るから文句はねえよ。コラテラルダメージだ、さっさと何かしてみろ」

 こういう会話も何度しただろう。明衣は非常に退屈している。こいつが苛立つ分にはどうでもいいが、その周辺被害を防げるのは俺だけだ。しかし別に制御は出来ない。精々付き合って、悪くない方向に誘導する事だけ。会長に関しては寿命が伸びただけだったが、あれ以上酷い事にならなかったのは自分の功績……いや、功と呼べるような前向きな成果ではなかったか。

「また町中歩き回って事件でもさがそっか、ねえ乃絃」

「足で稼ぐのは結構だが前の一件もあってみんなお前に怯えてると思わないか? ミステリー小説の犯人だって最初から探偵が居合わせてて都合が良い奴なんかいないだろ。世の中に例外は幾らでもあるが、探偵上等なんて奴は少数派だ。メジャーじゃない」

「……私の退屈は私によって引き起こされるって言いたいの?」

「そうも言いたいけど、お前が優秀な名探偵様なら探すまでもなく事件はやってくると思わないか? 募集してみろよ。お前が必要ならみんな頼るんじゃないのか? 手前勝手な都合で名探偵やってんじゃないって言うなら、出来るだろ?」

「ほお、言うねえ助手。分かった、じゃあ相談箱作ってよ。そうだよね、私一人が事件を探すよりみんなに探してもらった方がいいもんね。数こそ正義、特に私はこの町の全てに通じてる訳じゃないし。流石助手! いい事言うね!」

 話が通じている様なリアクションをしてくれたが着地点が変わっている。こんな奴を日頃相手にしているから俺は話の通じない状態というものにすっかり慣れてしまった。どうして使う言語は同じなのに話が通じないのか、話を通じさせるには何をすればいいのか。哲学に陥りそうなくらいこいつとの会話は虚無だ。本当は一秒でも話したくない。お互いの言いたい事を理解してから会話というのは始まるのに、一方的に伝えたい事を伝えてきて、こっちの話は曲解する。

「…………早速造るか」

「乃絃君、手先器用だっけ? 私も手伝った方がいい?」

「手伝え。今すぐ」

「段ボール貰ってくるね」

 明衣は俺に投げキッスを向けながら背中を階段に向けて歩き去っていく。キスの軌道上から体を逸らした事には何の意味もないが普通に気持ち悪かった。造るとは言ったが道具を持ち合わせていない。ついでに明衣が持ってくる前提で俺はぼんやり空を見上げた。


 恥の多い人生を送ってきた。


 それは俺が好きな一節。この年でくたびれたつもりも厭世するつもりもない。文字通り恥ばかりの人生だ。アイツの被害を食い止める為に色々な事をした。直近では町に放火しているが、それは悪事の内の一つだ。アイツに滅茶苦茶されるくらいならと手を染めた。人の道理を外れた忌むべき行為をいつだか躊躇いもなく行って。

 いつから俺の人生は間違ったのかと言われれば、あんな存在を許してしまった瞬間からだ。人生を生殺しにされている。これならいっそ……殺しておくんだった。殺しておくべきだった。常識なんぞに囚われず、いっそ殺してしまえば……俺は…………

 太陽が、段ボールで塞がれる。

「ぼんやりしてどうかした? 道具も持ってきたからささっと作っちゃおうよ」

「…………大きさはどれくらいにする?」

「んー沢山来ると思うから大きい方がいいよねやっぱりっ。だから大きな段ボール持ってきたんだけど!」

「一通来るかどうかも怪しいだろ」

 こいつの悪評はとうの昔に広まっている。直接被害を浴びた訳でもその眼で凶行を見た訳でもない奴は下の学年に沢山居るが、上級生の慈悲によりとにかくアイツはやばいんだという話は広まりつつある。素晴らしいのは見た目だけ。それ以外はドブ。ゴミクズ。

 まずどう考えても頼る筈がない。

「何でもない事を聞くけど、お前は本当に、マジで沢山来ると思ってるのか? 本当に? 本当の本当に?」

「うん。勿論」

「自分の胸に手を当てて考えて、それでも来ると思うのか?」

「うん。逆に聞くけど、乃絃は来ないと思ってるんだね」

「ああ来ない。来るわけない。お前は退屈してるんだろうがこっちは仕事がなくて助かるよ。だから願望込みで確信してる。来ない」

 明衣は鋏を動かす手を止めると、俺の太腿に手を置いて呆れたように溜息をついた。

「事件は多いんだよ。名探偵が必要じゃない筈がないって。貴方が心配しているのはあれでしょ? 犯人が警察を読んだら人質は殺すみたいな感じで、私に相談出来ない圧力がかかってるんじゃないかって事でしょ? 大丈夫!」

「そんな話はしてねえんだよ」

「とにかく来るよ! 心配しない!」


























 制度を悪用して校内に設置する事は出来ないが、クラスの中なら生徒の制作物という一点で許可された。当然誰も入れない方が平和に決まっている。何もしない方がいい。呪いの祠か何かだ。近寄らなければ何も起きない。それは暗黙の了解としてクラスに伝わり、全体の空気が気まずくなったのは言うまでもない。

「体育の時間が終わるまでに入ってたらいいなー」

 そう言って明衣は男女別に別れる授業につき卓球台の方へと消えていった。有象無象の女子に混じっても、あの白い髪だけはどうしても目立つ。俺と離れている内に変な事をしなければいいが。

「なあ乃絃よ。あの箱だけど」

「俺は敢えて何も言わん。もしも俺が注意してお前が問い詰められたらゲロる可能性あるからな。悩みがあるなら相談すればいい。ないならするな。そんな当たり前の話だ」

「裸見せて欲しいとかって無理か?」

「お前……俺にアイツのヌードを撮影しろって言うのか? お? 屈辱的で不愉快だ、そんなもん入れんな」

「じゃあ盗撮風にスカートの中を……」

「俺が言えば見せてくれるだろうが、あれは探偵としての相談箱だ。お前等の用足しに使う素材の案なんざ募集してない。さっきから変な提案ばっかりだが、無理に何か入れなくてもいいからな? 何もないなら何もするな。それでいい。それが正しいんだ」

 入れようとしなかったら明衣から何か仕掛けられるという危惧は正しい。正しいが、それでもまともであるなら耐え忍ばないといけない。物理的にも釘を刺されそうな迫力に押されて男子共は引き下がった。後は女子だが―――こういう危ない事に対する直感力は男性よりも女性の方が優れている偏見がある。

 心配するな。問題なんてある筈ない。今日も明日も明後日も平和。それが最も正しい。





















「ほらあ、沢山あったでしょ!?」

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