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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
1st Deduct イジメはペケ
5/97

名探偵は恋求む

 彩霧明衣のNGは恋愛ではない。

 短い付き合いだとしてもそれくらいはもう把握している。というかそれがNGだったら俺のはらわた煮えくりかえりまくりで候な助手生活はとうに終わっている。NGは破ったら死ぬ関係上、その身近な度合いが高ければ高いほど意識せざるを得ない。

「え、私の事を好きな後輩が居るって?」

 遅い、と怒っていた明衣には平謝りをしつつ、率直に用件を伝える。それが一番手っ取り早いというか、俺が遅くなった言い訳にもなるからだ。もし食いついてくれるなら虐められていたあの子に対する注意も少しは逸れるだろうと思ったが、時間の無駄だった。

 推理以外の事には普段から冷めているとはいえ、それを聞いても表情一つ変わらない。人間の欲求には段階があって、原始的なものとして快不快、そこから細分化して感情を持った欲求に変わっていくのだが、この場合は無だ。何も感じていない。

「そう」

「何か感想は?」

「別に、何も」

 性格はドブでも外見は女神に相違ない。その白髪も含めて浮世離れした美しさは、何も知らない後輩を射止めるには丁度いいだろう。モテモテというのなら高嶺の花という言い訳も出来るが。少しでもコイツを知る人間ならとてもじゃないが恋愛感情なんて抱けない。そうは言ってもクラスの男子の四割くらいは自慰のお供に明衣の見た目を使っている気がするが、まあそれはそれとして。

 つま先から頭のてっぺんまで滑るように見回すと、明衣は恥ずかしそうに身を捩らせた。

「何? 乃絃君も私の身体に興味ある?」

「それはない」

「スリーサイズは上から一……」

「聞いてないって言ってんだろ。それよりも返事してやれよ。俺が軽く聞いた所によると許されるならファンクラブまで作りたいらしいぞ」

「ふーん。じゃあさ、乃絃君はどう思う? 私が他の男の子と付き合うのはありか、なしか」

 

 大いにあり、こんな不良物件は早々に引き取って廃棄した方が身の為だ。


 ―――と言いたい所だが、俺と明衣は知らず知らず持ちつ持たれつの関係になっている。彼女の助手になっているから無理せずNGを破らない様に出来ているし、あっちは助手が居てくれるから探偵として助かっている。それに助手という立場で傍にいる事は不自然ではないので、いざ約束を反故されても生き残る可能性が高い。

 助手の立場を失うとNGを守る為に不自然な行動に出るだろう。『一人になってはいけない』とは具体的にどの距離から判定されるかなど検証しようがない。その時、既に俺は死んでいる。

「……助手は名探偵が居てこそのもんだ。俺から離れてほしくないとは思うよ」

「なしね。じゃあ私もなし。乃絃君と一緒に居た方が心地いいから」

「後輩にワンチャンスくらいくれてやれよ。その気があるなら放課後に校舎裏で待ってるみたいだから行けって。俺はあの子捕まえて待っとくから」

「そこまで言うなら行くだけ行くよ。乃絃君もそれで満足するんだよね。ちゃんと主役が戻ってくるまでに話を聞いておくんだよ? 私は君からの情報を一番信じてるんだから」

 手を握って笑いかける。事情を知らないならそれだけで落ちる男子が多数居る。何なら俺はそれで一財産築いている。至近距離から明衣の写真を撮影出来るのは俺だけだ。そもそもこいつは基本的に写真が嫌いで、映ってくれるのは俺とのツーショットか俺が撮ったワンショットくらいだ。だから、明衣で自らを慰めようという愚か者は俺からこの写真を買い取らないといけない。

 別に下着姿やヌードを撮影している訳ではないのだが、制服の上からでも分かる曲線美が悪さをしているのだろう。一人だけやたらと制服が張っていたら嫌でも目に付くというか、気持ちは分かるけど、アポカリプスな性格を知っているとどうしても理解はしたくない。

 後、俺の謎商売を『お金になるならいいんじゃない?』と許可しているのもどうかと思う。確かに調査費用として充てる事はあるけど、仕方なくだ。

「さて、行くか」

 気が乗らない時は独り言でも呟いて自分のケツを叩かないと動こうとしない。我ながら不本意な事が多くて悲しい習慣がついてしまった。教室でまだ待っているだろうか、待っていないなら、何処の部活に居るかも聞いていなかったから虱潰しに部活を当たる必要がある。


 ―――今しかないんだ。


 そう、助手であるからこそ出来る事がある。誰に理解されなくてもいい。明衣をいつか殺せるなら孤独になってもいい。人生を棒に振っても良い。俺という人間は損得の差し引きを抜きに、アイツを不幸に出来るなら自分は幾ら痛手を被ってもいいと思うタイプだ。

 送り出した事にはちゃんと意味があった。迷わず向かえるというだけでもかなりの時短だ。放課後の教室を覗き込むと、いじめられていた子は数人の女子に囲まれて何やら質問を受けている。

「透歌……だったか? ちょっと話があるんだけど、時間あるか?」


「ほら、あの人だ……」

「透歌、あの人に助けてもらったんでしょッ。え、何処の部活の人? ぶっきらぼうな感じとか良くない?」


「あ、えっと、その。あの人は……」

 話を聞いた所によると俺が送ったせいでよからぬ噂が立っているようだ。NGに引っかかる訳でもないから待つのは構わないが、待ちすぎるのは困る。もう一度声を掛けると、透歌と呼ばれた後輩は慌てて俺の前に来て、頭を下げた。

「はい! 来ました! よ、用件は何でしょうか……?」

「その前にちょっと人目につかない場所で話そうか。トイレ前の踊り場とか良い感じかな」

「………………は、はい」

 大して人目につかないと言う程でもないが、ある程度開けている場所の方が恐怖心も和らぐだろうと思った。いざという時は逃げられるし、頼れる大人も職員室の何処かには居るだろう。何事もなく目的の場所まで辿り着き、早速切り出そうとしたところで手が伸びた。

「ちょっと待て。なんでスカート脱ぐ」

「えっ」

 信じられない物を目にした。俺が振り返った時には後輩はブラウスを開けさせてピンク色の下着を露わにし、あまつさえスカートを脱ごうとしていたのだ。求めたつもりもないし、良く知らない人の身体なんて触れない。

「あ、相沢ちゃんが……男の先輩に連れ出されたらそういう事をする合図なんだって」

「――――――それは、その子の男の趣味が酷いだけだ。もしくは騙されてる」

「そ、そうですよね。あんな可愛い人が傍に居たら私なんて……」


「可愛い!? おま、おまおまおま…………ッ。てめ、本気で言ってんのかぁぁあああ!?」


 ほぼ脊髄反射で声を荒げる。何も知らないでそういう感想を抱くのは仕方ないが、今回は大いに無理しかなかった。

「あの現場を見て、あの話の通じなさを見て! あの倫理観の無さを見て可愛い!? 馬鹿な! 何でそういう感想が出る! ……ああ、ごめん。驚かせた。つい、な。そんなつもりじゃなかったんだ。えっと……俺は、郷矢乃絃」

長ヶ良透歌ながらとうかです。部活は……バスケ部で。か、彼氏は居ません……!」

「じゃあ透歌って呼ぶな。取り敢えず服は直してもらって……手短に話すぞ。君は死にたくないって言ったから伝えるんだ。いいか? 君が可愛いと言ったアイツは悪魔と呼ぶのも温いゴミみたいな人間だ。この事は信じなくてもいいが……このまま君を放っておくと殺される」

「え?」

 あり得ない、と言わんばかりの瞳。彼女は常識が分かるらしい。とても素晴らしい事だと思う。俺の好きなタイプは常識が分かるタイプだ。話が通じるなら誰でも素晴らしい存在になれる。

「あり得ないなんて言わないでくれよ。見てなくても分かった筈だ。君を虐めてた主犯が殺された。やったのはアイツだよ。アイツ。分かるだろ、NGを破らせて殺したんだ」

 深刻な表情で透歌は話を聞いている。暗黙の了解とされるNGに踏み込まれて面食らったか、でも仕方のない事だ。こればかりは俺も立ち入らないと。

「あの女はな、推理で人のNGを暴いて、真偽を確かめる為に破らせる奴だ。俺はアイツの助手で、基本的には推理をサポートしないといけない。適当な事を言ってかき乱す事もしない。真面目にやらなきゃ信用されないからな。ただ、何もハッキリしていない状況ならミスリードを狙って誤認させる事は出来る。アイツは余程自分の推理に自信があるのか、一度外したらそいつのNGには関与しないとまで言いやがる。話ってのは他でもない。お前のNGを教えてくれ」

 一方的にNGを知っていればそこから遠ざかる様な助言を与えていけば幾ら明衣でも外してくれるだろう。これが不本意でも何でも助手をする最大の理由。被害者を助けられる可能性が少しでも存在するから。

 見ず知らずの他人がNGを教えろと言ってきた事に透歌はどうしていいか分からない様だ。時間は無くても待つしかない。どうせ告白は断って、いつこちらにやってくるかも分からない状況だ。アイツが戻ってきたら話は打ち切り。それまでに何とか―――





「い、嫌です! それだけは……絶対に!」





「おまたせ。断ってきたから安心していいよ」

 タイムアップは突然に。

 非常口から逆走するように明衣が戻ってきた。





 名も知らぬ男子の生首を片手に。  


 

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