明衣福を祈り
明衣からの情報提供により。犯人は事実上一人まで絞り込まれたが。気まぐれジェノサイドから逃れた奴が犯人なんてそんな暴論を俺は展開しない。ご丁寧に誰が何処で死んだかを教えてくれたので、不本意ながらアイツの情報に従って死体の元へ向かう事にする。
―――信用出来るのは本当なんだよな。
明衣は隠し事をしたり嘘も吐くが、捜査情報に対して偽る事はしない。殺してもない奴を死んだとは言わないし、見つけてもない奴を見つけたとも言わない。そこだけは全く信じられるけど、信じたくないという気持ちはずっとある。
「なあ郷矢君、悪かったよ。あんな女に好かれて嬉しい筈がねえよな。私が軽率だったから機嫌を直しておくれ」
「分かればいいんです。誰があんな女喜ばせて嬉しがるんだか。人を殺すなら殺すで態度ってもんがあるでしょうが。誠実さがない。そりゃ誠実なら人を殺してもいいって訳じゃない。でも殺したなら自分は人殺しのゴミ野郎って気でいるのが道理ってもんでしょ。マジックじゃねえんだよ」
「殺人するような奴にんな殊勝な心構えを求める方がどうかしてると思うぜ私ぁ。そんな奴は自首してんだ」
「アイツは自首した所で多分帰ってきますけどね! あー腹立つ! あんな奴の情報を元に動かなきゃならないなんて腹立つううううう!」
「落ち着けよ。一先ず確認だろ。本人様が死んでくれたなら何よりじゃねえか。や、死んだ事を喜ぶ訳じゃねえが……捜査は自由にしていいからな」
「…………」
冥福を祈っている訳にはいかない。一人目は歩道橋の上で殺されており、死体は明衣が俺を驚かせたいが為に持ち帰ったので死因は不明だ。ただ血痕はしっかり残っており、衣服の類もそこに置き去りのまま。これを穢れ信仰と言うつもりはないが、死体が着ていたばっちい物体なんて誰も触れたがらない。運が良かった。死因次第で身に着けているものも消えるからそういう意味では良かった。
「遥。悪いけど代わりに中を探してくれ。俺達がやると多分……違う行為だと思われる。犯罪的な」
「…………」
喋れない妹をいつまでも連れ回していると申し訳なくなってくる。だけどこういう時は絶対、彼女の方が適任だ。不審者と聞いて人が最初にイメージするのは成人男性であることが多い。鬼姫さんも女性だけど、煙草を吸っているので何やら威圧感がある。
か弱い遥なら不審者という風には思われず、面倒も持ち込まないだろう。
「何か犯人に繋がる物はあったか?」
財布、車のキー、メモ帳。見るからに怪しい物はない。メモ帳をパラパラと開いてみると、会長のお言葉メモだろうか。中黒を使って要点を纏めているような記し方で紙が埋まっている。
・自分達は目撃者。
・彩霧明衣には情報を渡さない
・警察にも協力を要請する。死因は事故死。
「…………なんだこりゃ」
上から覗き込んでいた鬼姫さんが小さく声を漏らした。
「……明衣は、有名人なんですよ。ある意味ね。知らない子供と遊ぶ寛容さがある一方で人を殺す事もなんとも思ってない。うちの学校じゃみんなアイツに怯えてますよ。所業を知ってる奴は間違っても仲良くなろうとか思わない。見た目だけは最高の女って感じですね」
「町内会会長様とは何か接点が?」
「ない……とは思いますけど、アイツ、町内のイベントには結構参加してるみたいですね。だから顔くらいは知ってるもしくは……そもそも警察とグルだったんじゃないか? やっぱり」
「私ぁ目撃者じゃねえからその時の状況を知らねえが、事故って事なら実況見分調書を警察に誤魔化してもらう必要がある。犯罪捜査規範にそぐわねえからな。あの女、警察には手に負えねえんだろ。今この状況はアイツ等にとってイレギュラーなんじゃねえか?」
警察をグルにした状態で告発者を殺せばその真実は完全に闇へ葬られる。そこに明衣がたまたま遭遇した事で都合が悪くなった……やはり有り得る話だ。というか、明衣がグルならアイツはそもそもこんな捜査をしない。アイツの目撃情報ありきで動いている以上、ここは断定しないと。
「……結構あり得る話ですね。警察がグルなら明衣は危ないって情報が伝わってても納得します。人を殺しても家を燃やしてもお咎めなし……幾ら警察がグルでも関係ないですよ。多分もっと上の方から指令が出てるので」
そしてグルだったら明衣を警戒するような文言をメモ書きしてあるのも頷ける。ページの端っこには明衣の写真があり……それはどう考えても俺がクラスメイトに売りさばいている写真だった。誰が敵で誰が味方か分からない……腹が立つ。
「次だ次。該当のサツを捕まえられりゃいいんだがそれは無理。次は自宅だろ? 家も探しちまおうぜ」
仮にも殺された事を聞いてからそんな事を言えるなんて鬼姫さんも大概倫理観がどうかしていると思うけど、身近にもっとおかしな奴がいるとまともに見える不思議は目の錯覚にも劣らない。
次の犠牲者は自宅で発見された。
俺の放火の影響は受けておらず家はそのまましっかり残っているようだが、独り身か。家族が居るとついでに巻き込んで殺しそうだからいないのは助かった。
「じゃあ遥。また頼む。俺と鬼姫さんは部屋を漁りましょう」
「空き巣根性が板についてきたねえ」
「一軒目で言われる事じゃないです」
部屋はリビングだけが荒れており、他の部屋はそもそも足を運んでいないのだろうか。それくらい綺麗で、生活感がない。一人暮らしにしては家が広いから生活エリアとして余っているのだろう。手っ取り早く情報が手に入りやすそうなのは書斎。
「…………」
明衣は会長の居場所に見当がついてきたと言っていた。犯人は会長なのか? 会長が指示をしたのは間違いないと思うが、実行犯ではないはずだ。そもそもNG偽装についてはまだはっきりしていない。あんなことをするから明衣の興味をひいたのであって、あれさえしなければ……
「真の探偵なら、犯人見つけてハイオワリなんてやんじゃねえよ……」
謎を全て解き明かして、それで初めて探偵を名乗りやがれ。
明衣に対する悪態を吐きながら、俺は書斎を雑に踏み荒らしていく。整理整頓ができる人間ではない。というかそんな暇はない。一秒でも早く手がかりを。少しでも情報になればそれでいいのだ。
「…………」
収支報告書とか、裏帳簿とか、そういうのじゃない。俺は不正を咎めたいんじゃなくて真実を知りたいだけだ。ここにも告発文があって、告発に協力してくれという一言が添えられている。成程、被害者である男は他の幹部も味方をしてくれると思ったわけだ。その純真さが仇となって殺された……
「ああやめろやめろ! お前の言う事なんか正しくない! 正しい訳ねえだろぶっ殺すぞ!」
誰が敵で誰が味方か分からない。信じられるのは自分だけ? そんな話があるか。俺は認めない。明衣の発言が正義なんて。
告発者の名前は正芳と言うらしい。それ以外に気になる情報は……残念ながら見つからなかった。この男は―――明衣を馬鹿にしてアイツに殺された奴を全て愚弄したあの男は、着服において最も近い間柄だったようだ。連番のパスワードで開いたパソコンにはいくつもの指示メールが飛んでおり、彼こそお金の管理を任されていたとみていいだろう。指示は高圧的で、ビジネスメールとは思えない。文章なのに命令口調なんて、いよいよもって会長の高慢さが浮き彫りになっている。
「…………」
こんなに抑圧するような指示を受けていたら協力どころか裏切りそうな物だ。俺の想像力が足りないのだろうか。
書斎から戻ると、鬼姫さんがニヤニヤと不愉快な笑顔を浮かべながら封筒をちらつかせていた。
「これ、なーんだ?」
「…………はあ?」
「金銭面で援助を受けてたっぽいな。物臭なこって、この中にゃまだ現金がある。同封されてた紙は誓約書なんだが……見てみろ。面白いぞ」
机の上に中身をぶちまける。お金は後でまとめておくとして、折り畳まれた紙を広げて、全員の目に見えるようにテープで四方を固定した。
誓約
Ⅰ逆らったら生きていけないので逆らわない事
Ⅱ自分のNGを申告する事
Ⅲ会長のNGを探らない事
「こりゃ変だ」
「確かに」
「NGなんて呼び方をしてる割には日付が古い」
「誓約書じゃなくて脅迫に近いな」




