真実を暴くのが名探偵
ゲームでは大抵一番大きな屋敷が町長の家だったりするのだが、現代日本においてそんな目印は存在しない。確かにここはどちらかというと田舎に分類するが、町長とは一切関係なしにマンションがあるし、ちょっとした豪邸だって見つかる。その理由は今回の事件とは何ら関係なくただ持ち主が裕福だったというだけだ。
家に行けば新しい情報が見つかるかもしれないが、集会所は流石に集まる為だけとあってこれ以上は期待出来ないだろう。そもそもこんな場所で個人情報が拾えたらセキュリティに著しい問題がある。町長の人間性に難があるなら既に誰かしらが何かやるくらいには。
「そっちはどうだった?」
「これ」
「は?」
『妹』が持ってきたのはゴミ箱だ。目の前でひっくり返すなんて行儀がなっていないが、出て来たゴミは紙くずばかりで、それもシュレッダーにかけられた物だと分かる。
「…………これがどうしたんだよ」
「テープ借りてきたから手伝って」
「おい、まさか復元しろって言うのかよ」
そのまさかだ。遥は俺の文句を無視してその場にしゃがみこんだので仕方なしに付き合う事にする。パズルは苦手だ、ミルクパズルなんて一体どんな思考回路をしていれば完成させられるのかとさえ思う。だから彼女の指示に従って紙を張り付けるだけだ。分割されていればされている程時間がかかる。だがそれは物理的な手間という意味であり、そもそも俺はこの行動自体がおかしいと思っていた。
「なあ遥。お前はこれを復元しろって言うから手伝ってるけど。これを持って来たって事は、お前はゴミ箱で切り刻まれた状態の時点で解読出来てたって事になるな」
「…………兄の役に立ちたい」
元々この手紙の存在を知っていたという線はないので、本当に特殊能力だ。復元したのは俺に見せる為―――物的証拠として機能させる為だろう。まず普通の人間はバラバラに分解された文字を読めない。それだけで『ここにはこう書いてある』と言ったって誰が信じる。
「……ありがとう」
「ん」
復元された紙はシンプルで、公的な文書ではなさそうだ。私人が印刷機を使って仕上げた様な簡易的な複数枚。タンブルウィードのように絡まった切り屑は元々四枚の紙だったなんて復元するまで分からなかった。
中身はというと町内会会長である男の会費着服についての警告だ。分類としては脅しの類に入るのだろうか。横領をただちにやめろという警告と共に帳簿の写しが付属されており、一々数字の不自然さが赤ペンで指摘されている。
俺が脅しと言ったのは紙の端に書かれている一文。
『これ以上着服を続けるなら貴方の秘密を公に晒します』
「…………これは。マジか」
「恨まれる理由はあったんだね」
「でも死んでた男は恐らく会長じゃないぞ」
「死体も見てないのに言い切るの」
「明衣はNGを暴きたくてしょうがない頭の可笑しな女だ。道ですれ違った、同じ店に滞在した、少し話した。話している所を目撃された。アイツはそういう積み重ねを全部覚えてNGを絞り込もうとしてる。会社の社員はまともに知らないが社長の顔はやけに覚えてるみたいな事ってあるだろ? メディア出演に意欲的だったりとかさ。ほら、このチラシを視ろ。会長の自己顕示欲? 承認欲求? とにかく会長万歳ってのが随所に見て取れるだろ。顔もちゃんとあるし」
「…………」
だからもし会長が死んだなら明衣は会長と言っている筈だ。というかそれこそニュースになっていないとおかしい。警察が抑え込んでも人の口は押えられない。
「こういう現実を文脈で判断するのは危険なんだけど、状況からして死んだのはこの文書を集会所に送って喧嘩売った人物だろうな。口封じって訳だ」
「警察は対応しないの」
「対応出来なかったんだよ。明衣が目撃者になったからな。アイツを利用しようなんて無理だから、多分誰にとっても想定外だったんだ。警察にグルが居るか居ないか、どっちにしても明衣が関与すると上層部は関わらせたくなくなる。真実は分からないが、もし明衣が来なかったら事故死って扱いになってたかもと思うと、笑えないな」
「兄は悪い方に考えすぎ。警察がそんな事するなんて」
「思わないか? じゃああのクソ探偵を早く捕まえてくれ」
さて、見つけて写真の中に死体は居たのだろうか。目撃者を当たれば話は早いが、誰が何処に居るかなんて把握していない。俺が連絡をつけられる目撃者は……たった一人だけ。
「…………アイツに頼らないとこれ以上は駄目っぽいな。いつも俺はアイツに頼ってばっかりだ。屈辱だよ。先に見つけて止めないといけないのに」
「待って兄。今は放火で家に居られないから、歩いてれば見つかるかもしれない。まだ行かなくても」
「―――勘弁してくれよ。出来るだけ燃え広がってる事を祈ってくれってか。元々地獄行きだからってこれ以上悪行なんてしたくないよ」
「郷矢君じゃないか。こんな所で何しているんだ?」
「鬼姫さん? なんでって、情報収集ですけど」
こんな所ではこっちの台詞だという言葉は呑み込んでおいた。この人は赤い服の男とやらを追いかけていた筈だ。休憩がてら入った駄菓子屋で遭遇するとは思わなかった。
「未慧から事情は聴きました。例の男は捕まったんですか?」
「こんな所に居る時点で察せよ。私は特別足が速い訳じゃないからな。はぁ……そっちはどうだ? 何か見つけたか?」
「……ちょっと危ない話なんで何処か行けませんか?」
「おお、分かったよ」
何処へ行くかは決められない。鬼姫さんは駄菓子屋を出ると橋下に俺を案内して、周囲の様子を確認。こんな遊具の無い場所には人っ子一人現れない。お世辞にもこの町の川はそこまで綺麗でもないし。
「ここなら満足か?」
「その前に警察の動きとやらはどうだったんですか? 自分で調べるとか言ってましたよね確か」
「よく覚えてたな。どうも警察は動きがらしくない。この件について把握してるが全く動けないらしいぜ。どうなってんだろうな全く」
「だーかーら! 俺言ったじゃないですか! 明衣とかいう頭のおかしな馬鹿を逮捕しない警察は無能で頼りにならない当てにしてはいけないって!」
「そこまでは言ってなかったと思うぜ。ただまあ、あれだな。お前の言いたい事は分かったぜ。警察は当てにならねえ。少なくとも真実を明らかにした後じゃなきゃ無理だな」
「―――分かればいいんですよ。こっちは色々見つけました。まずこの写真を」
遥には絶対に喋らせない。ただ俺の後ろをついてくるだけの怪しい人にでもなってもらう。鬼姫さんには町内会から配られるチラシと会の幹部達がそろった写真を渡した。
「その写真に写ってる人は恐らく親が幹部か何かでそのおこぼれに与ってる人達です。そしてこの人達は明衣曰く死体を一緒に目撃した人です」
「成程?」
「そしてこの復元した紙。継ぎ接ぎで読みにくいですけど、会長の不正について脅されていますよね。俺は死体を目撃した事がないんで分かりませんけど、死んでたのはこの文章を送った人物だと思ってます。口封じに殺されたって奴です」
「確かにそう考えるのが一番自然だな。ただお前も私も死体を見た事がねえ。今すぐ会える目撃者は居るか?」
「一人居ますよ。ただ……諸般の事情でそいつはゴミクズなので遠くから見ておいてください。鬼姫さんにもアイツの醜悪っぷりを見せられるなら会う意味があります。ちゃんと目に焼き付けてください。そして出来れば関わらないで欲しいです。俺以外誰も。いいですか?」
鬼姫さんは煙草に火をつけながら二つ返事で頷いた。
「分かったからさっさと呼びつけろよ。そんなぼろっくそに言われる女、興味あるよ私」




