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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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幼子はミタ

 町を燃やした代償は大きい。暫く出歩く事も叶わないだろう。目撃リスクとか以前に、単純に移動が手間だ。往来する消防車、詰まる野次馬。まるで障害物のように所々生まれた封鎖を理解して歩くのは骨が折れる。

「鬼姫さんはどうした?」

「さあ。私をここに連れてきてそれっきり。追いかけるとか言ってました」

「…………追いかける?」

 まさか犯人を見つけたというのか。それならそれが一番助かる。推理なんて好きでしている訳じゃないから、さっさと解決してくれるなら真相なんてどうでもいい。だが貸しロッカーにあった凶器程度で犯人が絞り込めるとは……警察関係者にツテがあるなら鑑識でも呼んだのだろうか。NGによる殺人でなかった以上痕跡を見つけるのは可能だろうが、まず警察を説得する所から始まると思う。

「こんな人」

 未慧がスケッチブックをこちらに向けると、火の海が町を呑み込み、やや誇張気味に焼きつくしている所だ。端には松明を手にした俺と―――離れた所に、知らない服の男。赤い服を着ていて、背中を向けている。何故わざわざそこに注目したかって、俺とその男だけが服に色を塗られていたからだ。

「もしお前達がここに来たら教えてって言われたので教えました」

「あー…………成程。君は伝言係か。でもこれだけ教えられても分かりませんよ鬼姫さん。何でこいつを追うのかが分からないと……」

「この人、お前が放火してる所を最初から目撃してますよ」

 絶対に目撃されない自信なんてなかったけど、いざそう言われると心に詰まりが生まれる。やっぱり無理があったのか。それなら俺が逮捕されないのは助手特権……明衣のお陰かと思うと、腹が立つ。スケッチを改めてみさせてもらうと、顔は詳しく書かれていないのでこれだけでは目撃された事なんて分かる筈がなかった。

「……待った。背を向けてる。逃げてるのか?」

「はい。だから追うって話でした」


 ―――火から逃げるのは悪い事じゃない。


 それは獰猛な野生動物も恐れるように、原初の恐怖と言っても差し支えないだろう。だが未慧は最初からと言った。まだ一軒も火の手が上がっていない内から彼は目撃者だったという意味だ。

 勇敢になれと言いたい訳じゃない。まがりなりにも火を持っていたのだから畏れる気持ちも分かる。何故通報しない? 何故周囲に言い広めない? 逃げても町に甚大な被害が出るのは変わらないだろう。通報すれば俺は見かけ上だとしても捕まっていた。広まっていたなら町を出歩くことが困難になっていた。何故?

 犯罪行為の通報は市民の義務だ。見過ごした挙句に自分だけ逃げて一体どんな得がある。町は結局焼き払われた。俺がまだ自由なのは十中八九明衣のお陰……もといせいだが、それならそれで、何故その特権を知っている。警察の特別対応は周知されていない。年端も行かない子供にアイツは人気だったろう。確実に危ない人間であると広まっているのは考えにくいのだ。

 通報してから逃げた、というパターンは考えられない。火事は場所の特定が最優先であり、通報が多ければ多い程精度がそれだけ高まる。火に気を取られた犯人など見る暇もなかったという人も含めて、まともにある程度通報されたなら警察も動きはする。逮捕はしないだけで。あんなに堂々と放火して回ったのだから一度くらい警察に囲まれる覚悟はしていた。実際はどうだ。

「…………こりゃ何かあるな。でも、俺はこいつの事を知らない。今更追った所で鬼姫さんと合流出来る可能性も低いから、違うアプローチを探すべきだ」

「さっきから誰に言ってるんですか? 私に答えて欲しいんですか?」

「そこの、喋れない妹だよ。助手として働いてもらっているんだ。ただ俺の考えを聞かせてるだけ」

 これに関して悩む必要はない。ついさっき新しい切り口が見つかったばかりだ。

「よし、遥。町内会の集会場に行ってみよう。無我夢中で火をつけたから自信はないけど、向こうの方には何もしてない筈だ」

「…………ッ」

 コクリと頷く遥。喋れない設定が鬼姫さんから共有されているかどうか分からないのでこうするしかない。遥が効いた町内会の男の話―――真偽とかはどうでもいい。ただ、町内会という目的地が生まれるには十分な理由だ。

 明衣も町全体が繋がっているかもと言っていた。アイツの言い分を土台にするのは癪だが、確かに俺もきな臭い流れを感じている。個人だけで行うには不自然な動きばかりだ。頭が湧いてても観察力は馬鹿に出来ない。町全体とやらを探るのに町内会の集まりを探すのはそれほど悪い判断ではない様に思う。



「NGって、何なんですかね」



 立ち去ろうとする俺の背中に引き止める気のなさそうな独り言が向けられる。

「私は何もしてません。こういうのって、悪い事した罰とかじゃないですか。何でこんなのがあるんですか。こんな事で死ななきゃいけないんですか。NG、NG、って。誰がこれをNG(ダメ)って決めつけてるんでしょうか」

 そんな事を俺に言われても困る。俺は別にNGを刻みつけた存在じゃない。皆持っていて、簡単に死んでしまうから誰にも明かさない様にしている、暗黙の了解の中で存在する禁止行動。だからNGと一般的に分かりやすくNGと呼称されているのでは?

 誰が言い出したとかではない。俺は最初に両親からその存在を単語として聞かされて、俺自身も何となく、してはいけない事として物心がつく頃から知っていた。

「NGって、何だろうな」

 疑問に思うまでならまだ良くて。一線を踏み越えたら明衣になる。アイツもきっと知りたい。俺だって意味を教えたい。アイツを不能にして腐らせてやれば、この世界は平和になると信じているから。




















 適当に火をつけるべきじゃなかったと後悔する所だったが、集会場が無事ならそれで良い。今日集まりがあるかどうかなんてハッキリしていないが、少なくともこの人通りの少なさ、駐車場の空き方からして予定があるようには思えない。

「兄。一つ思うんだけど」

「ん?」

「ここって集まるだけの場所でしょ。何か手がかりがある可能性って」

「低いかもな。でも行ってみない事には始まらねえよ。あの赤い服の男探す為に奔走するよりは期待出来る」

 最低限の防犯として扉は閉まっているがガラス張りなのは幸運だった。近くの石で片方を徹底的に破壊し、家屋の中に押し入る。これも立派な犯罪行為だが、人死に繋がらないような犯罪に何の罪悪感も覚えなくなってきた辺り、いよいよ俺も悪党らしくなってきた。決して誇れる生き方にはなるまい。

「お前は二階を調べてくれ。縦の高さがそんなある場所じゃないから大丈夫だと思う」

 町内会の集会場と言っても、実際に集まるのは幹部や重役と一般に呼ばれる年功序列な爺さん婆さんばかりだ。そうでない人間は大体親が幹部である。とはいえそれを加味しても全体人数は十人程度。町内会費の使い道はそんな少人数で決められているらしいが、俺の両親は使い道に興味がないために。俺もどういう消費方法をされているかが分からない。

 あの二人は住まわせてくれるだけでも満足、というスタンスだ。それもこれも、昔住んでいた場所で皆殺しの現場に居た俺を気遣ってくれて…………本当に、頭が上がらない。だから両親にとって会費とは地代みたいな認識である。

「ん。また」

「気になる物は持ってきてもいいからな」

 階段で『妹』と別れて脇目も振らず印刷室へ。大広間の方は机と座布団くらいしかないと見た。あまりそこに重要な物を置くイメージもない。情報を見つけられるとしたら町内にお知らせなどを知らせる紙―――それを刷る部屋にあると思った。

「…………」

 初めて目を通したが、分かりやすく伝えようという努力の見えないチラシだ。月毎に配られるこれには会長からの御言葉や一か月の活動、今後の予定、近隣ニュースなどが盛り込まれている。それから会長が贔屓しているお店の広告やら、俳句の募集やら、町内会に参加する事の意義やら何やら―――端的に言って目が滑る。改行もいい加減だし、枠の割き方はまばらだし。余程興味がないとうんざりできる代物だ。

「…………」

 それでも頑張って読み込むが、伝わる事は会長万歳、という事だけ。枠外に注釈を入れてまで会長の事を褒めたがる。戦争を生き残ったり大学に入ったり記念館を設立したり、色々と激しい人生を送って来たようだがそれをわざわざ他の人に伝えてどうなる。『この人は凄い!』となるのだろうか。


 ―――会費、無駄だな。


「お」

 これは、良い物を見つけた。町内会の現行メンバーの集合写真だ。当然殆ど面識はないのだが、明衣との最初の調査の時に顔を合わせた数人がそこに映りこんでいる。彼らは確か、死体発見現場の時に居合わせたメンバーだ。じゃなきゃ明衣も聞き込みには行かない。

 その全員が町内会の幹部として所属している…………



「チッ」


 

 探偵のカンって奴は全く、嫌になるような精度だ。脳裏に浮かぶ明衣の顔を握り潰して、それでも嘆息せずにはいられなかった。


 もう無関係とは言いにくい段階まで来てしまった。

二次選考突破が嬉しいので比較的早めに更新します。

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