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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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43/98

世界にただ一人の味方テキ

 滔々と流れる灼熱が俺の手をかき混ぜる。鉄の中を巡る熱は腕から指にかけて、重力に従い皮膚を焼く。痛くて、熱くて、鋭い痛み。突きさすような痛みは、だが俺がまだ生きている証拠だ。本来死ぬはずだったこの身体、朽ち果てるべきだった心、何もかも、まだ続いている事など許されない。

 贖罪の道はただ一つ。彩霧明衣を殺す事。

 それしか俺の赦される道はなく、死ぬ定めはなく、生きる意味はない。時々それを辛いと思う事もある。だがやるしかないのだ。みんなが幸せになる道なんて最初から存在しない。ハッピーエンドなんて、明衣は望んでない。名探偵は殺す事に意義があるとばかりに秘密を暴いて、平穏を壊して、かってに失望する。クソ女。

「…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「兄」

「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

「兄!」

 声に引っ張られて振り返る。いな、身体を物理的に引かれた。伸ばしたままの手は固まったように虚空に伸びたまま水滴を垂らしている。


 手を、洗っていただけだ。


「三〇分もそうしてる。手がもう。石みたいに冷たい」

「……え?」

「…………」

 遥の涙に滲む瞳を見ていたら、それが嘘ではないと分かる。俺はただ手を洗っていただけだが、もうそんな時間が経っていたのか。手の感覚は死んでいる。この水の中に麻酔が混じっていたみたいに所々鋭く、だが痛みはないまま痺れていた。

 遥がタオルを手に取って俺の腕を丁寧に拭いてくれる。それから体温を戻せるように身体を密着させて―――谷間に腕を通して、直に熱を入れる。

「そういうのやめて」

「……手を洗っただけなのに」

「―――今日の放火。兄だよね」

「何でそう思う?」


「手、火傷してるから」

 

 そう、俺が手を洗っていたのは火傷したからだ。日常的に放火なんてした事がない。それを突発的に大規模でやろうとすれば自分に返ってくる事もある。水で冷やしていれば万事大丈夫かどうかは分からない。火傷と言っても深刻ではなく、本当に軽い物だ。

「帰ってくる時、いつもと違う人だった」

「日入の事なら後輩だよ。放火も一人じゃ出来ないだろ。アイツはいうなれば俺の生命線だった。NGを教えた訳じゃない。俺もお前も、誰かに教えるのはリスクが高すぎるからな」

 NGの厳しすぎる人間は若いうちに死んでしまうから、ここまで生きている人間のNGには必然的に回避策がある。そしてそれはある程度簡単。俺達も例に漏れずその通りだが、回避策は簡単でも条件はシビアだ。一度でも破ったら死ぬ関係で俺は『一緒に居る』と判定する距離が分からない。遥は予め家族で打ち合わせているからどうにかなっているだけで、喋れないという設定にしないと誰からも簡単に殺せてしまう。

 断固として話さない意思があっても無駄だ。何処まで『会話』の判定に入るかは誰にもわからないから、もしかしたら驚かされて声を出しただけでもアウトかもしれない。

「何であんな事を」

「分かるだろ。明衣だよ。アイツが……アイツに事件を負わせたくないんだ。その為には必要な犠牲だよ…………ごめんな」

「父と母も心配してた」

「――――――俺だって、好きこのんでこんな事はしてない。部屋に戻ろう。ちょっと落ち着きたい」

「何か作る?」

「……珈琲とかあれば」

「ん」

 家が狭いのは偶然だが、それが俺にとっては大きなメリットだ。家の中に居る分には、NGを破る事はない。壁の有無は考慮しないのだ。二階に押し込まれると遥はじっと俺を見つめてから、台所へ。抜け出したりしない。明衣を殺すまで自殺なんて。

 ベッドに投げうたれた身体から力が抜けていく低反発マットは気持ちが良い。人を駄目にする。このまま身体を呑み込んで、身動き一つ取れないままくたばってくれないかと想像する自分が居た。

「また俺は…………」

 またって何だ?

 違う。俺は気が滅入っているだけだ。何でもない。町中に放火なんて極悪犯罪者もそうそうやるような事じゃない。個人の気が多少大きくなったを遥かに超えて、その規模は組織的だ。俺の中の良心がちくちくと責め立ててくる。仕方ないと納得する自分が居ても、やっぱり人として許されない事は道理として存在する。

「兄。持ってきた」

「……有難う」

 お盆の上にコーヒーカップを乗せて遥が帰って来た。途中、扉の段差に足が引っかかって危ない様子だったけれど、水面を揺らしながらも机の上へ。俺も状態を起こしてカップを指にかける。少しでもいい。心を落ち着かせよう。

「遥。そっちで調べられた事があるなら教えてくれ」

「その前に、状況整理。いい?」

「分かった」

 状況というのはこれまでの捜査で分かった情報をまとめたいのだろう。俺と明衣が引っ掻き回したせいもあるが、全体的には少し取っ散らかっている。俺も改めて考え直しておきたい。別名は自業自得だが。

 ミニサイズのホワイトボードに書かれた情報を一つ一つ確かめていこう。


・発端は明衣がNGで殺された死体を目撃した所から始まる。彼女の他にも何人かいて、第一目撃者は不明。警察も明衣の姿を見てNGと断定し捜査をしなかった。

・後日、遥と共に向かった調査では死体はNGによって死んだのではなくNG偽装をされた殺人事件だと判明した。死体発見現場は客足の賑やかな居酒屋の裏口側。少し進んだら店員の使う自転車や車が置いてある。死体が自然に目撃されることもあり得る場所だった。

・死体の死因は恐らく撲殺? 捨てられた鍵は傍の貸しロッカーに対応しており、中には底の割れて血痕の付着した酒瓶があった。


「兄の方は、付け足したい事ある」

「明衣はNG偽装に多分気づいてる。証拠がないからってんでまだ気づいてないフリをしてる、と思う。何にせよ犯人の野郎がNGを悪用しようとしてるせいでアイツの興味をひいてる。先に見つけて止めなきゃな」

「他には」

「あの節穴名探偵の言う通り、町がグルってのはある程度本当だと思う。何処で繋がってるか分からないが、何か企んでるのは間違いない。それが全体なのかはたまたグループなのかは分からないけど……妙ではある」

「何が」

「貸しロッカーってのは大抵利用するまで鍵が傍にあるだろ。俺が中身を見たって事は犯人は殺害後にロッカーを使って凶器を隠し、また現場に戻って鍵を失くしたって事になる。おかしいよな」

「わざと捨てた、とか」

「その辺りはまだ推測の域を出ないけどな。ただ意図的だった可能性は高いと思う。あんなの見つかって困るのは犯人だろ。NG偽装したいんだからさ。不都合な事で鍵が消えたら血眼になって探す筈だ。あんな場所にあっても見つけられると思いたい」

「…………その事で。少し。兄が放火するちょっと前。居酒屋で鬼姫さんに連れられて中で会話聞いてたんだけど……」

「未成年が入っちゃ駄目だろ」

「水しか飲んでない。喋れないのも……バレてるから」

 NGに気づかれた上で協力されると何やら不穏な気配を感じてしまうが、やっぱりあの人に俺達をどうこうする気はないのか。遥の喋れない設定に乗っかってくれた事には感謝するしかない。お酒を飲まないとはいえ居酒屋に居るのもどうかと思うけど、口八丁で誤魔化したのだろう。言い方からしてそこまで長く滞在出来なかった。俺が町中に火を放ったからだ。それで有耶無耶になれば万々歳……って誰が。

「町内会の上下関係に悩んでたって人が来なくなったって話。この町、年々人が少なくなってるって」

「居酒屋で存在を覚えられるくらい通ってたんだな。まさか死体がその男だったのか?」

「分からないけど。こうも言ってたらしいの」



「『会長に逆らったら生きてられないって』」











 発言の意味を確かめるべく町内会の会合所へ行こうという流れも、そうは問屋が卸さない。俺が町中を焼き払ったせいで出歩く事も憚られる。特に主犯格。万が一にも犯行現場を見られたままだったらどうするべきかという不安が脚を鈍らせ、目的地が全く見えてこない。

「だからって、またここに来たんですか」

「……追いやられたんだよ。勝手に」

 スケッチブックを片手に燃え盛る町を描く未慧。手前には制服姿の男性が描かれており、恐らく実行犯を目撃していたものと思われる。

「最低ですね」

「分かってる」

「死ねばいいのに」

「それも、分かってる」

 遥はどうしても喋れない。ただ置物の様にブランコに座る俺を不安そうに見つめて、胸の前で手を握るばかり。

「誰かに許してもらおうなんて甘い考えはない。ただ、今ここで死ぬのは逃げだ。それだけは、俺が俺を許せなくなる」

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