放火後の殺人鬼
日入が居ないと俺がNGを守れないので呼びつけた。それ以上の意味合いは何もないが、電話番号を交換したのは正解だったか。だがそれ以上は求めない。犯罪者になるのは俺だけでいい。どうせこの命はまともではない。俺という存在は明衣の死を以て生きる価値を見失う。火を放つのは俺だけでいい。責められるのも、恨みを買うのも。
「せ、先輩……」
「悪いな、本当は危ないからもっと離れてて欲しいんだけど……あんまり離れると、通報されてしまうかもしれないからな。裏切ったらうっかりお前も火の中に放り込むと思うぞ」
「じょ、冗談ですよね……」
「…………さあな」
その前に俺が死ぬ、とは言えない。日入が幾ら気弱でもNGさえ満たしてしまえば誰でも簡単に殺せてしまう。だから幾ら信用していても、NGを漏らす訳にはいかない。そのための脅しだ。間違っても俺が良い奴なんて思わなくてもいいように。
死んでくれと願ってくれるなら、それが励みになる。
「取り敢えず木造建築だし勝手に燃え広がるだろ。逃げるぞ」
「え。あ。は、はい」
ついてきてくれないと困るので手を引っ張って校舎から離れる。火の手が上がれば目立つのは道理だ。煙も上がるし周囲の温度も変わって、そもそも音が激しい。近くに居たら関係者と疑われてしまう(俺は犯人だが)のも無理はない。誰でもそうだ。明衣だけは仮に犯人でも見逃されると思うけど。
「ど、どうしてこんな事を……するんです、か」
「明衣の暴虐で今度はどれだけ人が死ぬか分からない。その被害を食い止める為にしてるんだ」
「え……え?」
「お前は生き残ったから分かるだろ。NGは人を簡単に殺せる。どんな屈強な人間も関係ない。これは俺達生命に刻みつけられた禁忌の楔だ。お前はそれを怖いって言った。正しい反応だ。だけどあの低脳鬼畜探偵は隠し事が気に入らないからってNGを平気で解き明かして破らせる。最悪だ。俺はそれを止めたい」
「…………な、何でそんな事を?」
「名探偵のうんたらかんたら。俺は知りたくもないし理解したくもないな。それがアイツのNGに繋がってるなら話は別だが……とにかく悪いけどお前には協力してもらう。嫌だと言われても正直困るんだ。俺はアイツとは違うから無理強いなんてしたくないけど、お前しか頼れる相手が居ないからな」
「…………え?」
「正直、誰を信用していいかが分からない状況にある。でもお前はこの前まで何の関係もない後輩で、しかもNGを発動させたせいである種の殺人衝動も抱えた。お前は一ミリも悪くないよ、けどそれが今、一番信用出来る」
最初、日入真子は被害者だった。何から何まで被害者が正しいとは言わない。明衣にクラスメイトを鏖殺された俺も、今となっては立派な犯罪者。擁護されるべきではない。だが彼女は違う。本当にこの間まで背景事情もなく暮らしていたような子だ。
冥府魔道と鬼畜外道を煮詰めたような魔性の女の本質を知り生きて帰った。それだけでいい。それだけで十分だ。
既に火の粉は上がって人の声が集まりつつある。遠目からでもすぐに分かった。監視カメラのない学校で助かっている。もしもあったなら、まずそれを無力化する所から始めないといけなかった。
―――次はどうするかな。
明衣もこの騒動は既に関知している筈。わざわざ伝えに行くのは犯人が俺だとバラしに行くような物ではないか(自白と扱われなかったとしても俺が誘導したい目的はバレてしまう)。出来る事は出来るだけ明衣との関与を避けながら目的もなく犯罪を起こす事。今までは明衣も明衣以外も信用出来なくて動けなかったが、日入が隣に居てくれるお陰でそれが可能になった。
「わ、私しか頼れないっていうのは……彩霧先輩よりも……です、か?」
「アイツを頼ってるように見えたか。心外だな。いい事を教えといてやるよ。顔が良くてもスタイルが良くても心がクソなら女は駄目だ。アイツを見ろ、性善説なんて鼻で笑えてしまうような邪悪を、物の分別をつけながら虫のような無機質さで命を散らす悪魔だ。お前は違うだろ日入」
「…………」
殺人を後悔出来る心があるなら、良い奴だ。本来は俺とも関わるべきじゃない。
「……これから町に降りて火をつける。本当は山火事くらい起こせれば手っ取り早いんだが、関係ない奴が死に過ぎるからな。それはしない。お前は俺とつかず離れずの位置からついてきてくれ。関係者だと思われたら逮捕されるから、くれぐれも慎重にな」
「は、はい」
「それと明衣の存在が近いと思ったら全力で逃げろ。お前は興味を失くした事で生かされてる。次はないから、これだけは徹底しろ。自分の命を優先してくれ。頼む」
「…………」
「頼むよ」
「わ、分かりました」
旧校舎の騒動で人目が引きつけられている間に町へ降りる。今度は人目を掻い潜るのも苦労するから無差別に付けるのも難しいだろう。いや、構うものか。俺はやる。やらないと……明衣は騙せない。
分かっている。自分が甘っちょろい事なんて。旧校舎には人が居なかった。そしてこれからつける場所も出来るだけ人が居ない場所、居ても避難しやすい場所を狙うつもりだった。アイツは加害の意図がない事を直ぐに気づくだろう。俺の仕業かどうか気づかれるかはさておき、その意図が透けたら全部無駄になる。
「…………ごめん、なさい」
全員が賢明な事を願うばかり。人間を殺すなんてそんな真似はしたくない。でも殺す気概がないと騙せない。手にはライターと、油につけた布を絡めた木の棒。要するに即興の松明。
心を鬼に。
人を人とも思わず実行する。
「はあ、はあ、はあ、はあ…………」
「先輩……」
惨劇を、自らの手で。
二度と見たくない、のに。
「………………これは」
「お前が軽く見くびったから犯人が……調子に乗ったんじゃないか? やっぱり放置するべきじゃない様に思う。これは……やりすぎだ」
放課後までの一瞬、無差別に放たれた火の手が海となって町中を呑み込まんとする。消防車や隊員が目まぐるしく動き回るその中心で、明衣は目を輝かせていた。
「あは。あははは! あはははははっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっは! ここまでやるんだ! へえー! 凄いよ! 凄い凄い! ねえ乃絃! 面白いね!」
「笑ってる場合じゃないだろ。対応した方が良い。町中が共犯者とか以前に町が壊れるぞ」
明衣はくるりとこちらを振り向いた。声だけが笑っている。目は輝かせながら、口はまるで楽しそうじゃない。
「名探偵を馬鹿にするのもいい加減にした方がいいよ助手。対応した方が良い? それは違うね。対応したら負け。陽動なんかに付き合わないって言ったでしょ? あの直後にこんな事が起きたならやっぱり陽動なんだよ。しかも、教室での私の発言を聞いてるんだ。だから規模が大きくなった」
「…………」
「いいじゃん、せっかくだから利用しようよ。私を試す犯人にとってもこの事件は想定外の筈だから……だって試そうとしている人が意識を逸らす真似はしないでしょ。私を試したいのに邪魔をする……そいつをどう見つけ出すか、興味があるよね」
「―――って事は、放火魔を見つけ出せば犯人の方も炙り出せるのか?」
「そういう事になるね。流石は助手っ。だけど―――」
明衣は前方に歩く為にも姿勢を直し―――だが首だけは俺の方を向いたまま、頬が裂けん勢いで微笑んだ。
「ふふふ。そんな事になっちゃって、いいのかな~?」
ネトコン通過した記念です。




