命は燃やして薪に留まる
世の中には関わってはいけない存在が居る。それは見える世界の違う人間だ。政府が国民を電磁波で操っているとか既に宇宙人に侵略されていてここは箱庭なのだとか、そういう話をする奴は現実的かあり得るかという以前に世界観から違うので関わってはいけない。お互いに話がかみ合わずに辛い思いをするだけだ。
世の中には認識してもいけない存在が居る。それは絶対的に価値観の違う人間だ。見える世界が違うだけなら協力は出来る。世界観に踏み込まない話題や状況なら彼らは至って普通の人間だ。だが価値観の違いは根底であり、それは状況を問わず相対しただけでも噛み合わない。関わっても関わらなくても問題を起こしかねない人間に巻き込まれない方法は認識しないようにするだけだ。いないものとして扱わないといけない。関わろうとしなくても腫れ物扱いは確実に気づかれてしまう。だから可能なら石ころとか端っこの雑草みたいな認識で。あったりなかったりするかもという程度の認識を。
そして関わってもいけないし認識してはいけない奴がいる。それが彩霧明衣だ。こいつは文字通りの死神で、存在すら信じなくていい。頼むから迷信であってくれと何度願った事だろう。こんな奴が人間で居ていいのか。宇宙人は信じないが悪魔なら信じてやれる。こいつの事だ。悪魔祓いとはこいつを殺す為の存在であり、こいつを悪魔とみなさない奴は総じてペテン師。そう言い切っても良い。
「うんうん、乃絃が考えてる事が分かるよ。もう長い付き合いだもんね。町の全員が敵かもしれないと思うと、安心して歩けていた町も怖いって。みんながもしかしたら銃を持ってるかもしれない。流石の名探偵も銃を持ち出されたら死んじゃうな~」
「…………もしそうなら、今すぐ警察でも何でも襲ってお前を銃殺してやるけど」
「今の乃絃にそれが出来るとは思えないな~ねえ?」
明衣の発言は何から何まで的外れだが、こいつと同じようにNGに対する干渉をしてきた人間が居るのは間違いない。怖いなんて言わないけど、目的が分からない内は警戒しないと。明衣をやる気にしてしまうのも問題だし、このまま放置してNG偽装が蔓延るとそれはそれで完全犯罪者をみすみす見逃している事になる。
完全犯罪なら見逃すもクソもないという言い方にはぐうの音も出ないが、NGをかさにしていると分かれば晴れて最悪な完全犯罪の完成だ。どうやって行われたか分からないから完全なのではなく、手口は分かっているのに取り締まれない性質の悪い犯罪。
「……で、どうやって犯人とやらを炙り出す? 文字通り昨日の放火に手応えはなかったろ」
「いや、そうでもないよ」
明衣はベンチの上に立つと町を見下ろすように伸びをした。視線の先には何処にいるとも知れぬ犯人。幻想であって欲しいと願うばかりだが、残念ながらNGに見せかけて殺人をした人物がいるのは事実だ。
「あの放火を止めようとした人は多分違うかな。私が見てたのも知ってる筈。放火を見て見ぬフリした人が怪しいね」
「別に全員行くのが義務って訳でもないだろ。絞り込み方としてはどうなんだ?」
「ふーん。疑問に思わないって事は、そっちも別に犯人が居るって考えてるんだね?」
「……ノーコメントだ」
「うふふ。いいよそのままで。乃絃も助手として少しは推理力を鍛えてるって分かったもん。私嬉しくなっちゃった!」
明衣は空中で指を動かすと空中でホワイトボードを作り、授業でもするみたいに指を動かしていく。
「夜に不審者に襲われた時はどうするって教わったっけ?」
「火事だ―って叫ぶよな。不審者がいるとか襲われてるって言うと巻き込まれたくない心理が働いて逆に助けてもらえない。でも火事と言われたら自分の家に燃え移る可能性とかも考えないといけないから見てもらえる……嘘も命には代えられない。それがどうした?」
「ちゃんと火事が起きてたのに様子を見に来ないどころか助けに来ない人が居るってどう思う?」
「そんな総出で行く程の事じゃない。通報で十分だ」
「隣の家の人が、身動き一つ取らないの?」
…………何?
放火された光景を思い返してみたが、呑気に歩き回る明衣の印象が強くてすっかり忘れてしまった。だが幾ら何でも隣で燃えている時に動かないのは人として不自然だ。
「まあNGの関係で近づけなかった人は省いても良いかな。でもでも……やっぱり妙だよね。あの死体はNGじゃないのにそう思わせるように隠蔽された。つまりある程度協力関係が築かれている。協力者なら助けないといけないのに何の反応もなかった。外出してたのは考えにくいね。私の記憶ではあの時間帯はほぼ家に居るし、居なかったなら居なかったでやっぱり火は気にするのが自然じゃない?」
「…………」
それはそう思い込みたいだけ、とは言い返せない。火は命に関わる事象だ。自分の身を護る行動は本能であり、それを証拠もなく否定しようとするなら、そう思い込みたいのはむしろ俺という事になる。
「切り捨てた……って事か?」
「多分私が乗り込んだのを見たんだと思うよ。だから助けようと思わなかった……むしろ切り捨てちゃった方が関係性が見えなくて尻尾切りが大成功って所じゃない? そう考えると、これは中々やりてだよ。私をちゃんと危険視してる……こんなの初めてだなー」
「お前が危険なのはこれまでの行動見てりゃ馬鹿でも分かるけどね。分からない奴は死んだんだろ」
キーンコーン、カーンコーン。
昼休みが終わってしまった。また調査に駆り出されると思っていたが昨夜の事件で考えが変わった様だ。
「……もしかしたら学校の中にも関係者が居たりするかもね。私と乃絃は部外者だから分からないし」
「そうやって全部が敵に見えるようになったら最終的にどんな奴になるか知ってるか? 陰謀論者の完成だ。政府が電磁波をばら撒いてるとか水には毒があるとか言い出して、周りからどんどん孤立していくのさ」
「大丈夫、そうはならないよ。だって乃絃は私の味方だし、私は乃絃の味方だもん。それだけがハッキリしていれば悩む必要なんてない。そうでしょっ」
極端から極端に振れるコイツの理屈はハッキリしているだけに非常に正しい。俺には裏も表も存在しない。かつてクラスメイトを皆殺しにされてただ一人生かされた男だ。何らかの繋がりがあったとしても全て消えている。信じられるかどうかという点ならこれ以上の物はない。
明衣もまた、裏も表も存在しない。一貫してNGを明らかにしたがる狂人であり、その為なら殺人も厭わない。警察が関与を避けようとする正真正銘の危険人物であり、それは公権力の敗北に等しい。何故そうなっているのかは分からないし教えてもくれない。
殺人鬼の思考回路について理解したいなら明衣が一番近いとも言える。ただし、彼女は飽くまで隠し事を追究する事に興味があるのであって殺人は結果でしかない。その結果に興味がないから結果として何の躊躇いもなく人を殺せる化け物が出来上がってしまった。何が欠けているかと言えば絶対的に倫理観が欠けている。
明衣の隣を歩いて自らの教室へ。コイツは何も疑わない。悩んだりしない。さっきの発言は俺以外は全てどうでもいいとみなすいつもの発言だ。
―――守り切れねえよ。
犯人が居るのは間違いないが、明衣が言う程複雑化しているとは思いたくない。この化け物を止められる可能性があるのは俺だけな以上、何もしないまま死者を増やすのは最悪に気分が悪い。何とか先に事件を解決したいが……鬼姫さんが居ないとどうにもならないか。
明衣の推理の邪魔なんかしたって無意味だ。もしかしたら俺を殺してくるかもしれない。それでは復讐が出来ない。
頑張って、逸らすしかないな。
推理が進む時間を遅らせる。関係ない謎を増やせばいい。名探偵なら謎を無視なんて事はしない筈だ。その為なら俺は、クラスメイトだって騙そう。




