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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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39/98

さみだれなるままに

「兄。その痕は……!」

「やろー……何で今夜は柄にもなく口紅なんか塗ってるんだよ。くっそ……」

 少しは抵抗すれば良かったと本気で公開している。顔中キスマークだらけで今すぐ死にたい。というか衝動的な自殺をしかけたのは秘密だ。遥の所までNGに引っかかる事もなく戻れたのは全くの偶然。たまたま横を通りがかった人が連続して近くに居ただけだ。遥を呼べばこんなリスクを負う必要もなかったとか、考えるだけ無駄だ。それに兄の面子が立たない。

 顔中にキスマークがついた時の半狂乱っぷりは今思い返すと自分でも警察に通報されるには十分な状態だったと思う。今は落ち着いた方だ。妹と合流するより顔を洗いに行きたかったが近くに公衆トイレが無かったのが運の尽きというか、近くというのは妹と合流するまでの道中という意味だから、ある訳がなかった。

 ここに来て駅のトイレを使えば良いだけだった事にも気づいたが時既に遅し。焦っていると簡単な解決策にも気づかないのだから何とも恥ずかしい。ともかく偶然で俺は生き永らえた。運が悪ければこの日にNGを踏んで死亡していたのだ。死を忘れるな。

「今夜は不愉快すぎるからもう帰るぞ。話したい事もあるし」

「……うん」

 これが昼間であったなら今も半狂乱になっていたかもしれない。夜の暗闇が人の顔にモザイクをかけて判別をつきにくくしてくれる。これがギリギリ俺に人としての理性を保たせてくれた。本当は自分の顔が穢れている事に耐えられなくてナイフがあったら今すぐ切り刻んでいたのだが、それは内緒だ。明衣が素直に俺を解放してくれたお陰でゆっくり話が出来る。

「……鬼姫さんについてはお前も覚えてると思うけど、少々厄介な事になった。お前のNGが見破られた」

「それって」

「ああ、最悪だ。あの人は声を掛ける前から上でずっと俺達を見てたっぽいからな。喋れない設定は時間の無駄になった。こういう事があるからNGって奴は嫌いなんだ。俺の方だって明衣にバレてんのかバレてないのか……」

「……私、迷惑?」

「いや、そんな事はない。鬼姫さんのNGは煙草関連だって教えてもらった。嘘の可能性もあるけど……知り合う前から煙草吸ってたしな、狙われた感じもしないから本当だと思うんだが」

 思うだけで、信用はしていない。それすら見透かされていたものの、NGがバレてしまった以上信用しない訳にはいかない。不幸中の幸いなんて言い方はしたくないが遥が隠れ蓑になって俺のNGがバレずに済んだのは良かった。

 


 家に帰ると、狂ったように顔を洗ってキスマークを落とした。いつも過剰なくらい手を洗うのを彼女に咎められているが流石に今度ばかりは気持ちを理解出来たのだろう。『妹』と気持ちが通じ合えて俺は嬉しい。明衣をどれだけ嫌っているのかその少しだけでも理解してくれれば十分だ。

 部屋に戻ると口直しならぬ身体直しをするべく遥を抱きしめた。寝ている状態でなければ首を絞める事もなく、至って健全に『妹』をハグ出来る。明衣とは違う安心感だ。

「………………」

 狂ったようにという言葉を安易に用いたつもりはない。あの遥が黙ってされるがままを貫いているのがその証拠だ。洗面所をびちゃびちゃに汚して、床が浸水でもしたのかというくらい激しく水を使った。わざとじゃない。ようやくこの顔の穢れを落とせるかと思ったら嬉しくなって犬みたいにはしゃいでしまった。

 勿論後で掃除はしたけど、兄のそんな姿を見たらハグくらいはと思われたのだ。兄としての尊厳みたいな物は一切ないし、必要ない。明衣に限ってはそんな物があっても役に立たない。命を無駄にするだけだ。

「悪い。もう大丈夫だ」

「まだいいよ」

「いや、これ以上はお前に申し訳ないよ。そんな事言い出したら毎度毎度首絞めてる時点でどうかと思うけど、俺がまともな内はまともに扱わせてくれ。いつまでもそうだとは限らないからさ」

 狂人の真似とて、とも言われるし俺は真似をしていないが、隣に狂人が居てその行いを咎められていない以上、共犯に近い。ならば俺も同類だし、それこそことわざには朱に交われば赤くなるという言葉がある。

 今もまともだと言い張っているだけで、俺はおかしくなっているのかもしれない。それが主観ではどうにも判断出来ないから俺はアイツのNGを見つけて二人きりの場所で殺そうと思っているのだ。連鎖的に俺も死んでしまえば、狂気はそこで終わる。

 ベッドに腰かけて、先程までの出来事を整理する。明衣に絡まれた事実は一度置いておこう。考えるだけで怖気が走って止まらないから。

「俺が現場で拾った鍵は駅にあるロッカーに使えた。その結果、あそこで起きた事件はNGではない事が判明した」

「…………明衣さんは知ってるの」

「流石の名探偵もエスパーじゃないからな。情報が出揃ってないからそういう意味じゃ一歩リードしてるんだが……クソみたいな勘で疑ってるらしい。明日から俺にも助手の仕事が回ってくるだろうな。名探偵への挑戦状だってウキウキしてるから、今まで以上に制御が利かない可能性が高い。アイツは陰謀論よろしく町全体の何割かがグルだって言い出してるから大々的に立ち回ると思う。お前は……鬼姫さん以外には嘘はバレてないと思うから引き続き調べてみてくれ。何とかして明衣より先に犯人を見つけてアイツの被害を抑えたい」

「……被害?」

「アイツの真のやらかしは放火じゃないんだ、今日何をしてたかって、一日中他人様をつけ回して家に押し入って皆殺しにしたんだぞ。アイツにやる気を出させちゃいけないんだ。犯人が何の目的でNG偽装したかなんて興味がない。とにかく明衣を止める為にも事件は解決しないといけないんだ」

 だから最悪解決しなくてもいい。動機なんてどうでもいい。勿論その場合は明衣に見破られない程度に偽装が必要だが、アイツにバレない嘘なんて吐けるかどうかわからないからとっとと事件を解決させる方向にシフトしたのだ。

「本当は動きやすさの為にも明日から暫く俺とも話さないでもらうのが一番いいんだけど……」

「それだけは嫌」

「まあそうだよな。だから……手話なんて殆どの奴が分からんだろうし筆談で頑張って欲しい。もし鬼姫さんの姿を見たならすぐに離れろ。調査をその時点で終わらせてもいい。NGがバレてる以上信用するしかないのはそうだが、お前が人質にされたら俺はどうする事も出来ない。いいな?」

 コクリ、と頷く遥もまた、俺は信じるしかない。鬼姫さんとはまた意味が違うものの、明日から振り回される事が確定しているのでどうする事も出来ないという意味なら同じだ。

「……犯人が誰か知らないけど、傍迷惑な奴だ。許されるなら俺がぶっ殺したいよ」

「兄ッ」

「分かってる。そこまで腐っちゃいない。でもな、明衣を活気づかせるなんてまともな人間のやる事じゃない。あんな奴は退屈で死んだ方が世の為人の為なんだよ」

 今日は酷い目に遭ったのでさっさと寝たい。外側に体を向けて眠りにつこうとすると、背中からぴたりとついさっき感じていた感触が密着する。

「…………首を絞めたくないから離れろ」

「離れてても絞められる」

「……」

「だから、こうすればいい」

 背中から『妹』に手を回され、両手を掴まれる。確かに対策にはなるだろうが、お互い眠った後は結局博打だ。こうすればいいなんて彼女は言うけど、この手の対策は初めてじゃない。所詮は気休め程度の成功率だ。寝ている時の俺は二重人格も斯くやというくらい狂暴らしいから。

「……兄」

「ん?」



「死なないでね」



 明衣を引き換えにした破滅願望と、妹の願いは一致しない。兄としては後者を優先するべきなのだが、これは復讐だ。俺の人生を滅茶苦茶にしてくれたアイツへの仕返し。だから悪いけど、止められない。

「死なないよ」

 アイツを殺すまでは。死にきれない。

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