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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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31/98

命は徒労で終わらせない

 やっぱりギリギリ間に合わなかったが、多田先生の一件以降明衣を恐れるようになった先生が教科担任だったのでお咎めは受けなかった。隣に居る俺もやっぱりお叱りは受けなかったので一部ではこれを『助手特権』と揶揄する人間もいるが、それは違う。俺に何かすると明衣に目をつけられるのが単純に怖いのだ。

 全く恩恵を受けていないかと言われたら嘘になるが、狙ってその恩恵を与った事はないし、人生というマクロな視点で言うとこの程度の恩恵ではまだ全然損害を埋め合わせられていない。かつてのクラスメイトが全滅した事実がこの程度で帳消しになってたまるか。

「お前の要求に付き合ってやったんだから授業くらいは真面目に受けろよ」

「はいはい。乃絃君がそんな事で満足するならちゃんと受けるよ」

 明衣の事を何から何まで読み切れるとは言わないが、これを言わせたら取り敢えず授業はちゃんと受けてくれるという信頼はあるが、明衣の存在自体信用ならないのでいつも監視している訳だ。席がどちらかというと俺の方が後ろにあって良かった。煩わしい授業の時間、俺はずっと明衣の背中を観察している。

 こいつがモテる世の中は確実に間違っている。どういう行動を列挙しようとやっている事は不良なのに、顔が良いからって持て囃される。理不尽だ。授業を真面目に受けない生徒は周りから煙たがられて然るべきなのではないか。こいつの素行不良は授業中に寝るとか雑談程度ではない。考えるまでもなく、校内で平然と殺人を犯している所が何よりの素行不良だ。

 何だって突然と思われるだろうが、明衣の机の中にラブレターが入っていたのである。今時と思うかもしれないがアイツは誰とも連絡先を交換していない。機械に疎いとかではなく、俺が『絶対に何があっても俺以外と連絡先を交換するな』と伝えた。


「助手の独占欲だっ」


 とアイツははしゃいでいたが、勘違いはどうあれ俺の知らない所で繋がってくれるとそいつはもう助けられない。あの名探偵の事だから一方的に連絡先を知っているという事はあるだろうが交換はない筈だ。

「………………」

 その気がないなら破り捨てるか見なかったフリをすればいいのに、NGに繋がるかもしれないならどんな内容でも律儀に読む。真意はそれだけなのに、それを知らない奴が多すぎるから傍から見ると律儀というか、脈があるように見えるのかもしれない。

「…………」

 その絹糸のような白髪と併せて、横顔は精緻に作られた人形にも見える。こういう見た目だけが綺麗な奴は硝子の箱で閉じ込めて遠くから眺めるに限る。それが許されるならアイツは非の打ちどころがない存在だ。俺と話していない時はつまらなそうに口を結んで視線だけが文章を追っている。動くと噂の呪いの人形と明衣を隣に並べたら多分どっちが人形か分からない。近めで見れば生物と無機物の質感で分かるだろうが、遠めだったら……?

 手紙を読み終えたようだ。綺麗に中身を戻して同じように折り畳む。多少トラブルはあったがこれから真面目に授業を受けるのだろう。そう思ったのも束の間、二通目のラブレターを読み始めた。

「…………?」

 ラブレターと言っても♡のシールが貼られている訳ではない。単にメモ蝶か何かを折り畳んだ物が入っているだけだ。俺が断言しているのは高校に入ってから机に手紙が入っていてそれがラブレター以外だった試しがないから。

 今どき手紙くらいでしかやり取り出来ない時点で少しはおかしいと思わないのか。NGで死んだから話題に出来ないのだろうが、明衣に直接告白した結果殺された奴もいるのだから最善はそもそも告白しない事。どんな嫌味な女子が居たとしても総合的な性格はコイツよりは遥かにマシだ。


「何だかんだ明衣の事ずっと見てるよなーお前」


「あ?」

 授業中に不真面目にも話しかけて来たのは同じクラスの男子、合里あいさと。悪いが名前の方は思い出せない。名前を憶えていたりいなかったりするのは申し訳ないが、いつ誰が死ぬかと思うと思い入れを残したくないので適当に覚えている。

「お前が彼氏って公言してないからあんな風にコクられんだぞ。言っちまえよ」

「……クラスメイトにまだそんな事言う馬鹿が居るとは思わなかったな」

「や、アイツがやべーのは知ってるけどさ。お前が何とか制御しようとしてんのは分かるよ。だけど彼氏って公言しないからアイツの見た目だけ見て惚れちゃう奴が続出するんだぞ。嘘でもいいから彼氏って言うだけでそういうのは減らせるだろうに、なんで言わないんだよ」

「…………悪い。尤もな事を言う奴だった。確かにその通りだな」

 俺が嫌がっているだけで明衣は恋人関係と勘違いされる事に大した拒絶をしない。何なら喜んでいる節さえある。

 阿呆だ阿呆だと見下しているが俺がプライドと尊厳を捨てて彼氏と言えば彼らは救える。確かに、言い逃れの出来ない対策だ。有効である事は間違いない。元々恋人が居るのにわざわざ奪い取ろうという趣味の奴は多数派ではなく、そんな少数派はどの道俺では助けられない。

 だが……

「―――滅私奉公してまで助ける義理はない。じゃあお前はアレルギーの奴にアレルゲン物質をお前が食べれば沢山の人が救われるから食べろって言うのか?」

「そこまでなのかよ」

「そこまでだよ。分かってもらおうとは思わないけど、吐く程嫌な奴を恋人にするなんて嘘でも御免だな。誰かを助ける前に自分が壊れたんじゃ身も蓋もない。だからやだ」

 救世主ではない。聖人でもない。俺が誰かを助けるのはこれ以上無意味に殺されるのは嫌だというエゴであり、誰かにとやかく文句を言われるモノじゃない。俺に助手としての価値があるからまだ生かされている大前提は忘れるな。誰かを助ける行為はその価値を失いかねない。そもそも助けようという行為にリスクがあるのだ。

 我が身可愛さだけなら全員切り捨てる。俺の事はなんと思ってくれてもいいが、助けようとするだけ有難いと思ってくれ。


 そもそも明衣に近づかなければ俺とも関わらなくていいんだから関わるな。


 これから命知らずにもアイツを彼女にしようとする馬鹿全員にそれが言いたい。

「………………」

 手紙が三通、四通、五通、六通、七通、八通………………





「いやどんだけ溜まってんだよ!?」




 たまらず授業中に立ち上がると、明衣は嬉しそうに首を傾げた。




「探偵にもモテ期はあるんだね?」




























「今日は用事があるから家までは一人で帰ってくれる?」


「…………は?」


 放課後。部活へ赴く為に、もしくは明衣から離れたくてクラスメイトは足早に散っていく。どちらにせよ早く移動しないと俺はNGを踏んでしまうのに、明衣がそんな事をやにわに言いだしやがった。

「な、何で?」

「用事があるから。明日の調査には勿論協力してもらうけど、今日は休みでいいよ。じゃあ私は先に行くから、ちゃんと家まで帰るんだよ」

「ちょ、ま、ま! 突然すぎるだろ! 今までそんな事なかったじゃないか!」

「今まで通りなんて探偵の世界にはないんだよ乃絃君。そんな事言い出したら、君だってやけに動揺してるじゃない。まるで私が離れる事が都合悪いみたい」

「…………!」

 朝の疑いは、やっぱり晴れていない? それとも晴れていないという事はバレていないから……いや、知っていて敢えて弄んでいる可能性もあるか。いずれにせよ目をつけられている。やはり夜に外出したという説明はまずかったか。嘘は吐きたくなかったが、本当の事情が事情なのでこんな風に怪しまれるんじゃ騙しにかかった方がマシだったかも。

「……そんな事はない。お前と離れられて清々してるよ。そんじゃ、先に帰るからな」

「今度は素直だね。へー」

「…………手を放せよ。お前も用事があるんだろ」

「用事はあるけど、もっと名残惜しむ言葉が欲しいなって」

「無いよ。そんなもん」

 まずい。早く放してくれないと他の人が遠くへ行ってしまう。具体的にどの距離までがセーフなのかを検証出来ない都合上、校舎の何処かに人が居るならセーフだろうという楽観的な見方には賛成出来ない。

 だがここで手を振り切って条件を満たしに行くと今後ずっと怪しまれる。NGを言わない約束は守っても探るなとは言わなかった自分が憎い。というか言ったとして守る保証は? 

「…………何を言わせたいんだよ。言ってやるからその台詞を言えよ」

「名残惜しむ言葉が欲しいな」

「おいボットかてめえこの野郎」

「名残惜しむ言葉が欲しいな」

「……………………」

 埒が明かなくなってきたので明衣を机の上に押し倒すと、身体で圧し潰すように密着して唇を重ねた。言葉なんて間違っても思い浮かばない。だって俺はコイツを愛してないから。名残惜しんでるっぽさならこれ以上はないだろう。商店街でのお返しだ。

「…………んっ」

「…………」

 唇を離すと同時に、俺を繋ぎとめていた手が離れる。満足してくれたようで何よりだ。

「また明日ね、乃絃君」

「また明日」

 


 それから急いで廊下に飛び出したが、周囲には誰も居なかった。



「…………!」

 これは…………博打になってしまった。安牌を取るなら明衣の元へ戻ればいいが、それは俺のNGを教える行為に等しい。それは選択肢にあるようで実質的に残されていない。ハメられた実感に一度足を止めてしまったが、その躊躇が命取りだ。NGを破れば多くは即死。明衣から離れる事を躊躇ったというだけでも後々追い詰められる要因になりかねない。


 ―――やってくれたな、クソが。


 覚悟を決めて近くの階段まで全力疾走。追いついたからセーフみたいな事例は見覚えがない。一度破ったらその時点でアウトだ。だからこの走りには何の奇跡も起きない。元々範囲を超えていないか、最初から超えていたのでアウトかのどちらかだ。

 廊下を曲がって階段に足をかけようとすると、防火扉に隠れて誰かが隠れていた事に気づいた。

「………………あ、あのか。帰りませんか。いい一緒に……?」




「…………………日入…………」




 部活動の殆どは専用の部屋や屋外で行われ、俺達の教室からはそのどれもが等しく遠い。今日が雨なら話は違ったかもしれないがこの階段の静けさからして三次元的に周囲(NGを破らない範囲内)には誰も居なくなってしまった。

 そして悟る。

 恐らく俺がNGを踏まなかったのは、彼女がここで俺を待ってくれていたからだと。

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― 新着の感想 ―
[一言] さすがに、女子が待っている事は知らないはずだから。 NGは明衣は本当に知らないのでは。 逆に女子が待っているのに気付いてたら本格的に化物だけど。 事情を頭から消すとキスホントウニロマンティッ…
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