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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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30/98

不可能殺人

 警察は明衣を嫌がっている。それが当時、連行されてもコイツが何事もなく戻って来た理由だ。あの時とは住む地域が違うものの、何故かその悪行は知れ渡っていると考えた方が良い。ある種全国指名手配、きっと『彩霧明衣には関わるな』と共有されているのだろう。

 これ見よがしに机に胸を置きながら明衣は楽しそうにメニューを除いている。真ん中のボタンを一つ外しているのは僅かに見える谷間に欲情してもらいたいからか。確かにするけどそれ以上に不愉快なので俺は気にしていない。

 人は外見より内面というのをやはり確信する。見た目がどんなに白くても中身が真っ黒い女は最悪だ。止める術は現状ないので、これから事情聴取せざるを得ない店員は誠にご愁傷様。俺にはどうやっても止められない。せめて早く終わるようにはしたいと思うがそれも本人次第だ。

「二人で食べるのと話を聞くのはどっちが先なんだ?」

「それは何か関係あるの?」

「効率の問題だな。温かい内に食べないとまずい料理を頼んだけど先に話を聞くんだったらどうしても少し冷めるだろ。冷めたら美味しいのは……まず最初から冷めてるだろうけど」

「そっか。乃絃君は何がお望み?」

「グラタンが興味ある」

「成程。熱々じゃないと確かに美味しくないかも。恋愛もお熱い内が楽しいって言うもんね」

「言っとくが、俺が暫定的に恋人扱いされてる事には納得いってないからな。俺は助手、お前は探偵。距離感を履き違えるなよ」

「ダーリンっ」

「死ねクソ女」

 俺の悪態など意にも介さず、明衣は慣れたように店員を呼び出して注文内容を告げる。シンプルな流れだが、呼び出した途端に尋問は始まらなかった。『少々お待ちください』という言葉と共に店員がテーブルを離れてしまう。

「おい」

「違う人。それにここのグラタンって熱々すぎるくらいの温度で来るから、ほんのすこーし待った方がいいよ。舌を火傷しちゃったらせっかく美味しくても味が分からなくなるから。大丈夫、直ぐ終わらせるから。むしろ私は、さっきみたいにあなたに暴走して欲しくないなあ」

「お前を頭からっぽって扱われるのが心外なだけだ。いや論外だな。信じられない。馬鹿にしなきゃ俺も何も言わねえよ」

「…………優しいね?」

「肩を寄せるな、暑苦しい」

 面倒な事は先に終わらせたい主義でグラタンを頼んだのに、暑苦しい中で熱々の料理を食べるのは趣味じゃない。もっと冷やし中華みたいな、さっぱりした物を頼めば良かったのか。それともどっちみち詰んでいたのか、正解は明衣のみぞ知る。どうせこいつの気分で結末は変わるのだから。

「…………よく考えたら妙だな。お前何でここのグラタンについて知ってる? 食べた事あるのか?」

「そりゃあね。何にも注文しないで居座るのはどうかと思うな私。凄く迷惑だと思うし」

「頭どうなってんだこいつ。店に居座るのは迷惑で殺人は何ともないってか」

 相手が勝手にNGで死んだだけ、という体だから罪悪感なんてないのだろう。流石に知っているが、だからってじゃあ納得出来るような価値観ではない。真実とやらを暴いてその結果人が死ぬのがどうでもいい? 道徳心が満ちた代わりに倫理観が欠如したのか。今更だが、やっぱりこの女は頭がおかしい。

「食事ってさ、凄く大切な行為だと思うんだよ」

 明衣は机の下で俺に手を重ねながら、横目で見つめてきながらそんな事を呟いた。独り言のような、話しかけているような。

「人は食べ物を食べないと生きていけない。栄養がないと肉体を維持出来ない。沢山食べる物があっても、犠牲あっての行為だからさ―――隠し事を探るなら一番いい瞬間でもあるんだあ」

「…………!」

 こいつ。

 俺には全てが分かった。情緒的な発言に惑わされるな、明衣にそんな趣はない。こいつは単にNGを探っているだけ。要するに食事がNGに関わる人間を見つけたいからお店に居座りたい訳だ。例えば『箸は逆手で持たないといけない』NGがあったとする。普段の生活からそいつのNGを割り出すのは不可能だ。だって箸は食事の時じゃないと使わない。

 明衣が言いたいのはそういう事。この例に沿うならじゃあそもそもそいつは箸を使わないのではと思われるが、人間社会はそうもいかない。一人きりならともかくそこに友人や同僚といった他人が居たら?

 NGはずっと言っている通り、破らせたところで罪には問えない。NGを教えるという事は相手に命を差し出すような物であり、お前なら破らせないよなという信頼の証でもある。確かに禁忌としてそれは互いに触れるべきではない話題だが、どう考えても箸を使うべき料理で箸を使わないなどの駄々を捏ねたら不審に思われるだろう。

 そこで『俺のNGは箸を逆手で持たないといけない事なんだ』と言えたら命知らずな奴だ。多くは言えない。その方が安全だから多少無理やりにでも誤魔化すしかない。


 最悪なのは、明衣が積極的にNGを暴いてるという事が別に知れ渡っている訳ではないという事だ。


 それが噂になっているなら色々警戒出来るのに、まさかNGを暴いて破らせようとする人間が居ると思わないならつい気が緩む事だってある。周りに取り敢えずバレなければいい程度の防衛心で明衣の観察眼からは逃れられない。




「お待たせしましたー」




 ほんの二品しか頼んでいないから想定よりも早く料理が運ばれてきた。メインディッシュはこれだが主目的は違う。グラタンが机に二つ分並んだのを見てから明衣が店員に声をかけた。

「ねえ店員さん。貴方、昨日の夜死体見たでしょ? 居た顔してるよ」

「…………! し、仕事中だからその話はやめてください!」

 挙動不審を絵に描いた視線の動き。体格と若さからして二〇代の男は明衣を見るなり怯えた表情を隠しきれていなかった。だがそれはこいつの頭のおかしさを感じ取ったというより死体の話を真昼間に振られて驚いた………………

 という訳でもなさそうだ。

「ねえ、あの死体の事知ってる?」

「死体の話はやめてください! 料理を運んできたんですよ、まずくなる!」

「あー……今更だから気にしないで下さい。それと早く正直に答えないといつまでもつき纏ってくるから正直に話した方が良いと思いますよ」

「知らない、何も知らないって!」



「じゃあさっき外で私と彼がキスしてた時、どうして怯えてたの?」



 違和感の正体。

 それは明衣とのキスを見て特別な反応をした人物の一人であるという前提だ。この人は明衣を見た事があって、覚えていた。それが衆人環視に制服姿で学校も無視してキスしていたから怯えていた…………怯えていた?

 店員は口を噤んだまま動けないでいる。立ち去れないのはストーカーされる危険性を伝えられたせいかもしれない。これじゃあ俺も共犯か。

「店員さん。隠し事は良くないよ。ちゃんと全部話して。それだけでいいんだから」

「あの、本当に話した方がいいですよ。死にますからね」

「何だ何だ殺害予告か脅迫か!? 警察呼びますよ警察!」

「『死にたくないからこんな事で通報しないで下さいっ』って言われてたのにまた呼ぶんだ」 

「………………!」

 隠し事は良くないという口で自分の情報は隠して、ボロが出始めたら後だしジャンケンを繰り返す。これもこいつの性格が悪い所。明衣の発言が本当なら警察を呼べば言い逃れがきかなくなる。この人は昨夜警察に怒られたのだから、同じ状況になれば警察の発言から裏付けが取れてしまう。少なくとも何も知らないはあり得ない。見たまんまの情報を伝えるだけでもいいのに。

「―――もう俺食べてもいいか?」

「うーん。そうだね、このままだと冷めちゃうし。アプローチを変えてみようかなー。店員さん、もう行っていいよ。バイバイ」

 明衣は気まぐれに推理の方法を帰る。今に始まった事じゃない。



「隠す事自体に意味がなくなれば話してくれるかなー」



 …………さて、どうやって助けようか。



 取り敢えず時間を稼ごう。

「これを食べ終わったら昼休みも終わるだろうし、学校に戻るからな」

「うん。デートみたいで楽しかったね」

「それはてめえだけだ」




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