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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
1st Deduct イジメはペケ
3/97

そこに何もなくても、周りが黒であるなら白がある

「どけよ彩霧!」

「嫌です。どきません。中尾ちゃんさ、イジメって言葉で矮小化されてるけど普通に犯罪だよ? もうすぐ人生終わっちゃうんだよ。 だったらそんな人生ちょっとくらいくれてもいいじゃない。私の推理に付き合ってよ」

「やだよ! てめ、いい加減にしないと殴っぞ!」

「それでそれで? 中尾ちゃんはどんな理由があってイジメをしてたの。あの子との関係をまずは聞かせて欲しいな」

「うるっせええええええええ!」

 明衣は相手の返答など気にしていない。とっくの昔に探偵モード、勿論俺が煽ったせいもあるが、こいつはやると言い出したら徹底的に取り組むタイプだ。対抗するでも怯むでもなく飽くまで自分の世界を貫く明衣に中尾は狼狽していた。

 それで少し考えた結果、直接体に覚えさせた方が良いと思ったようだ。拳を振り上げ明衣の頬へ繰り出した。


 ―――当たれ!


 俺の願いも空しく拳は宙を切って回転。空しく突き抜けるだけでなく、明衣に腕を取られて床に軽く捻り倒されてしまった。

「ぎゃぐあッ!」

「もう、暴力は駄目だよ。痛かったでしょ? 大丈夫?」

「いだだだだだああだぎゃががあががあがああああああああ!」

 心配する素振りとは無関係にひねられた腕が捻られたまま抑え込まれている。取り巻きの女子達は明衣の不可思議な勢いに押されて中尾を助けられないでいる。ならばそれを恨めしく思うのが筋というものだが、それどころじゃない。関節を極められたまま飽くまで無視を貫こうとする明衣に恐怖したのだろう。

 先程の強気は何処へやら、泣きながら首を振って暴れ回っている。

「何? 良く分かんない。泣かれたら分かんないよ、ちゃんと言って!」

「いだ、いだ、いだああああああああああ! ぎゃあああああああああ!」

「明衣。離したら今度は教えてくれるかもしれないぞ」

「おお。助手、客観的な意見どうも有難う! その通りだね!」

「初歩っつうか常識」

 もう少しきつい極め方だったら変な音が鳴っていたかもと思うと、ここらで助け舟を出してやるのが人情か。俺の中ではあの三人は死にたがりとして認定しているが、だからと言ってわざわざ見捨てる様な真似はしない。

「あ、あ、あのぅ。な、何をしてるんです……か?」

「黙って見てた方がいい。後、俺から離れない様に。危ないから」

 主に俺の、NGが。

 片腕に自由が戻るや、中尾は慌てて明衣から離れるように距離を取って、涙目になりながら俺と彼女を睨んだ。だけどその牙は折られているようだ……視線を合わせてくれない。

「ば、ば、馬鹿じゃねえの!?  しょ、傷害! 傷害だからこれ!」

「それで、あの子とはどういう関係? 乃絃君、その子連れてきてくれる?」

「え、い、ぃやで……」

「大丈夫だ。俺が傍にいるから、今はアイツの言う事に従ってくれ。……死にたくないなら」

 不安なら手を握っててもいいと言うと、腕を組んできておずおずとトイレの中へ。そこまでは言ってないけど、まあいいか。明衣は今にもその場で崩れそうな後輩の頭をポンポン撫でると、空虚な笑みを浮かべて、中尾の方へと振り返る。

「ほら、この子この子。どういう関係かを知らないと推理って出来ないんだよね」

「し知らねえよ! 私は後ろん二人に頼まれてちょっと詰めてただけだ!」


「え、中尾先輩酷い!」

「私達の事も脅した癖に! ごめんね透歌ちゃん! 私達もやらされてただけで……」


「こいつら嘘! 嘘! 嘘嘘嘘! 全員嘘つきだから!」

「うーん困ったな。全然質問に答えてくれないや。でもそこは私も名探偵。話を纏めると、中尾ちゃんの手が悪いって事でいい?」

「へ?」

 当人とその周囲から、思ってもない反応。明衣の視線は震えた拳に集まっている。ずいっと距離を近づけようとすると中尾は壁を背にくっつけるまで後退。それがジリ貧だと分かっていても先程の反撃のせいで逃げずには居られない様だ。

「ちょっと手、貸してくれる?」

「い、嫌だ」

「いいよ、自分で取るから」

 殆ど密着状態から後ろ手に隠された手を取ろうとする明衣に、咄嗟の防衛本能だと思うが、彼女は頭突きを繰り出した。紛れもない不意打ち。そんなつもりじゃなくても何でも生き残る為なら身体は動くという事だ。



「つーかまーえたっと」



 明衣は鼻血を噴き出しながら微笑んで、必死に取らせまいとした腕を握っていた。

「あッ―――ちょ」

 明衣は腕を引っ張って近くの壁に拳を当てると、中尾の抵抗も振り切って力一杯骨を叩きつけた。

「――――ひぎゃあ!」

「悪い手だ! 悪い手だ! 悪い手だ! こんな腕はない方が良いんだ!」

 一発目で骨にひびでも入ったか知らないが、その後は無抵抗に拳を叩きつけられている。否、抵抗しているつもりなのだろう。だが痛くて力が入らないと言った様子。見るも無残な光景に後輩女子は俺の背中に隠れた。

 明衣が手を離して、改めて問う。

「はい、これで悪い事をする手は居なくなりました。中尾ちゃん、私の眼を見てちゃんと答えてね。嘘は吐いてもいいけど、正直に言ってくれると嬉しいな。あの子とはどういう関係なの?」

「いぎゃあああああああああああああ! がぁあ――――ー――ぅっ!」

 擦り切れんばかりの苦悶の声。痛みと恐怖と困惑で、対話は不可能になった。明衣はつまんなそうに中尾から手を離すと、個室トイレに引き籠って泣いている女子二人に声を掛けた。

「ねえねえ。一つだけ聞かせてくれる? 中尾ちゃんって、人と目合わせるのが苦手な人?」


「そ、そうですうぅぅぅぅう…………」

「許してぇ……」


「うん、そっかそっか。そうなんだ。おかしいと思ったんだー。中尾ちゃんどうしても目を合わせてくれないんだもんね。じゃあ貴方のNGは『他人と目を合わせない事』で合ってるかな?」

 明衣はぐちゃぐちゃになった拳を抱えて泣き喚く中尾を抑え込み、キスでもするような距離感で互いの眼を合わせた。



「――――――ア」




 そこで目を閉じればまだ回避出来たかもしれないが、拳を破壊された痛みはおよそ一般人の耐えられるレベルを超えていた。目が合ったその瞬間、中尾の身体が大きく膨らむ。

「……ア、アア。アアアアア」

 風船のように身体がういたかとおもうと天井にぶつかって変形。身体は本人の意思とは無関係に膨張し続けて、耐えきれなくなった皮膚から血液が噴き出した。

「な、何が起きて……」

「絶対見るな。寝れなくなるぞ」

 NGを破った人間は死ぬ。それは俺の知る範囲では全ての人間に適用される大原則。常識を学べば軽んじる事もあったが、その前に明衣に出会って、天罰をこの目で見た。


 それは絶対に破ってはいけない行動であり。


 誰にもとがめられない共通の弱点。

 名前を書くだけで人を殺せるノートで人を殺しても殺人罪には出来ない。何故なら死に対する科学的な要因になれないから。NGによる死はそれと全く同じ理屈と思っていい。明衣はこれまで幾度も連行されたが逮捕はされておらず、飽くまで事情聴取のみにとどまった。終いには警察も彼女に関与する事は控えるようになった。



 中尾だった肉の身体が破裂して、男子トイレが真っ赤に染まる。俺の背中に隠れていた幸運な女子二人だけが、血塗れになる事を免れた。



「やったー大正解! また私の名推理が炸裂したよ乃絃君! 助手として、何か言う事は?」

「炸裂したのは中尾だと思う」



 個室トイレの啜り泣きがぴたりと止まった。






 気絶でも、したのだろうか。

 

 

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