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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
2nd Deduct 死のない願い

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29/98

ニセモノ彼氏インチキ探偵明衣鑑

「おじさん。死体見たでしょ? 昨日居たって顔してるよ」

「おう。そういう君はあれだな、覚えてるよ。白髪の女の子なんて夜には目立つからな。まさか次見た時は彼氏とキスしてるなんて思わなかったよ」

「あーはいはい。もうそれでいいから早く終わらせてくれ」

 それ以上こいつとの恋愛関係を既成事実的に成立させられると手が出るしかない。年上でも年下でも関係ない。本気で腹が立っている。キスをしたからなんだ。それで恋人認定なんて浅はかとは思わないか。言いたい事しかないので聞き込みは早く終わらせてもらいたい。

 無精ひげを生やしたツナギの男は澄まし顔で聞き取りに応じているが、ちらちらと明衣の胸元を見ている視線が俺の目にも明らかだった。そうそう見ない大きさだから物珍しい気持ちは分かるが、明衣じゃなければ大分問題行為だ。

 はちきれんばかりに抑えつけられた胸はきちんとボタンを留めているからこボタンの隙間が歪んでそこから胸元が見える。季節柄女子も男子も薄着にならざるを得ない様な暑さだから透けて見えるのはどうしても下着になる。

 それで興奮するのはどうしようもないかもしれないが、こいつだけは命に係わるからやめておいた方がいい。一体どこに探偵地雷が潜んでいるかなんて助手の俺も分からないのだから。

「死体ってあの後どうなったの?」

「俺もずっと見てた訳じゃないからな。ただ、警察が到着してた頃には跡形もなく消えてて、残った奴らが怒られたってのは聞いたなあ。小耳に挟んだだけだぞ、最後まで残ったのかは誰だったのかは知らないからなー」

「ふむふむ。たらい回しにされるねーこれ。でも何人かもう見つかったから情報の精査は後回しっ。あの死体について知ってる事はある?」

「なあこれ何なんだ? タメ口聞かれてるし何が知りたいんだよ」

「横から口挟むみたいですけど、そいつに絡まれると面倒な事しかないから取り敢えず早く終わらせた方がいいですよ。お節介です。貴方の為を思って言ってます」

「はあ? まあいいけどよ。死体については何も知らないな。服装からある程度何処の誰かってのも想像はつかねえよな。裸だったし。死体自体別に綺麗じゃなかったもんな。あれは……悪い。どういう死因かは分からねえ」

「あれは……何だろうね。私も分からないや。でも強いて言えば失血死かな。身体があちこち食われたみたいに欠けてたし。骨も皮も肉もまるごと齧られてた感じだったよね」

 死因なんてどうでもいい。失血死でもショック死でも、最終的な要因は重要じゃない。問題はそうなるまでの仮定であり、明衣の見た光景が真実ならこんな町中では起こりうる筈のない死である。つまりNGによるモノである可能性が高い。

「死体を目撃したのにどうして居なくなったの?」

「それは……逃げたくなるだろあんなん。お、俺が犯人って疑われても嫌だからな。そ、そっちだって死体から離れた癖に!」

「どうしてそう思うの?」

「は、は? だって俺にこんな事聞くって事は……」


「そこの助手が現場に居合わせてなかったから話を振ってるだけだよ」


 明衣の瞳が一段と大きく開かれて、男性へと近づく。

「ねえ、どうして? 犯人じゃないなら市民の義務は果たすべきじゃないの?」

「いや。ま、待てよ! 離れてないなら死体がどうなったかなんて聞かなくてもいいじゃないか!」

「そうはいかないの、助手も疑り深いからさ。幾ら私が名探偵でも一人の意見しかないんじゃ信じてくれない。だから他からその証言が欲しかったっていうか……うん、正しいよ、その伝聞。所でどうして逃げたの?」

「う、うるさい! 俺はもう行くからな! 胸ばかりでかくなりやがって、少しは勉強しろよ!」



「ふざけんじゃねえ!」



 ついカッとなったという便利な言葉がある。人にはどうしても耐えられない地雷がある。明衣に対する悪口は幾らでも歓迎だ。こいつはどれだけけちょんけちょんに貶しても足りない性悪の権化、悪魔、冥府魔道の住人。

 ただ、こいつの頭が悪いというのは納得がいかない。

 男性の胸ぐらにつかみかかるとそのまま壁まで押し倒して、歯を軋ませながら怒鳴り散らしていた。

「こいつがそんな馬鹿だったらなあ、俺の友達は殺されてねえんだよお!」

「は、な、え、あ!」

「そんなバカが殺したってのか!? 死んだ奴等はこいつ以下の馬鹿だって言うのかてめえは! 何とか言ってみろよ! なあ! おい! クソ野郎!」

 ガンッと全力で隣の壁を拳で叩く。コンクリートを割る膂力はなく、むしろ割れたのはこっちの骨だろうというような鋭い痛みと、自業自得な出血が引き起こされる。関係ない。こんな痛みは、俺にとっては何でもない。

「てめえはてめえはてめえはてめえはてめえはてめえはそんな下らない奴が俺の人生壊したってそう言いてえのか!! ああ!?」


「乃絃君。やめて」


 呼吸を忘れ、理性を捻じ伏せ、秘められた狂気が解き放たれる。自分でもどうかと思うような凶行をぴしゃりと咎めたのはやはり明衣だった。如何ともし難い表情で口を固く結んで俺の背中に手を置いている。

「その人怖がってるよ。もういいでしょ。それ以上やったら骨が折れちゃうよ」

「………………………どの口で止めてんだよ」

「私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、君が傷つくのは見たくないな。大丈夫、気にしてないから。名探偵は助手さえ信じてくれれば後は何でもいいよ。胸が大きいのは本当だからね」

「お前も人の話を聞かねえんだな」

 明衣の無表情を見ていると急速に怒りのボルテージが落ちていく。怒りで我を忘れて目の前の顔さえ見えなくなっていた。無精ひげの男は縮み上がって声を失っている。大人の意地か泣き出すまでは行かなかったが、壁に張り付いたように動けていない。

 引き続きどうしてやろうかと考えている内に手を引かれて、人ごみの中へ押し込まれた。

「あんな情熱的な怒り方しなくても気持ちは十分伝わってるのに。あれ以上は聞きだせないよ、全く助手ってば~」

「…………お前をあんな風に馬鹿にされるのだけは駄目だ。我慢ならねえ。もっとマシな悪口を言って欲しかったな」

 頭が良い悪いの定義なんて下らない。俺にとってそれはNGを見抜けるかどうかであり、その一点でのみこいつは名探偵と言っても差し支えない程アタリをつけるのが上手い。超能力かと思う程だ。手を引っ張られて連れ込まれた中華料理屋、一番奥の席まで案内されてソファの端に押し込まれた。

「まだ怒ってる? 揉む?」

「揉まない。怒ってない」

「今なら人も少ないし、ここは見えづらいから誰にも気づかれないよ。柔らかさを感じるのは安心安全に結びついてるんだって勿論知ってるよね。今の乃絃君は誰がどう見てもツンツンしてるからダーメ。落ち着かないと」

「落ち着いてるって言ってんだろ」

「嘘は良くないなあ、乃絃君。私ね、別に自分のスタイルをどういわれても気にしてないよ。目立てばそれだけ情報が流れてくる、顔が良ければそれだけ第一印象が良くなる。性的興奮を感じてくれるなら、下心から沢山情報をくれる人が現れる。全部全部推理の為。それもこれも真実を明るみに出す為に。君の怒りを鎮められるのは私だけ。違う?」


 ―――間違ってはいない。


 明衣を殺して初めて俺は過去から解放される。怒っていると言い出せばそれは何年も前からずっと。一秒たりとも忘れた事がない。忘れる筈もない。何の為の外道落ちか。全ては明衣を殺す為。そして一緒に死んでやる為。

 これ見よがしに揺らされる胸が鬱陶しくなってきたので鷲掴みに、そのまま身体を押しのけた。明衣はほんのり顔を赤くして制服の皺を整える。

「……んふ」

「ほら満足かよ。早く店出るぞ。客だと思われちゃかなわないからな」

「あー駄目駄目駄目。ここで働いてる人に用事があるの。さっきと同じ用事ね。だから軽くなんか注文して―――流れで聞かないと」

 気を取り直した明衣は左手を俺の右手に重ねるように突くと、残った方の手で卓上のメニューを開いて俺に共有する様に眺めている。助手に拒否権はない。

「何頼む? 出来れば一緒の御飯を食べたいねっ」

「さっきの話は本当なのか? お前は死体から離れてないって」

「うん。残る目撃者が怒られたのも本当だよ。私は死体に注目してたからそっちの顔は良く見えなかったけど。私を見てね、それから残ってた人を怒ってたよ。何だっけなあ」







「『死にたくないからこんな事で通報しないで下さいっ』て言ってたっけ。変なの!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、まだ謎しかねぇ。 [一言] 明衣って今までのなかで一番純粋な真っ黒ですよね。 えっ、怪異でも特殊な家系でもねぇ、やべえやつだわ。
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