夜更けの禁忌は煙草の味
「ふぁ~あ…………眠くなってきたな」
「……」
「何だ、夜はこれからだってのに」
「私も眠い。オニヒメだけ遊んでれば?」
奇しくも三対一。夜の公園で大人も子供もなく遊び果てた俺達には当然のように眠気が待っていた。元々眠たくなれたらそれで良いと思っていたので大収穫と言いたいが、遥には逆効果だったらしい。その眼は『眠気が消えた』と語っている。
何やら大人の女性が一名物足り無さそうだが、俺達の事情を打ち明けると何だそうかと鬼姫は渋々納得してくれた。
「寝間着でほっつき歩いてんのはそういう事だったか。それじゃ仕方ないかねえ。ガキもお眠のようだし私らも引き上げっかな」
吸い殻を携帯灰皿の中に入れると、鬼姫は徐に未慧と呼ばれる少女を背中に抱えて首を鳴らした。
「今夜は楽しかったよ。年甲斐もなく公園で楽しんじまった」
「は、はあ…………そっちは結局どうして公園に居たんですか?」
「あ? さっきも言ったろ、このガキを遊ばせてるって―――」
「こんな暗い日に何をスケッチしてたんですか?」
遊んでいたらふと気になって、遂に答えが出なかった事。こんな暗い夜にスケッチなんてちょっと不自然だ。勿論不可能とは言わないしそういう人もいるだろう。星空をスケッチとか、近くの植物を描いてたとか。だがそれにしては俺達と遊んでいた方が心なしか楽しそうにも見えた。他人に対する警戒心からか無表情というより常に怒っているように口を結んでいたが、それでも俺にはそう見えた。
それなら最初の前提にも疑問が残る。遊ばせてると言っていたのに未里はブランコを漕いでいなかった。スケッチをしていたのだ。それは遊ばせていると言えるのか。本当に遊んでいたのか。
鬼姫は俺を見定めるように睨みつけると、そっと人差し指を口に当てて頭を振った。
「ま、お互い知らない方がいい事さ。今夜が楽しかったのは本当だしな。しかし郷矢君よお、知らぬが仏って言葉もあるんだ。知ってホトケになるよかマシだと思わねえか?」
「………………」
知ったら死ぬと言っているようだ。
脅しのつもりかもしれないが、存在自体が脅しの女がいつも傍にいるせいでそこまで脅威に感じない。鬼姫さんも単に年下の男子を怖がらせたくてそんな言い方をしているのだろう。本当に悪意ある奴は、こんな言い方はしない。
「……じゃあ、今日は聞かないでおきます。また会ったらその時」
「また会う前提かよ。ま、今日で縁が生まれたって考え方もあるか。そうだな、郷矢君が学生なら、会うかもな」
「は?」
「NG殺人の被害者は学生ばっかりだからよ」
それじゃあ、と見た目に反して粗野な印象しか残らなかった女性は闇夜の中へと紛れてしまった。去り際、未慧と呼ばれた少女が背負われたまま俺達の方を見て。
「…………じゃ」
あんまりにも簡潔な別れの言葉を残して首を戻してしまった。公園は今度こそ静まり返って俺と妹は二人きり。遥ももう喋っていいのだが、それよりもあの人が最後に残した言葉が引っかかっている。
「兄。今の」
「…………有り得ない」
NGによる死は即死かほんの少し猶予があるだけの死の二択だ。俺が今まで見てきたものは全部そうだった。そしてそれによって発生した死体は何故か消える。別に死体をかき集めて二十四時間監視した訳ではないが、ある程度時間が経つか目を離していると気づけば消えている。多田先生の死体だって結局消えた。そして行方不明という扱いになった。
だからNGによる死は存在するが、殺人が成立するには死体から一切目を離さないで警察を呼び、その場で調べてもらうしかない。言っておくが、瞬きも駄目だ。少なくとも俺の経験でそれが認められたのは明衣が俺をスカウトした時くらいで、アイツは結局帰ってきた。しかもその時以降、警察は明衣に関わりたがらなくなった。
だからNG殺人なんてあり得ない。明衣の周辺の反応を見れば分かる通りそれは文字通り誰も触れたがらない禁忌だ。あれを殺人に利用なんてとんでもない。表向きになっていないだけでリベンジポルノよろしく迂闊に恋人にNGを教えた結果痴情のもつれが云々という事はあるかもしれないが、明衣くらい最初から悪意がないと中々人のNGは見破れない。
「…………取り敢えず、帰ろう。明日聞いてみる。今日はすまなかったな。美容に悪い事に付き合わせて」
「気にしてるけど、気にしてない」
「葛藤が窺えるような発言だな」
「そうじゃなくて」
遥は未慧と呼ばれた少女を真似るように背中から俺を抱きしめると、後ろから手を握って、息を吐いた。
「兄が死ぬくらいなら、何でもいいの」
「なになに~、今日はやけにアグレッシブだね?」
「ふざけんな! お前か? またお前なのか?」
翌朝。
いつもの様に俺を迎えに来た明衣をとっ捕まえると、胸ぐらを掴みながら人気の少ない裏道まで拉致。壁に背中を押し付けて一方的に尋問を始めた。
「NGによる殺人だよ。何だお前また殺したのか!? 誰だ、誰を殺した!」
「ちょっと待って何の話? またって言うけど私は殺してないし。その事も知らない。乃絃君は助手なんだからそこで嘘を吐く意味なんてないでしょ。まずは詳細、落ち着いて話してくれると嬉しいな」
「…………お前じゃない、だと?」
「だからそう言ってる。取り敢えずその話は誰から聞いたのか。中身も聞きたいな」
「………………お前、じゃ。ない」
「あれ? 乃絃くーん。 おーい。おーい。聞こえてますかー」
明衣じゃない。
それはまた違う意味で問題だ。コイツ以外にもNGを悪用している奴が居るという事がどれだけ大変な話か分かっている人間は居るのか。咎められない殺人者が一人いるだけでも大変なのに二人なんて。
「ありゃ完全に上の空だ。困った助手だなーどうしよっかな……」
明衣はまだ俺がどうにか抑えられなくもない事はないが、もう一人いるならそいつは完全にフリー。どうする。どうやって対処する。それこそこの名探偵様をぶつけて殺してもらうか? 悪の有効活用だ、こいつの助手を務めておいて今更良心なんて痛まない。特にコイツと同じ真似をするロクデナシなんか、俺がこの手で殺してもいいくらいだ。学生が被害者ばかりってのはあれか、つまり学校関係者? いや、単に学生を狙いたがるだけかもしれないがそうなると鬼姫さんは……
「次、無視したら殺すよ」
耳元を鉄のように冷たい声が貫いた。振り向くと、明衣が「振り向いたっ」と言って両手を合わせている。
「乃絃君、自分だけの世界に入るなんて駄目だよ。助手は気になる事があったらちゃーんと名探偵に報告しなきゃ。ああもう、こんな事話してたら遅刻しちゃうね。じゃあ続きは学校で話そっか」
「…………お前、さっき」
「早く」
「話はまだ―――!」
「遅刻したら怒られちゃうよ。はーやーく」
明衣は特別裏表を感じない人間だ。不気味さこそあるが基本的には穏やかで気性の明るい女子だと思っていい。今もそう。声を弾ませてステップを踏みながら俺を学校まで引っ張っている。
――――――やっぱりこいつ。俺のNGを知ってるのか?




