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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
1st Deduct イジメはペケ

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23/98

代償なくして生はなし

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う…………」

「日入。日入」

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……!」

 手を目の前で振っても反応がない。只ならぬ状況だ。話を聞こうにもまずは教壇から引っ張り出さないといけないが、小さく丸まった女の子をどうにか出来る腕力は俺にはない。ボコボコに殴りつけて引き倒せば行けるだろうが、何故罪もない奴にそんな事をしなきゃならない。

 折衷案で教壇をなぎ倒して心理的な籠城を破壊すると、後輩はようやく俺の存在に気づいてくれた。

「せ、せ、先輩……」

「大丈夫か?」

「うわあああああああああああああん!」

 大粒の涙を隠すように日入は俺にしがみついてわんわん泣き始めた。こういうのは親にやってもらいたい、残念ながら俺は頼れる異性でもないし大人でもないし。なんなら世紀の大悪党だ。そんな風に頼られると困る。非常に。

「助手は女の子に好かれるんだね。嫉妬しちゃうなー」

「……っ。そんなんじゃねえのは見て分かんだろ。お前も首がねえのか? しかしいたな余計な人物が。まずは話を聞こう。泣かせたまま放っておくのは気分が悪い」

「その間に『ぼっとん花子』来ちゃうかもね~」

 呑気に危機感を煽りながらも明衣は絶対に俺の傍から離れようともしないし外を見てくれたりもしない。ただじぃ~っと俺と日入の様子を眺めている。口上の上では呑気だったが、その目線は冷たく、同じ人間を見ているとは思えないほど暗い。

 あんまりにもあんまりな視線から後輩を守るように背中を向ける。何気なしに視線を見遣ると、足元に千切れたパンツが落ちていた。無造作に掴んでみるとジメっとした感触が掌にくっついた。

「…………」

「助手?」

「悪い、日入。ちょっと制服開けるぞ」

 慣れた手付きで制服のボタンを外して開けさせると、ブラが前方向に解けている。明衣みたいに豊満であったなら普通に零れ落ちていただろうが、控えめだった事に感謝するべきだろうか。ちょっと猛烈に手を洗いたい。何とは言わないけど。

「…………日入。あのクソ先公は何処だ?」

「違う、違うんです違ううわあああああああああ!」

「どうしたの?」

「あの先公また生徒呼び出しやがった。性懲りもない。『ぼっとん花子』に襲われるとか心底どうでもよくなってくるな。けど、一応探さないと。死体残ったら面倒だしな」

「その子はどうするの? 一人ぼっち?」

「うーん、どうすっかな……」

 ついて行かせるのは論外だ。これからいるかどうかも分からないけど恐らくいるお化けに会いに行くつもりで、その過程でボロボロの後輩はハッキリ言って足手まとい。だが先生に良い様にされて身も心も朽ち果てそうな後輩をその辺りに捨てておくのは良心が痛む。

「…………そう、だな。日入。先公はさっきまで何処に居た?」

「………………さ…………い……………ぅぅ」

「E組か。分かった。明衣、悪いがそっちを見てきてくれないか? それまでに何とか立ち直らせる」

「私が離れちゃっていいの? 助手。その子に襲われるかもよ」

「この場合襲うとすればどっちかって言うと俺の方だろうが……問題ない。いいから行ってこい。こいつが怖がってんのは何処にいるかも分からない多田のせいだ。どうせいないとは思うんだが、ちゃんと探していなかったって言ってやらないと落ち着かないだろ」

「はいはい。じゃあ探してくるよ。助手も悪くなったね」

「何?」


「私を一人にするんだもんねー」


 …………。

「元から俺は一蓮托生。お前の道連れだ。何を言ってるのか分からないな」

「うんうん。そうだよね。助手はいつも私を守ってくれるもんね。それを聞いて安心したよ。だから探しに行ってあげる。無駄足だと思うけどね」

 知った風な口を利く明衣が教室を後にする。どの道あの先生は助けられない。だからって俺が悪くないとも言えないが、見捨てる選択肢だってある。極力それは取りたくないというだけで、俺は悪人だ。何処ぞ知らぬ場所で誰かが死んでも気にしない。

 少なくとも目の前で悲しむ後輩を守るよりも、それは優先されるべきではない。

「大丈夫だよ日入。今は俺が居る。守ってやるさ、情報提供者だしな。危なっかしい探偵もここには居ないからまずは泣き止め。先生が怖くて仕方ないか? もしここに来るんだったら目の前で股間潰しても良いぞ。な?」

 発作的な背中の震えは中々止まってくれない。どうも感覚的な慰め方では無理がありそうなので、後輩を抱きしめながら俺は家に向かって電話を掛けた。


『もしもし』

『遥。突然で悪いが女子の慰め方を教えてくれ』


 別に俺の妹はセラピストでも何でもないが、慰め方くらいなら同性というだけでも俺よりは理解していると考えた。兄貴が突然電話を掛けて来たと思ったら啜り泣きを電話に乗せて謎の質問を仕掛けてくる。遥は沈黙したままだが、原因はその訳の分からなさにあると見た。


『明衣さん?』

『あのバカが泣くとかあり得ないな。普通の女子だ。その……ここじゃ言いにくい目に遭って情緒不安定ってレベルじゃない。泣き止ませ方なんて知らねえよあんなバケモノの隣に居たら』

『兄、悪態ついてる場合じゃない。信用されてるなら、身体に触れてあげた方がいいかも』

『もうやってる……お前、俺との経験談で言ってないよな?』

『さあ、どうだろ。そんな直ぐ泣き止む人もいないし、根気強く寄り添って』

『……方針は?』

『解決じゃなくて共感。理解』


 良く分かったので電話を切る。まさか俺もこんな形で遥に頼るとは思わなかったよ。

「あー理解、理解な。でも俺は女性じゃないから気持ちなんて分からない。ただお前のその、怖いって気持ちは理解したいな。それはどんなに話しても十分の一か、もしくはそれ以下。絶対に丸ごと俺に伝わる事はないかもだけど、少しでも軽くならいつまでもここに居るからさ。取り敢えずお前には死んでほしくないんだよ。だからさ……まず何で泣いてるか聞かせてくれ。大体予想はついてるんだけど、一応な。そういう思い込みって良くないから」

「………………がぅ」

「は?」

「がうのぉ…………私ぃ……そんな…………つもりはぁ…………!」

 



「大変大変ー!」




 珍しく慌てた様子の明衣が教室に戻ってきて勢いよく扉を開いた。顔には少しの焦りもなく、ただ冷たく日入を見下ろしている。俺に視線が映ると、途端に目つきが柔らかくなった。

「どうした?」

「来た方が早いよ。説明も楽だし」

「…………俺は傍を離れられそうもないが?」

「かわってあげるっ」

「お前にメンタルケアの才能はないから駄目だ。……やっぱり用件次第だ。さっさと言ってみろ。よっぽどの事がないと俺はここを動かんぞ」




「多田先生が死んでた。『ぼっとん花子』がそこに『立ってる』」
























 目的地となる教室に飛び込むと、ぼろぼろの古い制服を着た奇妙な少女が胸に崩れかけの髑髏を胸に抱いてそこに倒れる死体を見つめていた。

「ワタシノ………クビ…………ダメ…………」

 怪異に見下される死体は、紛れもなく今朝全校集会で俺達を怒鳴りつけた多田先生の物だ。怪異は俺達が割り込んでも一向に反応を見せず、ただ先生だった肉塊に尋常ならざる執着を見せている。異様な光景だ。息を呑んだ、呑まれた? 場の空気に身体を縛られて身動きが取れない。

「ワタシノ…………コレワタシノ……? ワタシ…………ワタシ」

 『ぼっとん花子』は首を探しており首が何処かを聞いてくる。答えられなければ相手の首が似てると言い張って首を落としに来ると言われている。裏を返すと首の居場所さえ分かっていればそちらに向かってくれるという事だ。勿論、嘘はいけない。『ぼっとん花子』に嘘を吐いた奴は呪われてしまって、死ぬまで取り返しがつかなくなるとの事。

「チガウ! ワタシノクビジャナイ! ワタシノクビハドコ!」



「それが貴方の首だよ、花子さん」



 こんな場所に置いても明衣は平然と立ち振る舞い、怪異に向かって話しかけていた。それは何処か超然としていて、普段もそうだが人間味を感じない。

「貴方はもう何年も前に死んでるんだよ。だからそれが貴方の首。それともそこで腐ってる死体の顔でも持ってく? 溺死して身体全体が水膨れしてるけど、それが貴方の理想の顔なの?」

「アナタノクビ、ワタシニソックリ……」

 『ぼっとん花子』の胸に抱えられた髑髏がこちらを向いた。選ばれたのは明衣で、俺の身体は反射的に庇うように前へ出ていた。

「―――明衣ッ」

「あは。助手、頼もしいけど大丈夫だよ。なーんだ、お化けって言うから期待してたのに真実って残酷だねー」

「は? お前何言って―――」

 明衣は俺の前に出て『ぼっとん花子』へと近づく。そして―――胸に抱えていた髑髏を思い切り机に叩きつけた。


「死んでからもNGに囚われるなんてかわいそうに。大丈夫、名探偵が暴いてあげたから安心して死ねるよ。やったね!」


「―――ァ。ァァァァ」

 『ぼっとん花子』はバラバラになった頭蓋骨を足元で集めようとするも、それは決して元には戻らない。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 『ぼっとん花子』の身体が崩れていく。虚空に吸い込まれるように身体は細く小さく霧となって消えていく。何が起こったかなんて分からない。事の顛末をただ、考える事も出来ず眺めていた。分かるとすれば明衣が『怪異を殺した』。それも何故か、NGを利用して。


 ―――何で、知ってる?


 いや、その前に。それよりも。さっきコイツはなんて言いやがった?

「明衣。お前さっき先生が……」

「溺死してるよ。死体を見れば分かるよね」

「………………違う」

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


 そう、違う。


 コイツが単独行動した時点で多田先生をNG死させたら、その断末魔が聞こえて来た筈だ。そうでなくとも俺が明衣に頼んだのは多田先生の存在の有無。戻ってみれば『殺した』ではなく『死んでた』。今更殺人を誤魔化すような女ではない。『NGで勝手に死んだ』という建前は取るが、腐っても名探偵はきちんと殺人の自覚をもって殺している。

 だから違う。

 こいつが殺したんじゃない。

「お前…………日入に先生のNG教えやがったな! 何でそんな事しやがった!」

 胸ぐらを掴んで明衣を壁に押しやる。死体の事なんてどうでもいい。コイツが殺したなら気にする事じゃない。

「何で無辜の後輩に人殺しなんてさせやがったかって聞いてんだよ! あ!?」

 明衣は残念そうに溜息を吐いて、頭を振っている。

「結局さー、みんな醜いんだよね。人殺しは良くない、犯罪は駄目って言うくせに。咎められない殺し方があったらすぐ使っちゃう。責めてる訳じゃないよ、NGをどう使うかはあの子次第だったもん。それで脅しかえす手もあったのに、こんな風に使ったのはあの子の意思だよ。尊重しなきゃ」

「お前………………お前なあ!」



「名探偵は推理が好きだけど、手当たり次第に推理しないのはね。分からないからじゃないんだよ』



 あんなに熱を帯びていた喉が凍り付く。

 続く言葉が出てこない。

「…………何の話だよ」

「もうとっくに分かってるから推理しないって事もあるの。答えが分かってるのに悩む必要なんてないよね。乃絃が怒るのは勝手だけど、その辺りも分かっててほしいな」

 こんな状況だが、脅されているのは俺の方だと気付かない程馬鹿じゃない。明衣は暗に咎めるなと警告している。それを破ればどうなるかを俺に、教えているのだ。推理する暇もなく、ただ素直な答えを。

「………………お前、じゃあずっと放っておいてる奴らの分も、お前と関わりたがらない奴の分も全部―――俺のも、気づいてるってのかよ」

 明衣は心底愉快そうに、微笑んだ。



















 うふふッ!

 

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