罪過の功明衣
「二人きりで夜の学校なんて、いけない事してるみたいだね」
「いけない事してんだよ。分かれ」
夜間学校への侵入は普通に考えて軽犯罪だと思う。ただ明衣を検挙するならそんなしょぼい案件でなくて大量殺人で立件したい。それが出来るなら俺も復讐をやめよう。NGで死んだから無関係なんて到底納得出来ない。殺人罪はその人の死因が科学的に証明出来るものでなければ適用されるとかされないとか(だから名前を書いたら死ぬノートで人を殺しても罪には問えないらしい?)。同じ理屈なのかもしれないがNGなんて誰にでもあるのだから柔軟に解釈できないものか。
出来ないからこいつは野放しなんだ。忌々しい。
「別に二人でも三人でも悪い事だぞ。だから全校集会も開かれたんだ。自覚あるか?」
「あれはだって、昏睡状態の二人が居たからだよね。私達に落ち度はないよ助手。そうやって不要な責任を背負うのもどうかと思うな」
「お前……バレなきゃ犯罪じゃないって考えてるタイプか? 名探偵様がそんな考えとは到底思いたくないんだが」
「白日の下に晒さなきゃ神様だって罰してくれないよ。そんな理不尽な世の中を変える為、この私が立ち上がったのです。えへん」
「地獄に堕ちろクソ探偵。お前が居るべきは墓の下だ。お天道様とやらも信用ならない、お前みたいな奴が生きてるんだから」
「助手。無宗教は確固たる信念を持たなきゃ駄目だよ。神様を信じないのに地獄に堕ちろなんて。荼毘に付すって言えないの?」
「それも火葬だから宗教の一種だろうが」
明衣は今の会話に何も見出していないからとにかく応答がいい加減だ。こいつが意味を見出すのはNGを推理する時だけ。それ以外は何の関心もない。まるで俺には甘いかのような素振りも、契約上NGを判明させる事が出来ないから意味を感じていないのだ。ともすればその無機質さにこそ神々しさを感じる。俺の知る神様は大抵理不尽だ。漫画でもアニメでも、文書としての神話でも何でもいいが神とやらは圧倒的力を持ったせいか性格に問題を抱えた奴ばかり。そう言う意味ではこいつも神様っぽい。
二人きりで臨む夜の学校は不気味な雰囲気を纏い、侵入者に対してまるで口を開けて待ち構えるような恐怖感があったが、よくよく考えたら隣に居るコイツの方が何十倍も怖いのでそう気にする事じゃない。命が危ないと脅しはみたものの、コイツに興味を持たれる事がまず命のリスクだ。だからコイツ以外の人間からは別に『ぼっとん花子』も明衣も変わらない。
「しかし今夜はどうするつもりだ? また前みたいに都合よく入り口が開いてるとは思わないぞ俺は。窓でも壊すか?」
道中歩きながら侵入計画を練る様子は立派な犯罪者のそれだ。明衣はわざとらしく考え込んで大袈裟に首を捻った。
「うーんどうだろうね。多田先生がもしかしたらまた女の子を食べちゃってるかも」
「お前に怪我させられたんだからそれはないだろ……どうせお前と一緒に居るだけで共犯みたいなもんだ。夜にそんなモン見つけたら俺は手を出す」
「おっかないなあ。助手は喧嘩自慢しない良い子だと思ってたのに!」
「お前に怪我させる訳にもいかないだろ」
口で「キュンキュン」言ってる大馬鹿はさておき、こいつを殺すのは俺の本懐だ。絶対に何があろうと邪魔させない。その為なら人だって殴るし蹴るし、幾らでも非道になろう。気分はさながら無敵の人だ。俺にはもう失うモノなんてない。全部奪われた。
学校に到着したが、自転車置き場に後輩の姿はない。もし居ても問題だけど、視線はどうしても向いてしまう。人の気配は感じないが、そもそも気配なんてのは非科学的で、気のせいだ。俺には何も感じない。
一先ず昇降口の方まで行くと、その入り口は不用心にも開いていた。
「……は?」
自分でも分かるくらい、目を丸くしたと思う。誰もここに来る筈がないと思っていた。だって今日は全校集会でその事を咎められたのだ。余程の馬鹿か話を聞いていなかった馬鹿かそれでも夜に来たがる馬鹿か、つまる所馬鹿しか来ない。
馬鹿が来ている。
「わー幸運だね。『ぼっとん花子』の前に探してみる?」
「当たり前だ。あんな事があってまだこんな場所に来る奴はロクでもないからな」
遥から聞いた『ぼっとん花子』の性質上、呼び出したり遭遇したりするとそれだけ周りの人が巻き込まれる可能性が高い。だからまず探す。ただ、彼女の方からそれを言い出すのは意外だった。また何か企んでいるのだろうか。
「でもでも、どうしようっか。学校って広いし手分けして探す?」
「……それでお互い一人の状況で何かあっても助けられないぞ。一緒に探すんだ、離れるな」
「束縛する子はモテないぞ~」
「お前がモテてるので論理破綻。根拠とかないけど教室に居そうだから手当たり次第に見ていくぞ」
会話を続けるのも億劫だ。これから訳の分からない存在と戦うのにこれ以上気力は消費出来ない。命知らずにも誰かがここに来たのか、さっさと見つけ出して外に追い出してやろう。
「それで、『ぼっとん花子』の何処が危険なの?」
「首が落ちた女の子は……自分が死んだ事に気づいてないのか何なのか。とにかく首を探してるらしい。それで遭遇した人に首が何処か聞いてくるそうでな」
「首がないのに視界はあるなんて不思議!」
「それが聞こえてはいても見えてないみたいだな。だから相手の顔が自分と似てるからって首を切ろうとしてくるんだとさ」
「傍迷惑なお化けだね」
「だから邪魔者は排除しておきたいところだな。そいつの面倒まで見る事は出来ない。今度は学校で死体が見つかりましたとか言われたらそれこそ洒落にならん。NG死じゃねえなら死体も残るだろうしな」
教室を一年生から順に巡っていく。下手に物音を立てて逃げ回られても面倒だから足音は極力最小限に、夜の学校で鬼ごっこなんぞ冗談じゃない。そんな事をされたら一気に見捨てたくなる。一階には居なかった。次は二年。
「ねえ助手。言いたくなかったら言わなくてもいい質問をしたいんだけど」
「どうぞ」
「私の命が危ないのと、見ず知らずの子の命が危なかったらどっちを助ける?」
「…………お前」
「へー。そうなんだ」
「考えるまでも無いよ。俺はお前の助手だからな」
二年の教室も居ないか。三年の教室は未知だ。単に俺が三年生じゃないからというだけだが、まさか上級生が夜な夜な侵入なんて真似をしているとは思いたくない。階段を上がって三階へ、早速教室を開けると。
「…………日入?」
教卓の中に引き籠るように、日入後輩が膝を抱えて震えていた。




