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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
1st Deduct イジメはペケ

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21/98

ほんの少し我儘で、健気

「兄。おかえり」

「遥。ただいま」

 明衣に送られて、また家に帰って来た。玄関入ってすぐの所に妹は待っていた。抱き着かれたのは良く分からない。感情を早々表に出す人間でもないし、甘えたがりという訳でも……それは、どうかな。

「どうした?」

 試しに数秒されるがままになってみたがくっついて離れない。背中を擦って何度かトントンと叩いてやるとようやく離れた。隠れた右目はともかく、もう片方の目からは静かな涙が零れている。何故泣いているのだろう。ただそれだけを切り取れば画の一枚にもなる趣ある表情。家族でなければ、無神経にも撮影していたかも。

「今日も学校行かなかった」

「そうか。まあ……好きにしてくれ。学校には行って欲しいけど、無理強いするもんじゃないからな。NG的にも」

「さっきまで寝てて、夢を見た」

「…………怖い夢でも見たか? 自分がうっかりNGを踏んじゃうとか」


「兄が私の目の前から、居なくなっちゃうの」


 それは夢。だが酷く現実味のある夢だ。内容を聞かなくても分かる。俺自身、あの名探偵とつるんできてとんだ悪党となり果てた。可愛い妹に迷惑をかけるくらいならいっそ居なくなってしまった方がいい。そう思う事だってあるかもしれない。今はまだその時ではないというだけで。

「それで泣いたのか?」

「…………馬鹿にしてる?」

「馬鹿にはしてないが、いつも泣かれると俺が困る。大丈夫だ、俺はまだ死んでない。今日も無事に家に帰って来ただろ」

「…………そうなんだけど」

 納得はしていないと。

 俺はまだしも遥まで夢で魘される様になったら最悪だ。今回の一件が無事に済んで探偵が少しでも満足してくれたなら、暫く妹と付きっ切りで遊んだ方がいいかもしれない。いつか別れる事になったのだとしても、それはいつかであって今じゃない。不安にさせる必要なんて何処にもないのだ。

 こいつは、幸せになるべき人間なのだから。

 自分の部屋なのに連れて行かれる気分は中々奇妙で、部屋に着くなり鍵を掛けられたのも不思議な気分だ。内側から掛けたのならどうせ俺にも開けられる。だけれども遥は、敢えて鍵を掛けた。

「何の意味が?」

「暫く兄を独り占めする」

「…………まあ、どうせご飯はまだだからいいけど。『ぼっとん花子』について新しく分かった事はあるか?」

「一応。でも先に兄の収穫を聞かせて欲しい。あったら」

「あーいや。収穫っていうか別の面倒に巻き込まれたからあんまりないんだよな。ただ不自然な空間には幾つか候補があった。わざわざ壁を壊すまでもなく夜ならひょっとしたら開いてるんじゃないかって事で今夜も出かける」

「………………そう」

 目を伏せて、心なしかしょんぼりした様子を見せる妹に賭ける言葉もなく俺は目を逸らすしかない。出かけるのは俺、悲しませてるのも俺。慰めの言葉を掛けるのは違う。それをするくらいなら出かけなければいいだけだ。そしてそれが出来ない事もやっぱり俺が良く知っている。

「今夜もちゃんと帰ってくる。それで許してくれ」

「…………兄はいつも勝手。私はこんなに心配してるのに、一言二言で許してもらおうとするの。馬鹿」

「でも俺にはこれくらいしか出来ないからな……アイツの言う事に従わない訳にも行かないだろ。別に奴隷じゃないし、誰かが傍にいるならNGを踏む事もないけど。俺が放っておいたらアイツは無差別に誰か殺しかねない」

 そもそも協力を拒んだ時点で俺も獲物の一人として狙われるだろう。そうなったらいよいよ夢は現実になる。それだけは出来ない。許されない。多くの人が殺されたのに、目的も達せず無意味に死ぬのだけは御免だ。

「段々私も、ムカついてきたかも」

「あん?」

「明衣さん。ずっと兄の時間奪ってる。許せなくなってきた」

「……おい、頼むから滅多な事考えるなよ遥。アイツが俺の家族を狙わない理由は気まぐれでしかない。いつ狙われてもおかしくないんだ。分かるか? 分かってくれ。少しでもちょっかいをかけようもんなら興味を抱かれるだろうな。俺も精一杯邪魔してやるが、アイツの推理の正確さは明らかに目の前で得た情報以外も含んでる。いつ調べてるんだか分からないけど、お前のNGは分かりやすそうだから早々に言い当てられそうだ。だからやめてくれ。頼む」

「……本当に、気まぐれ?」

 遥は冷蔵庫から予め持ってきていたケーキを切り分けると、半分を俺に渡してきた。チョコケーキは二人共大好きだ。当分は頭の回転を正常に戻してくれる。

「理由は聞いたの」

「聞かない。怖すぎて聞ける訳ない。お前なら分かるだろ。俺はこんなんでも……怖がりだ。誰かが死ぬ事を極端に恐れてる。死体を見るのはもう何でもないのに、アイツのせいで殺されるのだけはどうにもな。殆ど助けられてないんだが」

「…………また、誰か死ぬんだ」

「一人はどうしようもない。詰みだな。俺にも明衣にも敵対的な態度を取ったし、興味を持たれたからどうしようもない。NGが毒みたいに徐々に苦しめさせて現実を教えさせてくれる様な仕様ならまだ助けられたかもしれないが……俺の見たNGは死因が違えど一度破ればそこまで時間を置かずに死ぬ。中には即死もあった。だから助けるのは無理だ。これはもう割り切るしかない」

 その助けようと思った教師はとんでもない性犯罪者であるわけだが、犯罪者なら普通に裁いてもらえばいいので、明衣に蹂躙されるのは話が違う。ただそれはもう、手遅れな命だ。

 俺が考えるのは日入の命。多田が手遅れなのは分かったから、それを生贄としてあの後輩への興味を失くしてくれればいいと切に願っている。それか、『ぼっとん花子』の謎に興味を引かせて体力を使わせるか。

「話が逸れて来たから戻すぞ。お前の方の収穫は?」

「それが―――」






















「助手、遅いよー」

「夜遅くに出かけなきゃ仕方ねえだろ」

「そういう意味じゃないんだけどな」

 家の前で名探偵と合流。NGの都合上仕方なし。今度も学校へ訪問するが、違いはもう誰とも合流しないし、その不測さえ望んでいないという事だ。いずれにせよあまり永い間引っ張る事でもない。明衣に興味こそ持たれていないがあの二人はこのまま目を覚まさないようならそれはそれで植物状態としてある種死んだも同然。『ぼっとん花子』を解明したらもしかしたら助けられるかもしれない。ならばやるしかないだろう。

「明衣。早速で悪いんだが、学校に入る前に言いたい事がある」

「何?」

「『ぼっとん花子』についてだが……危ない奴という事が分かった。俺達もあの時学校に入ったんだ、目をつけられた可能性はあって、その……死ぬかもしれない。名探偵、こんな事を言うのもなんだが、死にたくないなら命が惜しいなら関わるべきじゃないかもしれない。それでも行くか?」

 曇りの日の空は薄暗く、ほんの少し前方に立つ彼女の表情さえ曖昧にしてくれる。




「殺せるものなら殺してみなよ。名探偵は、物語の終わりを求めていますから」




 声音は楽しそうだが、その顔は何だか――――――――――――――。





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