職者の本性
「……脅しですか?」
「脅しになる……のか? ごめん、脅しだ。でもこいつより怖いものはない。言えない理由があっても、どうか話してくれないか」
明衣から話を聞こうとすると拗れる未来しか見えなかったので、助手である俺から無茶苦茶な条件を突きつける事にした。これを交渉と言い出したら世のネゴシエーターは憤死しかねないが、これでも人道的な方法というか、犠牲が出ないのなら何でもいい。
美生田を引き離して次に向かったのは同じく一年の日入という女子だ。面識はないのでどういう反応をしてくれるか分からない。それなら今回の一件で一年にも問題児として認識された明衣よりも俺が話しかけた方がマシになると思った。
日入は何というか、一年生にしては覇気がない女子で、無気力っぽい立ち姿からも若さを感じない。正当性の欠片もない偏見だが、高校に入ったばかりというからにはもう少し活力が見てみたい。明衣みたいな無法ではなくて、もっと常識的な快活さを。
「私が」
「お前は黙ってろ名探偵」
「むう」
「……全校集会の時もそうでしたけど、二人はどんな関係なんですか?」
「探偵と助手。それ以外の関係は存在しない。まあその……何だ。言いたくない事情を一旦無視して教えて欲しい。昨夜、学校に居たか?」
もう何度も同じ質問をしているが、質問をした回数だけ話題を逸らされてはぐらかされている。居ないならいないできっぱりいうか、嘘を吐くなら吐くで分からない様に言ってくれればいいのに、これじゃあ暗に認めているだけだ。『察しろ』と言わんばかりの言い回しは普通に面倒くさい。
「………………守ってくれますか?」
「守る。何に怯えてるのかは知らないけど、俺にとって一番怖いのはコイツ。コイツ以外は全部取るに足らない恐怖だ。凶器も、社会も、秩序も、警察も、全部馬鹿馬鹿しい。コイツの魔の手でないなら幾らでも守ってやるさ」
「酷いなあ助手。まるで私が悪訳みたいじゃない。あ、それともこの子が犯人だから名探偵は敵役って事かな」
「何の犯人だよ」
「二人を昏睡状態に陥らせた原因とか」
「―――多田先生に呼ばれたんですよ」
俺が先んじて条件を提示したのが功を奏したかは分からないが、こっちは思ったよりもあっさりと話してくれた。しかし何の因果か、関係のある先生の名前を出して。
「……夜の学校に、先生が呼んだのか?」
「理由はなーに?」
「………………そ、その、校則違反しちゃって」
己の不手際を認めるのは恥ずかしい事だが、それは一時の恥だ。隠している方が楽なのはその通りだが、閉じ籠った奴は暴かれた時にどうしても立て直せない。
「こいつなんて校則違反しかしてないぞ。何をやったんだ?」
「げ、ゲームの持ち込み。先生にバレて……入学してすぐの事」
そんな事で? という意見が脳を過っている。明衣に比べたら大いにマシ。俺なら笑顔で送り出しているが、あの先生がそんな事をしてくれるかというと微妙だ。命知らずにも明衣にたてついて、結果痛い目を見る様な大人だ。俺の事など信じてくれそうもなく、救える余地はない。
「まだ表に出してなくて……た、退学にするのも簡単って言われて……」
表に出さない感情を吐き出す事がどんなに苦しいか。良く分かる。弱音を吐くと自分が情けない存在に思えて涙が出るのだ。無気力だった表情に色が灯っても、そこには悲哀とか絶望と言ったマイナスの色ばかり寄せられている。
「実際、ゲーム持ち込み如きで一発退学って出来るのか?」
「そんなガチガチの高校じゃないし、最初は反省文か悪くても停学だと思うな。単に抑圧したかったんだと思う」
「そ、それで……うっ…………うううう……! ば、バラしてほしくなかったら…………うわあああああああああああああああん!」
他の生徒に迷惑を掛けてはいけないとわざわざ空き教室に連れて来たのが良くなかったか。大声で泣き叫ぶ後輩にいよいよ手が付けられない。美生田が嘘泣きと言われるのも無理ないくらいには咽せ込んで、目を擦って、その場に崩れ落ちて。
一先ず安心させる為に抱きしめる。見ず知らずの他人にこんな事をされても安心出来ないとは思うが、棒立ちで見るのは明衣がもうやっている。こいつと同じ事はしたくない。
「おい、落ち着け。大丈夫だ、その先生は……うちの探偵様に目をつけられた。だから君がどうこうされる事はない。安心してくれ」
見ず知らずの生徒を必死に慰める事の馬鹿らしさ、そして難しさを明衣にも知ってもらいたい。助手は喜んで雑務をこなすが、だからって探偵様は高みの見物を決め込まないで手伝ってくれてもいいんだぞと。
抱きしめた時の安心感とかは、肉体的な意味で明衣の方があるだろう。偽りの母性であったとしても、慰めるにはそれが一番だ。
さて、おぼつかない言語を必死に聞き取りながら話を伺ってみると、多田先生は明衣と同じかそれ以上のゴミクズだという事が判明した。
あの先生は要するに、生徒に肉体関係を持ちかけたのだ。昨夜も当然居たという事で、その証拠は明衣に確認してもらった。スカートの下には『正』の字があって、それ以上は要らない。美生田もその夜には居たらしく、彼女が口を割らなかった理由も同じだ。違いは明衣が話を聞いたか俺が聞いたかの違いだけ。
―――トリアージじゃないけどさ。
この名探偵を前に全ての命を救う事など出来ない。だが素直に話してくれた彼女だけは助けられる筈だ。
「明衣。捜査に協力してくれたんだし、この子には触れないでやってくれないか」
「えー? うーん、そうだね。素直な後輩に免じて、今回は『推理』しないであげる。他に予定も詰まってるし」
「…………立てるか? 悪かったなこんな場所に拉致して。部活に行くなり帰るなり好きにしてくれ」
ハンカチで後輩の涙を拭って立ち上がらせる。背中を押して教室の外に追いやると、明衣がその方を捕まえた。
「ねえ、日入ちゃん。お礼に良い事教えてあげるよ」
「へ…………」
「―――――――――――――」
「…………!」
「良い事でしょ? 助手を信じて良かったね。じゃあねー」
今度こそ明衣も彼女の肩から手を離してその背中を見送る。心底嬉しそうに微笑みながら。
「お礼って、そう言えばさっきも耳打ちしてたよな。同じ事か?」
「…………助手はさ、あの子、好き?」
「……すぐそういう話に結び付けるなよ。俺に好きな奴なんかいない。言ったろ、強いて結婚するならお前。もし仮に万が一好きな人がいるならお前。お前以外の奴なんて考えられない」
「そっかそっか。じゃあ、いいかな」
心にもない発言に、今更罪悪感なんてない。別にいいだろ、嘘くらい。
「もういいだろ。どうせ今日も夜に行くんだ。帰ろう」
「うん。帰ろっか」
当たり前のように手をつなぐと、明衣は限界まで背伸びをして、俺と唇を重ねた。身長差からそれを仕掛けるのは物理的に難しい。されるがままに受け入れると、頬を緩ませたままにひにひと気味の悪い笑顔を浮かべて、彼女は頬を手で覆った。
「えへえへ。なんか、恥ずかしいな~」




