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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
1st Deduct イジメはペケ
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彼女はいつも冴えている

「なんか最近平和でつまんないね」

 田舎という言葉には平和な響きがある。そんな主観的パッションの話はさておき、人が多ければそれだけトラブルも起きやすいという単純な構造を思うと、やはり都会に比べれば平和なのは自明の理だ。

「いい事じゃないか。平和で結構。俺は死ぬまで平和に過ごしたいよ」

「えーそんなのつまらないよ。乃絃君。名探偵には事件が付き物で、事件が起きなきゃ名探偵の存在意義は? 私に死ねっての?」

「そうだよ」

 殺人も傷害も強盗も窃盗も、常識的に考えて犯罪だとは思っているけど。名探偵こと彩霧明衣に関しては死んだ方が世の為人の為だろう。俺は心からそればかり考えている。


 流れ星が流れれば消えるまでに三度。

 七夕には笹一杯に。

 神社に行けばそういうご利益とは無縁でも。


 事件が起きなければ名探偵のいる意味がない。なら名探偵が死んでしまえば事件が起きる必要性もない。もしかしたらわざと事件を起こすような性質の悪い邪悪な探偵も居るかもしれないしやっぱり死ぬべきだと思う。

「えー酷いよ助手―。そういう時は事件を探してくるのが貴方の役割なのに、何でそんな酷い事言うの?」

「お前が嫌いだから」

 明衣の美人さはわざわざ語るまでもない。説明が難しいのだが、年を取ってなる白髪と最初から真っ白いのは根本から綺麗さが違っているというか、もう五年以上も付き合ってきたが(交際という意味ではない)、コイツ程の美人は見た事ないし、人間味のない奴も存在しない。そもそも髪の毛が白一色というのが現実から浮いている。

 ポニーテールになんぞなった日には脳が理解を拒絶し、景色がバグる。

 ただ、天は二物を与えずと言うだろう。そんな外見の圧倒的アドバンテージと引き換えに彼女の人間性は腐り果て、地に這い、地獄の釜で煮詰められたが如き邪悪さを臭わせる最低最悪の存在となってしまった。中身より外見という人間が居るならそれ自体は否定しないが、明衣だけは例外とした方がいい。交際でも結婚でも友人づきあいでもそんな事したら将来的に後悔するランキングを独占するような女だ(俺調べ)。

「えーんえーん。乃絃が虐めるー。私名探偵なのに―」

「演技も下手とか探偵として終わってるよ。ほら、ウィンナーやるから泣き止め」

「あ、アリガト」

 屋上で二人きりの昼食。ロマンチックさの欠片もない。誰かが代わってくれるなら代わって欲しいが、俺は名探偵の助手であり、共犯者に近い。明衣の傍を離れるのはいけない事だ。それでは約束に反する。

 そうでなくても、こいつの傍に誰か置いた日には近い内にそいつが死ぬ。なので

「でも私を泣き止ませたいなら事件探してきてよ。推理したいから」

「お前が推理したいの事件じゃなくてNGだろうが」

「だって殺人とか傷害は警察が捜査する案件でしょ。私に捜査権があるならそりゃしたいけどないし。だったら解き明かすべきは一つ。そうでしょ乃絃」

「……暗黙の了解をいつまで経っても守らない奴だな。触れるなよ、NGに」

「やだ。だって気になるもの。大体さ、隠し事してる方が悪いんだよね? 真に誠実な人間を目指すならそういう卑怯な事はやめてあけっぴろげにしないと。乃絃みたいに自分が卑怯だって弁えてるならそれも良いと思うけどね。だって貴方のNGって……」

「おい、約束を破る気か?」

 

『一人になってはいけない』。


 それが俺に課されたNG。だが明衣はまだそれを言い当てていない。バレているかどうかはこの際関係ない。『言い当てない代わりに助手を務める』のが取引の条件だ。そしてNGを踏まない且つ、明衣の行動を監視する事が出来る助手という立ち位置は俺にとって最も必要だった席。どんなに腸が煮えくり返っても、このチャンスが回ってくる事は二度とない。断れば俺も同じようにNGを当てられて死亡していた筈だ。

 これを破らせるなんて誰よりも簡単。俺を気絶させて遠くに追いやればいい。それだけで条件は満たされ、俺はかつての友達達と同じ末路を辿るだろう。

「冗談だよ。ノリ悪いなあ君は。私はちゃんと自分に課したルールは守るよ。それが私の探偵としての信念」

「どっちかっていうと人としての常識を守ってくれると有難いんだけどな」

「むむ、事件の香り! 事件が私を呼んでいる!」

「話聞けよ!」

 昼食を食べ終えると、明衣は屋上の端っこに身体を追いやって聞き耳を立て始めた。何事かと思って隣に立つと、すぐ下の階の窓際でトラブルが起きているらしい。

「助手、聞いてきてよ」

「……いいけど、安楽椅子探偵なんて俺は嫌いだからな。ちょっと後ろから付いて来いよ。楽すんな」

「やれやれ。情報はいつでも足で稼ぐ訳ね」

 俺が助手をするその最たる理由。それは明衣のNGを当てる為。端的に言って復讐。その時が来るなら誰を犠牲にしようと構わないが、一方で常識的に多数の人間を殺害したくはない。さっき自分でも言ったが、明衣は己に課した探偵ルールは絶対に遵守する。

 

 ルールその1。『一度でも推理を外したらもうその人のNGには関与しない』


 自称名探偵は放置しておくとその類稀な悪意によって相手の違和感を見逃さない。その為に俺が居る。



「そこ、いじめはやめろ」



 騒がしかったのは男子トイレであったが、中で溜まっていたのは素行不良の女子達だ。一年生と思わしき女子を壁に追い詰めて何かをさせようとする最中であり、その女子はスカートと靴下を脱がされ、殆ど開けブラウス姿で泣きそうになって俺の方を見ていた。

「はあ? アンタ空気とか読まない訳? うちらが溜まってん所に男子が入るとかありえねーんだけど」

「まずここ、男子トイレだぞ。女子トイレだったら流石に入らなかった。俺は用を足しに来たんだ、でも隣でイジメが起きてたら気になるだろ」

 真っ先に食って掛かって来た金髪女子の名前は中尾。染め髪にしろ制服の丈にしろ成績にしろ、校則という物を理解しているとは思えない素行不良ぶりに、担任は特に頭を抱えている。

「トイレなんて幾らでもあんだろうが、くんじゃねえよ! 死ね!」

「あ、あたしらこいつに胸揉まれたって言います!」

「そしたら人生破滅じゃーん! 分かったらとっとと消えろな? 先輩???」



「んな事言ってる場合じゃねえ! てめえら全員死にてえのか!」



 近くにマイクがあれば確実に音割れする、それくらいの怒声。だって本気で怒っている。中尾は二年から俺と明衣と同じクラスになったしそんな奴の取り巻きの後輩は知る由もないだろうが、高校に入った時からあの邪悪探偵は大暴れしている。でも誰も触れられない。

 アイツの悪行を咎めると言う事はNGに触れるという事。

 それが出来ないから、放置するしかない。誰か死んでもみなかった事にするしかない。自分のNGに触れられたくないから。

 

 イジめられてる女子がどうなるかなんて正直どうでも良くて。


 そんな事とは無関係に大勢殺される事を心配しているのだ。

「は、はあ!? てめ、脅したって先生にいいつけっから―――」


「俺の苦労も知らねえでぎゃあぎゃあ喚きやがってよ! 死にてえのか死にたくねえのかここでハッキリさせてくれ! 全員死にたいなら何も言わん! 好きにしろ! 俺は帰る!」





「し、しにだくない…………!」





 声を上げたのは、イジメを受けていた後輩と思わしき矮躯の女子生徒。三人が俺に気を取られている内に女子は俺にタックルするみたいに飛び込んできて、背中に隠れた。

「あ、あ、あ、あ……ぅぅうううううう!」

 しがみついて離れようとしない。制服を取り返してもないのでこのまま連れて行くのは問題があるような。俺はたまたま着ていたブレザーを脱ぐと、その女子に肩から覆いかぶせてトイレの外へ。


「…………名探偵。この子がイジメを受けてた。イジメの主犯はトイレに居るぞ」


「傷害事件だったのかー。じゃあ私の出る幕なんかないわね。残念」

 ポニーテールをふるっと揺らし、明衣が背中を向けて立ち去ろうとする。俺はすかさず声を掛けて、その足を引き止めた。

「いいのか?」

「―――え?」




「このままじゃ警察の手柄になるけど、名探偵はそれを良しとするのかって聞いてるんだ? お?」




「てめえこら! 何勝手に連れ出そうとしてやがんだ!」

 遅れてトイレから中尾が飛び出してきたが、ほんの少し遅かった様だ。





「はいはーい。私の大切な助手に触るのはそこまで! ここからは私が話を聞くから、全員トイレに戻ろっか♪」 

 明衣のやる気が漲ってしまった。

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