探偵に衝動機会合一を与えるべからず
「もっと穏便な方法を探せ! 流石に俺も協力しないぞ」
「えー。いい方法だと思ったんだけどなあ」
ハンマーで壁を壊す案は現実的だが一番過激だ。それを行うにしてもどの壁かを当ててからじゃないと悪戯に壁を壊された校舎はどうなる。割れ窓理論よろしく治安が悪化する。悪化したらどうなる? 悪化させた奴は全員が明衣の餌だ。そいつらは残念ながら助けられない。口では助けたいと言っておくが、自分を危険に晒してまで助けてやる義理もないのだ。
体育倉庫でハンマーを引きずり出そうとした明衣を押し込んで、その手から凶器を奪い取った。
俺の本質は飽くまで復讐。
明衣を殺せるその日まで従順で居てやるだけ。助けるのはついでだ。それこそ見捨てる理由もないという奴。こんな核爆弾級に危ない奴が居るのに悪事を働く奴は、それだけで十分見捨てる理由になる。救いようがないというだろう。
「それにな、お前を宥めてるうちに気になる事が出来た。お前さ、あの二人が目覚めないのはお化けのせいって言ってただろ?」
「あれは推理だよ? それも初歩的な」
「それなら普通に考えたら隠されたトイレって奴に二人が入ったんじゃないか? トイレに居なくても影響を受けるならもっと被害者がいるだろ。居るかいないかじゃなくて、名探偵の推理を前提に話してる。仮定するなら、その二人は隠し部屋に入った事がある。それも、壁を壊さずに」
「ふむ。続けて?」
「お化けの事を調べるなら夜だろ普通。隠し部屋は見つかるかもしれないがそこを発見した所で何の手がかりも期待出来ない。状況再現だよ、目撃証言が取れない以上は俺達が同じ状況に陥ってみるしかない。お前の推理通りならな」
それに壁を叩くとなると衝撃が手に伝わって痛くなる。男手として力仕事を任されるのも助手の定めだ。今その必要が無いなら避ける努力をするのは生粋のサボタージュマンとして当然の行動である。
「状況再現……そういう方法もありだね。それじゃ、助手の意見を信じて計画変更。もう帰ってるかな……や、流石に無いか。部活に行ってると思うな。ねえ助手」
「要領を得ない話を振るなよ。反応し辛いから」
「全校集会でちょっと反応を見たら、気になる反応をしてくれた子が居たんだよね。夜間侵入にまるで心当たりがあるみたい!」
「名探偵様にはそんな事まで分かるのか。凄いな」
「えへへ」
全校集会に場違いな発言を繰り返すことの恐ろしさを多くの生徒は知っている。学校とは社会の縮図だ、空気を読む力を嫌でも鍛えさせられる。先生に個性を抑圧され、従順を強いられ、それが正しい事とされる。
学校教育を批判したいわけではない。ただ、そんな環境にあってはコイツの事を知らなくても恐ろしく見えるだろう。
規則どころか、法にさえ縛られない奔放。
大人に対しても怯まず言い返せる度胸。
或いは人の話なんて聞き入れない傲慢。
……いや。
何よりそこには無慈悲があった。明衣は人の事など何とも思っていない。全ては執拗なまでに解き明かしたいと思う好奇心。もしくは憎しみ。そうとしか考えられないくらい、コイツの執着は異常だ。
「で、誰なんだよ」
「一年生の美生田って子。確かテニス部所属だったかな。今なら部活中だろうから行って損なし。行こ」
「……」
一足先に行くつもりもなかったらしく、佇む俺に明衣は振り返りながら首を傾げた。
「どうかした?」
「……いや、夜に学校に居たならあの二人を放置するのは得策じゃないって分かるだろうに。俺達はまだしも何でその子は放置したんだ?」
「そもそも見てなかったかもよ。私達も学校は行ったけど、合流しようとしてないし、最後まで誰が何人いたかも分からなかったよね」
「ああ、その線もあるか……」
いずれにせよ不幸な奴だとは思う。そんなつもりじゃなかったのは分かっているが、どんな目的にせよあの晩あの場所に居たせいでこんな危ない奴に絡まれるとは。大丈夫だ、迂闊な事を言わなければ俺が守れる。幸い、名探偵の興味はオカルト方面に向いているから、飽くまでモブの情報提供者として振舞えるのなら命までは失わない。
「部活中に話しかけるのはいいが、コートに入ってたら危ないぞ」
「そんな事はしないって。急がなくてもいいし」
「お前に話しかけられたくなくてずっと試合してたら?」
「うーん。みんなそんな事しないよね。捜査に協力しないなんて、まるで犯人みたい」
「みーおーだーちゃん。さっき私と目が合ったよね。ちょっと話を聞かせてくれる?」
「ひっ。な、なんでここに……!」
「運の尽きなんだ。諦めてくれ」
たまたまロッカールームに戻っていた後輩を捕まえると、明衣は流れるように鍵を閉めて窓の近くに彼女を押しやった。俺は門番として扉の前に立たされているが、これも逃げたらより面倒になると踏んで従っている。好きに恨んでくれていいが、明衣の言う事には素直になってもらいたい。
「私何も知りません! 何も、何も!」
「そんな怯えなくてもいいのに。ねえ、昨夜は何で学校に居たの?」
「知らない! 知らないのぉ……ううぅぅぅううう!」
「あーあ。泣かせた」
「嘘泣きが分からないんじゃ後で痛い目見るよ」
「いや、涙あるが」
「涙なんて幾らでも流せるよ。悲しくなんかなくても、所詮は身体機能だから」
だが美生田は怯えすぎるあまりその場に蹲って現実から逃げるように目を閉じて、「しらないしらない」と繰り返すだけの機械になり果ててしまった。これは話を聞けずにつき纏われるパターンだろうか。俺がそれを伝えたって折れるとは限らない。
「明衣。他にも気になる反応をした奴が居るならそっちに向かった方が効率が良いと思わないか? いないなら……頑張るしかないけど」
「それもそっか。じゃあ次行ってみよー」
明衣は去り際に美生田の耳元でこそこそと何かを伝える。俺達が去ると知って露骨に発狂の鎮まった後輩は、それを聞いた途端に立ち上がって、明衣の肩を掴んだ。
「まって、辞めて!」
「ほら、やっぱり嘘だった。嘘は良くないね。危うく助手が騙される所だった!」
私の言った通りだとばかりに指をさす名探偵と、そんな事はどうでもいいからやめてくれと懇願する美生田。後ろに縛った髪を振り回して、必死に縋りついていた。俺には状況が呑み込めない。
「隠したり、嘘を吐いたり、それ自体は好きにしたらいいと思うけど。罰が当たっても仕方ないよね。助手、行こ」
「……今なら話してくれそうだけど」
「うーん。もういいかな。この反応は飽きちゃった」
更新早まります。