行方不明衣の探し方
「皆さんに残念なお知らせがあります。昨晩、我が校に不法侵入をした生徒が居ました」
全校集会。
それは表彰式や卒業式のような行事としか縁のない無意味な時間。たまに防犯教室でも開かれたら同じような状況になるが、多くの生徒はこのイベント自体を歓迎していない。理由は単につまらないからだ。特に早朝体育館に集められると眠気に勝てない生徒だって居るだろう。部活の朝練終わりの生徒なんか、どうでもいいお説教をきちんと聞くより机に突っ伏して眠っていたいと思っているのではないか。
夏でも冬でも生徒の心を掴めないのがこの行事の酷い所で、体育館に暖房がないのが悪いのだが、冬は寒く、夏は暑い。隣に汗っかきが居たらもう最悪だ。実際俺のクラスからも「めんど……」「まじだりー」という声が聞こえてくる。
―――気持ちは分かるよ。
俺も出来る事なら参加したくないが、それが許されていないんだこれが。
先生の指示で整列したが、俺は直ぐに列を乱して明衣の隣に並んだ。身の程を弁えたクラスメイトは俺の奇行に何も言わない。担任も明衣の異常さは承知しているので見逃してくれた。見逃してくれないとその人が目をつけられるので正しい。
「……暇だから出番が来るまで梳かしておいてやるよ。櫛」
「ん。いつもごめんね」
「本当にそう思ってるのか」
「ううん。でも感謝してるのは本当だよ」
髪は女の命なのに、その髪を他人に梳かしてもらうのはどういう了見だろう。別に嬉しくない。誰が好きこのんでこんな女の髪を整えないといけないのか。事情を知らない奴には俺が変態に見えるし、それの何が一番困るって、もしそいつが目をつけられたら信用を勝ち取るのが不可能になる。
「近頃は子供を狙う犯罪も増えています。我が校へ用もなく侵入するのは辞めてください! 何かあってからでは遅いのです! この事のきっかけとなった生徒は何か事件に巻き込まれたのか、昏睡状態に陥ったままです。皆さんの学生生活は出来る限り自由にさせるべきだと思っていますが、暫くは教師による見回りを強化して―――」
「お前、ブラ透けてるぞ。何で対策してないんだ?」
「暑いから。乃絃君なら幾らでも見ていいよ」
「見ねえよ」
髪を腰の上くらいまで伸ばしているから、俺みたいにわざわざ髪に触らない限り水色のブラジャーが見える事はない。それよりも前にまずこの冷気のような白髪に塗り潰される。全校集会は聞いているだけ退屈だ。綺麗ごとを並べ立てる教師には全く何の期待も出来ない。
警察だって一度明衣を連行したは良いが結局野放しにしてくれた。権力なんぞ持ち合わせていない教師に何故同じ希望を抱けるのか。
「……いつ出るんだ? そろそろ全校集会終わる様な気がするぞ」
校長先生のお説教が終われば、次は生徒指導の先生からの説教だ。上からは生徒の様子が良く見えるので居眠りなんてしている奴が居れば名指しで怒られるだろう。問題があるとすれば、その先生は今年度からの新任で、前任の先生は死んだという事だ。
「あー。あー。穏便に行きたかったですけど、率直に言わせてもらいます。一週間も経たない内にもう三人も死んでよお、何でへらへらしてられんのか俺にはさっぱり分からん。お前達少しはしゃきっとしろやあ!」
「しゃきっとするのは~先生の方じゃないんですか?」
櫛を返して、明衣が立ち上がるのを待ってから従者のように後を追う。明衣の事を良く知らない一年や三年、同じ二年でも去年からクラスの一致しなかった人間はこの退屈な全校集会に声をあげる生徒に興味を惹かれていた。
一方、こいつの異常さを知る者は全員、顔を引き攣らせて固まった。
「行くよー助手」
「手短に頼むぞ。授業が遅れたらお前のせいだからな」
先生は誰も止めない。いや、止められない。教師だからってあらゆるクラスの生徒について詳しい訳じゃない。明衣について詳しくない先生も当然存在するしその人は止めようとするのだが、それをうちの担任が引き留める構図は何というか、悲しい。
「お前は……彩霧だったか? 座れ!」
「座りません。先生があんまりにも酷い注意喚起をしてるから、見てられなくて」
「あー。先生。こいつを言論で黙らせようとするのは無理ですよ。人の話とかどうでもいいんで」
「乃絃! てめえも座れよ!」
「何で俺だけ名前……悪いですけどこいつの助手なんて無理です」
壇上に上がってマイクを奪う明衣の存在は、ただそれだけで異質だ。学校では目上に逆らわない様に教育される。本当の言い訳も、経緯の説明も、弁明も、全て『言い訳』として一蹴される様な世界だ。何を言っても無駄と分かれば抵抗をやめる。その方が辛くないから。
「おい! 戻れ!」
「んー。そっかー。みんなそんな反応するんだ。ごめんね、ちょっとだけ時間を貰うね。さっきも多田先生が言ったけど、誰か夜に学校侵入したよね? その人はどうして侵入したのかな? 怒ってる訳じゃないよ。ただ理由が気になるだけ。夜に学校へ行ってたなら思い当たる節があるよね…………うんうん。そっか。そんな反応か」
「彩霧! 乃絃! てめえら後で指導室来い! こんな事していいと思ってんのか戻れ! 戻れえ!」
先生が明衣の肩を掴んで突き飛ばした。無抵抗で吹き飛ばされた探偵の背中を受け止めると、躊躇いなく前に出て、お返しとばかりに先生の肩を突き飛ばす。
「なっ―――!」
「明衣。早く終わらせろ」
「うん♪」
言いたい事を言わせてやらないとこのコントみたいな地獄をいつまでも続けないといけなくなる。先生と明衣の間に割って入る事で妨害を阻止。
「教師に逆らっていいと思ってんのか!?」
「先生、身の程弁えてください。マジで、危ないですから」
「でも平和っていいよね。みーんなボケてるから、犯罪者にとっては獲物にしやすいのなんの。死人だって出てるんだからもう少し気を引き締めないといけないのに、どうして引き締めないのかな? その理由、私分かるよ。それはね……この学校には名探偵が居るからです! ずばり、その名探偵とは―――!」
「全校集会でふざけんじゃねえ!」
「ふざけてんのはてめえだクソ先公!」
堪忍袋の緒が切れた先生の拳が明衣に向けられたと分かるや否や、前蹴りで膝を蹴って止める。一連の流れに事情を知らない生徒は言葉を失っていた。
「こいつのクソ推理を邪魔すんじゃねえ! アンタの為に言ってんだ、死ぬぞ!」
「てめえ乃絃! 手出しやがったな!」
「殴るなら俺を殴れ! こいつに指一本でも触ってみろ! 殺されるぞ!」
俺が駆り出されている理由。それは断じて寂しいからではなく、このような邪魔者を排除するための言わば護衛だ。不本意だがこいつを守らないと次の標的が決まってしまう。この教師がいかに大柄で腕っぷしに自信があってもNGの前では全てが無意味。それはあらゆる人間に共通する『死因』。
「―――じゃじゃーん! そう、名探偵とは私の事なのです! だからみんな、多少誰か死んでも安心して学校生活を送ってね! 私を頼ればどんな事件も一件落着! だけど……先生達はしゃきっとした方が良いと思います! だって生徒の身に何かあったら責任問題ですよ。学校ぐるみで隠蔽なんかしても無駄ですからねー。私と助手が全部暴いちゃいますから」
「てめえら二人とも停学だ! 親に連絡するからな! 反省文じゃ済まされねえぞ! 分かってんのか!?」
「両親も兄妹も死んじゃったからいませーん」
「俺もこいつが心配なんで停学は困りま―――」
ついに暴力の矛先が俺に向いてくれた様で何よりだ。渾身の一撃を顔に貰ってその場に崩れ落ちる。痛かったが、痛いだけだ。歯も折れていないし、出血もしていない。痣が残るくらいは覚悟しておいた方がいいかな、というくらい。
「あ。助手に手を出した」
「―――え?」
「ああん!?」
―――それよりも恐ろしいのは、俺に対する攻撃が標的を決めるトリガーになってしまった事だ。
「先生。そういう事しちゃうんだ」
危険に満ちた全校集会が終わってようやくかとげんなりした生徒達が解放される今日この頃。
「アイツ……いつの間に消えやがった……!」
明衣と生徒指導の先生が見当たらない。