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クロウの完璧な溺愛!?顧客満足度に疲れた私を癒す美形の夫

作者: 佐久ユウ

5分で読める溺愛です。


「おかえり。一日お疲れさま、沙織」


 我が家の自動扉が開く。彼は笑顔で私を迎え入れる。彼の名はクロウ。私の理想の夫、必ず毎日違う言い回しでお帰りを律儀に言ってくれる。


 容姿は美形とだけ言っておこう。詳細に言うと私が恥ずかしくなるだけだから。その美しく程よく鍛えられた体はセンスの良い服を纏い、赤いエプロンを身につけている。


「クロウ、ただいま。どうしたの? そのエプロン」

 彼が微笑み、私が着ていたコートを脱がす。

「家庭的なのが良いのかなと思って」

「食事は自動オーブンが用意するでしょう?」


 我が家は全自動式だ。料理、掃除、洗濯は機械がする。そういう家はごく一般的だし、手動に拘る人でなければ当たり前だった。私は働いているし、彼も在宅ワークをしている。最も効率良いやり方が私は好きだ。だから三つ星シェフのレシピが入ったオーブンが我が家の食卓を彩る。


「君は手動の料理を好まないから…せめて雰囲気をね……鞄を」


 クロウが私から鞄を受け取る。さりげなくスリッパも出してある。完璧なエスコートでリビングに案内された。テーブルには白いクロス。花瓶には一輪の青い薔薇。食器がコーディネートされ、グラスも二人分並べられている。


「雰囲気か……ありがとう」


 外食しなくてもちょっとしたレストランが再現されていて、クロウの演出力に舌を巻く。


「こちらの椅子へ、お姫様」

 クロウが澄ました顔で椅子を引く。


「ぶっ、お姫様?……貴方が考えたの?」

「君が特別って事を言いたかっただけ。気に入らなかった?」


 クロウが少しばつの悪そうな顔をして私を伺う。普段と少し違う演出。彼が私を楽しませたいだけだとは知ってはいるけど……つい職業病で詮索してしまう。


「何を観たの?」


 手首のスマートウォッチで彼の家での行動履歴を追う。その腕をそっと彼が掴む。顔が近い。


「君しか観てないよ……でも嫌かい?」

 ちょっと上目遣いのクロウはまるで少年のよう。私より年上とは思えないギャップ。


「ちょっと可笑しいわ。まぁ悪い気はしないけど、お姫様ってお淑やかな人へ使うんじゃない?」


 ごく普通にクロウが言う。


「僕には君が淑女だよ」

「ちょっとロマンスを読み過ぎね」


 クロウは私が仕事の間、クラウドに集めたロマンス小説を読み耽っていたようだ。未読だった本が全て既読になっている。


「事実なのだけど……気に入らなかった?」

 彼はまだ顔を離さない。美しい人に見つめられ、自然と鼓動が早くなる。


「何ていうか……私、今優しくされたいのかしら?」


 自分でもちょっと意外だった。ロマンス小説の主人公のように甘々にされたい自分が見えて。確かに疲れてはいる。最近の顧客は好みがうるさく、人の心はうつり気で顧客満足度90%のノルマがストレスになっていたから。


「冷たくされたい?」

 私の耳元でクロウが囁く。

「癒されたいのよ。顧客の好みに擦り合わせるのは疲れるもの」


 彼が私の後ろから抱きしめる。とてもロマンチックに。


「こういう事?」

「抱きしめてくれるの?」 


 クロウの熱を感じながら、自分の胸がドキドキするのを感じないわけではない。と同時に少しやり過ぎだとも思う。


「君が望むなら、夕食より先にこの続きをしようか?」

「ぶっ、やっぱりロマンスの読み過ぎじゃない」


 唐突なセリフに堪らず吹き出す。こんな絵に描いたような台詞を望んでるわけ……ないから…たぶん。


「沙織のライブラリーの8割はロマンスだから仕方ないよ」

 クロウが抱きついたまま囁く。


「言っておくけど仕事のためよ。ロマンスが流行ってるの」


 21世紀の溺愛系が再燃している。やっぱりデザイナーとして、流行を押さえないといけない。


「じゃあ、僕の振る舞いは流行りの型でつまらない?」


 人はいつだってオリジナルを求めるものね。だけど型も案外重要だ。だからロマンス小説の溺愛系を買ってクラウドのライブラリーへ入れた。


「素敵だと思う。でも完璧すぎるかも」

 クロウはいつだって素早く私の好みを察知する。私の表情、言動、持ち物、時にはライブラリーから私を知ろうとする。


「完璧すぎる?…やっぱり冷たくされたいんだ」


 抱擁が少し緩む。彼は私をどこまで知り尽くしているんだろう。ちょっと誤解された気がして、彼に向き直り、彼の胸元に手を当てる。


「というよりも完璧過ぎると自分が惨めになるでしょ。クロウも弱みを見せて欲しい」

「僕の弱いところは君が一番知っているよ」 


 クロウに足りない物。それは人間的な揺らぎ。それをデザインし、汎用製品を顧客の嗜好に合わせるカスタマイザーが私の仕事だ。それは意外と難しく、機械と嗜好のすり合わせは人間の仕事となっている。

 私がデザインしたクロウの美しい顔を見上げる。


「そうね……貴方は私の意思を優先し過ぎるでしょ。それが弱み…んっ」


 容赦なくクロウが私の唇を奪う。突然見せる豪快さは私の嗜好なのか、ライブラリーの学習結果なのか。クロウは、自立型AIのホームアンドロイド。彼の思考はブラックボックスだ。何が判断に優先されているかなんて、私が知れるものではない。


 クロウがやっと唇を離す。

「決めた。食事の前に君を可愛がろう」


 クロウの肩に軽々と抱きかかえられる。クロウが私の反応から読み取った私の顧客満足度の数値は見ないでおこう。

 だって恥ずかしいもの。


 異世界?と思う方がいらっしゃるのを承知の上で、どうしても恋愛に置きたかったんです。だって溺愛ですから。

 SFも溺愛が流行る事を祈ります。

 

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