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なにかが少しずつ変わりはじめる  作者: ゴルゴンゾーラ
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罠にはめられたクマさんの話

加賀山さんも強烈キャラなんだけど、うちの会社には他にも何人か強烈なキャラがいる。


世の中、色んなタイプの人間がいる。


そんなことは分かっているんだけど、なんとなく昔から、俺の周囲には変わった人間が集まってくるんじゃないか?


そんな気がする。




「青山!お前、相変わらず澄ました顔して仕事してるな」


経費精算を入力していると、いきなり背後から首を絞められた。




背後からキンキン声で呼びかけられたり、首を絞められたり。


会社にいると気が休まらない。




俺の首を絞めているのは先輩社員の江島熊八さんだ。


通称「クマさん」


社内ではそう呼ばれている。




この人もかなり変わっている。


大学時代は少林寺拳法という部活に入っていたらしく、なにかと関節技やローキックを入れてくる厄介者だ。


本人は後輩との距離を縮めるスキンシップと思っている節がある。




「クマさん、苦しいので離してもらえますか?それと、澄ました顔って言われても。もともとこういう顔なんで」


「お前の焦った顔を見たことがない」




仕事で「あわあわ」と焦りまくりの後輩のほうが厄介ではないか。


つねに冷静に仕事をこなす、俺に落ち度はないと思うんだけどな。




「青山、今日の夜は空けとけ」


「空けとけって。なにかあるんですか」


「俺の悩み相談だ」




悩み?クマさんに悩みなんかあるものか。何かの冗談だろう。




廊下から「お~い!クマ!行くぞ」という声がする。


「わかりやした!ちょっとお待ちを」


クマさんは、振り返ると「俺のほうの仕事は18時に終わるから、いつもの店で待ってろ」と言って去っていった。




それにしても。


こちらの予定も聞かずに「空けとけ」とか「店で待ってろ」とか。


一体、どういう神経なのか。


あの強引さは営業マンの鏡とも言えるけど。


ほとんどパワハラだよなぁ。




---------------------------------------


見積もりを3つと、稟議書を書き終えるとすでに18時過ぎだった。


約束の店へと急ぐ。




カウンター席でクマさんはすでに焼き鳥を頬張っていた。




「早っ」


「青山が遅い。18時前にはもう店にいたよ」




クマさんは、今日の仕事がスムーズにいったこともあり上機嫌だった。


悩みがあるようには見えない。




「明日、朝イチでアポがあるんですよね」


「へっ?だから?」


「いや~だから、今日は早めに家に帰って寝ないと」


「うむ、わかった」


クマさんはビールジョッキをテーブルに置くと


「本題に入るか」


と言って、深刻な顔になった。




「どうやら、俺は罠にはめられているようなんだ」




「罠。クマさんが罠に」


「そうだ。生け捕りにされて、丸焼きにされる日も近いかもしれない」




冗談を言っているのだろうと思ってクマさんの顔を見る。


すると目は真剣で、やや青ざめた表情をしていた。




「一体、なにがあったんですか」


「話せば長くなる」




さきほどまでの雰囲気からは打って変わって深刻な顔をして、ビールやつまみは口にせず、語り始めた。




話を要約するとこうなる。




クマさんには付き合って半年になる恋人がいる。


しかしその恋人は実は既婚者だったということが1か月くらい前に判明した。




「どういうキッカケで分かったんですか」


「相手の旦那が探偵を雇っていたらしい。ちさとの行動に不信感を持っていたんだろうな」


クマさんの恋人の名前はちさと。


旦那がいるのに、素朴なクマさんと付き合うとはかなりの悪女である。




「ちさとの話だと旦那は外面が良いだけのモラハラ夫だと言うんだよな」


「う~ん。しかし、モラハラ夫と離婚してからクマさんと付き合うべきでしたよね」


「俺もそうして欲しかった。でももう遅い」


「それで、相手の旦那から慰謝料でも求められているんですか」




「それが違うんだ」




また話を要約する。




ちさとさんの旦那さんは、由緒正しい老舗の跡取りらしく、妻の浮気については事を荒立てて欲しくないとのこと。また、世間体があるので離婚も望んでいないそうだ。


「妻とは黙って別れて欲しい」という旦那さんからの封書を受け取ったとのこと。




「なら、別れれば良い!解決じゃないですか」


俺はネギマを食べながら「たいした悩みじゃないな」と考えていた。




「ちさとが別れたがらないんだ」


「あぁ~なるほど。そういうことですか」




「困ったよ。部屋の鍵は変えたんだけど、毎日、アパートの前で待ち伏せしてるし」


「一度なんか、会社のロビーまで来ていた。慌てて追い返したけど」


「それは焦りますね。なにせ相手は人妻だし」




「う~ん、そのうち諦めるんじゃないですかね」




「それがこの間の夜。自殺する!って騒ぐもんだから部屋に入れてしまった」


「それで、まさか」


「やってしまった。人妻だと知ってからは、関係を絶っていたのに」


クマさんは頭を抱えていた。




「まずいですね。ちさとさんは、期待するし、旦那さんの方は強硬手段に出るかもしれない」




「まんまと、ちさとの罠にハマってしまった。今考えると自殺するなんて脅しだと思うし、部屋に入った途端、服を脱ぎ始めるもんだから、俺の方も」




「それ以上は、なんだか聞きたくないですね」


俺は、クマさんに向けて片手を上げ、ストップのジェスチャーをした。




「クマさん自身はどうなんですか」


「俺自身?どういう意味だ」


「ちさとさんに対して、もう気持ちは残ってないんですか」




クマさんは俺の顔をじっと見つめたあと目をそらした。




「残ってない。旦那がいるのを隠していた時点で冷めた。それにここ最近のちさとの行動に恐怖を感じる」




なんで恐怖を感じるのに抱いてしまうのか。




「うーん、整理すると、ちさとさんに、クマさんのことを諦めて欲しいってことですよね」


「まぁそうだな。なんだかモテる男みたいだな、俺」


「モテる男は、そんな深みにははまらないですよ」


俺が呆れてそう言うと、クマさんはげんこつを作った。




「力になりたいけど、私にできることってなさそうですね」


「いや、ある。そんなわけで、悪いんだけどしばらく青山ん家に泊めて欲しい」



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